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第五話 迫りくる影

 二人の結婚式は、ごく近しい人だけを集め、小さなテーブルに乗り切るごちそうを並べただけの、実にささやかなものであった。この二人にとって結婚というイベントは、単なる手続きでしかないのかもしれない。『幸せとは』、そんな定義など不要なほどに、彼らは満たされていた。


 しかし心残りもある。この結婚式には、ディランの父親が参加していない。


「お父様はやはり……」

 ルミナリアが呟く。


「君のせいではない。親父は結婚に反対しているわけではない」

 ディランが優しく返す。


 ディランの父は現在、王家の守備機兵プロジェクトに参画、かたやディランは禁忌とされる結界の研究をしている身。学生の興味程度であればまだかわいげがあったが、結界に侵入したディランは今や監視の対象であり、王家に近い学者たちの間では異端者扱いされている。

 婚姻の知らせを喜んだ父であったが、そのルミナリアとの関わりを聞いて表情を曇らせた。立場上、表立った支援はできない。


 親子は今、静かな相反の渦中にあった。


「元気を出してくれ。私たちの研究が認められればすべての評価が覆る。それほどの可能性がある分野だ。」

 ディランのその言葉に、ルミナリアは大きくうなずいた。


 ルミナリアはその後、図書館の植栽管理係に復帰していた。今では少しづつ事務も手伝うなど、その仕事の範囲を広げている。


 一方、ディランは再び学校に顔を出すようになった。

 久々に学園に現れた彼の姿に周囲は戦々恐々としたが、その振る舞いは以前とは変わっていた。まず彼は、求められたときにしか発言をしなくなった。しかもその内容は、初めて理論に触れる生徒にもわかりやすく、明快なものとなっていた。

 ディランはルミナリアという知的上位の存在に触れたことで、初めて生徒たちの気持ちを理解したのかもしれない。知識は開いていなければその輝きを失う。共有されて初めて生きる。

 自分もルミナリアのような存在になりたい。そのような考えのもと弁論を組み立てる彼に、生徒たちは好意的に耳を傾けた。


 教員ですら、

「君はどう思うかね?」

 と、ディランの知見を頼りにするほどになった。

 もともと驕りや外連味はなかった彼であったから、その変化は人間性の成熟として許容されたようだ。


 しかし、こうなればこうなったで新たな問題は起こるもの。

 生徒たちの一部は、

「顔を見たか? あいつは結界に触れようとした前科者だ」

「移民と結婚したらしいぞ」

「今更いい子ぶって。何のつもりだ。みんな、忘れたのか? あいつの本性を」

 などと、噂を流し、彼の足を引っ張ろうとしてくる。

 噂と言うよりは単に正確な事実なのだが。


 ディランはこの時初めて、ルミナリアの苦しみを知れたのかもしれない。

(事実を言われてもこれほどのやりきれなさ。謂れのないことで冷たい目を向けられていたルミナリアは、どれだけ心細かったのだろう)


 今の彼は、周囲のこのような仕打ちにすら学びを得ようとしている。ディランは努めて意に介さないふりをして、利口な生徒を全うしていった。彼の本当の狙い、それは、多数の研究者を輩出するであろうこの学園において、理解者と支持者を集めることだった。

(自分はどう思われようと構わない。全ては彼女と未来のために)


 ◇ ◇ ◇


 図書館で、家で、二人は研究に明け暮れた。

 この技術が実用化すれば、人々の暮らしはもっと豊かに、素晴らしいものとなるはず。それは必ず姫への恩義に通じるだろう。ヴィスペラ人の立場を一段と改善する功績となるかもしれない。そんな想いが二人の原動力となっていた。


 決して裕福ではなかったが、幸せな暮らしが続いていた。

 ——そんなある日、二人のもとへ訪問者があった。


「親父!?」

「ディラン。元気そうじゃないか。」


 現れたのはディランの父であった。取り組んでいた研究、防衛用の機械兵がついに実用テストを終えたとのことで、本人が希望し任を解かれたという。

「お帰り。部屋はそのままにしてあるよ。」

「いや、そのことで。実はお前に伝えたいことがある。」

「え?」

「私は母さんの故郷に行こうと思っている」

「水の星、アクエッタ……」

「覚えていたか。ああ、そうだ、お前の口座に金を振り込んでおいた。官舎の荷物も売り払って金に換えてな。研究は物入りだろう?」 

「しかし……」

「受け取っておけ。婚姻を祝福できなかった罪滅ぼしだ」

「また共に暮らせば良いだろう? まさかこの研究のせいで……」

「気にするな。ずっと考えていたことでもある」

ディランは父親の瞳を見つめていた。目元は優しいがまっすぐに見据えてくる。


「ディランよ、お前はサラがこの世に生きていた証、だからこそ平穏に生きてほしいと願っていた。だが、お前はどこまでもお前であった。そう気づけた今、この執心から逃れるためにも子離れするべきだろう」

「俺が、母さんの生きた証……」

「おっと、いらん事を言ってしまった。要はな、自分らしく生きろということだ。安心しろ、よっぽどのことがあったら駆けつけてやるぞ。例えば、孫の世話」

「いや……それはまだ当分、先の話だ」


 ディランが玄関口で来訪者と話し込んでいることに気付き、ルミナリアもやってきた。

「親父、紹介するよ。こちらがルミナリア。」


 丁寧にお辞儀をするルミナリア。

「お父様……」

「……おお、あなたが。こんな素敵な人を……」

「すいません、私たちの研究のせいでお父様の立場を悪くしてしまったと」

「良いのだ。こいつには話したが、私はこいつの母親の故郷へ行く。あなたがいてくれるおかげで安心して旅立てる」

「そうでしたか……信用に応えられるように努力します。」

「こいつは目を離すと何をしでかすかわからん。まぁ、恋愛の方は一途だと信じたいが……」


 それを聞いたディラン、慌てて会話に割って入る。

「親父!」

「ふふ、冗談だ。」

「全く……まぁ中に入ってくれ。座って話そう。」

「こちらも守秘義務があるからな……今も、誰に見られているかわからん。それに、実はもうサラの改葬の手続きがあってな、いかねばならない。」

「そんな、急がずとも」

「顔が見れてよかった。部屋の物もすべて処分してかまわん。じゃあな」

「待ってくれ。俺も」

「いや、いい……()()()()のことがあったら連絡しろよ? ルミナリアさん、ディランをよろしくな」


 手を振って去っていく父親。ルミナリアはその姿が見えなくなるまで頭を下げていた。

「また会えるさ。どうせひょこっと帰ってくる。しかしこの資金があれば研究が加速するぞ!」

「ええ……」

 短く言った後、突如ルミナリアが咳き込む。


「……大丈夫か?」

「ええ、大丈夫……」

「君は休んでいてくれ。私はちょっと、資材の買い付けに行ってくる」


 弾むような足取りで出かけていくディランの背中を見つめるルミナリアの瞳には、なぜか涙がにじんでいた。

後書き


読んできただき、ありがとうございます!

次回はまた、来週の土曜に掲載します!

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