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第三話 日々の終焉

 ディランとルミナリアの間に、静粛な、熱い時間が流れていた。

 資料室での談義。結界の理論、重力操作の可能性。

 ヴィスペラ星の知識と月の技術が交わるたび、新しい仮説が生まれる。


 ディランは初めて、自分と対等に議論する人物に出会えた。

 いや、それ以上に——ルミナリアの新たなことを学ぶことへの感謝と喜びを表す姿勢、その笑顔が、彼の心を温めていた。


 そんなある日、普段通りディランが図書館へ赴いたとき、

「少しお時間をよろしいでしょうか」

 と、館員の女性に声をかけられた。


「はい」

 促されるまま、受付の奥にある打ち合わせスペースへ通される。白い壁に囲まれた、来客用とは思えぬほど殺風景な部屋。女性は椅子を示し、二人は向かい合って腰かけた。


 その女性はこの図書館の司書長だと名乗った。眼差しは温かだが、何か不穏な含みを感じさせる。


「ルミナリアさんのことでお話ししたくて」


 その言葉に、ディランの心臓が高く打ちあがった。

(何の件だ……)

 平静を装い、そのまま女性の言葉を待つ。


 落ち着き払ったディランのその様子を見て、女性は一呼吸を置く。

 図書館の静けさが一段と凝縮したような、息が詰まるほど音の無い空間でのその一拍が、二者間の緊迫を際限まで高める。


「……ルミナリアさんの、彼女の立場を理解していますか?」


「立場?」


「……移民の方々は、あなたが思っている以上に困難な位置にいるんです。月の民の中には、他の惑星の者を快く思わない人も多い。純血主義者、移民排斥派……そして——」


 女性の視線が再びディランを見据える。

「それは時に、迫害と言う形で顕現することもある」


 重い言葉だった。


 話の趣旨を探るように聞いていたディランの眉間にしわが寄る。しかし、ディランにも言い分はある。

「言を返すようですが、彼女の知識は優秀です。それに、移民だからと言ってここを利用できないという決まりはない。我々は純粋に学問的な研究をしているだけで——」


 ディランの弁明に、司書長は強い口調で割り込む。

「論理だけでは、彼女は守れない」


「それは……」

 あのディランをして反論が続かなかった。女性の言う通り、不条理などそこらへんに転がっている。それだけではない。女性の言葉には懇願するような優しさが入り混じっていた。


「ルミナリアさんがどんな覚悟で、どんな想いで誘いを受けているのか。彼女がどんなことを恐れているのか——」

 女性は、ディランの目を射抜くように真っ直ぐ見つめた。

「何の覚悟もないあなたの興味のために、大切なスタッフを危険にさらせません」


 ディランが勢いよく立ち上がる。

「待ってください! ルミナリアは一体……!」


「それは、あなたが直接確認すべきこと。話は以上です。お時間取らせました」


 司書長はいたって冷静に椅子から立ち上がり、ドア傍でディランの退出を促している。彼は表情を青ざめさせながら、発する言葉もなく、おぼつかない足取りで部屋を後にした。


 ルミナリアがどんな想いで、何に悩んでいるのか。そんなものはディランだって知りたかった。

 ただ、彼女の学術への真摯な姿勢を見ればみるほど、それを聞くことができなくなっていた。

 もし個人の領域に踏み込むような話をしてしまえば、結局よこしまな目的で誘っていたのかと、彼女に失望されてしまうのではないか、そのような想いにとらわれたディランは、話題をとにかく議論から外さないように心がけていた。


(今の関係がおかしくなってしまうのは怖い……しかし、悩みを聞くぐらいであれば、問題はないのではないか……)

 次、会ったときに聞いてみようと、ディランは小さな決意をした。


 ◇ ◇ ◇


 資料室にて学術書を並べている二人。

 しかし、今日のディランの動きはどこか、緊張してぎこちない。それを見たルミナリアが心配そうに声をかける。

「あの、ディラン様……体調が?」


「ル、ルミナリア!実は君に聞きたいことがあって……」


 声を裏返らせるディランに、一層、不安そうな顔をするルミナリア。

「聞きたいこと?」


「あっ、いや……実は」



 ――その時。


 資料室の扉が勢いよく開かれ、少女が入ってくる。

「まぁ、借りられている方がいると思ったら、こんなところで!」


「あなたは……!?」

 ディランが立ち上がる。


 唖然とする二人の顔を見返す少女。ルミナリアの大きな耳を見て、その瞳がさらに丸く開く。

「あなたはヴィスペラの方ではないですか?」


 ディランの顔から血の気が引いた。

 少女の関心を逸らすべく、

「これは、この者に書籍の整理を行わせようとしていただけで!」

 と声を荒げる。

 しかし、少女はディランの弁明を聞き流すかの如く、広げられていた資料を見回った。

 複雑な式。理論の図式。結界に関する学術書。


 少女の名はファニ・チャース・トア。


 月の王家の姫である。この日は、王家として図書館の視察に来ていた。

 しかしそれは建前で、実際には自分が書籍を閲覧したいと訪れただけであったのだが、その書籍が他の利用者に借りられていたことに興味を持ち、館員から無理やり場所を聞き出し資料室に入ってきた、という訳である。

 姫に一足おくれ、大勢の従者たちが追ってきた。


 ルミナリアは観念したようにうつむき、身を硬くしている。移民である自分が月の都の機密情報を見ている現場を直接抑えられ、しかもディランこの取り乱し様。この少女は相当な権威を持っている人物なのだろうと察したのだ。

(一体どのような咎が下されるのか)


 聞く耳を持たない姫の様子に、ディランは歯噛みしていた。巻き込んだのは自分であり、ルミナリアが責められるようなことが無いようにしなければならないと、論理を練り上げる。


 だが、姫の反応は二人の予想を大きく裏切った。


「これはすばらしい!」

 輝く目、弾む声。。

「ああ、お父様はやっぱり、間違っていなかった! 一緒に学びましょう!」


「え?」

 ディランは呆けた。


「これは結界の研究ですよね!? そちらのヴィスペラの方と共同で研究なさっているのでしょう? ああ、失礼しました。私はこの月の王家の者、ファニ・チャースです! やはり重力にお詳しいのかしら!?」


 ディランが問答に割って入る。

「ファニ様! 彼女は図書館のスタッフです。私が無理やり片づけを手伝わせようとしただけで」

「それは……? 私に、見て見ぬふりをせよと言うのですか?」

「あ、いえ、滅相もありません! ただ、彼女には何の咎もありません!」

 ディランが平伏した。


「違います!」

 今度はルミナリアが声を上げる。

「私が資料を見せるように彼を脅したんです!」

 ファニがきょとんとした顔で問う。

「あなたが脅した? それは一体、どのように……?」

「それは……」

 ルミナリアが言葉に詰まる。


「いや、違うのです!」

 ディランが重ねて言う。二人がお互いを庇い合おうとしていることは明らかであった。そんな状況を見るに見かねたファニは大きく息を吸いこんだのち、

「ちょっと待ってください!」

 と、図書館中に響くほどの大声で二人を制止した。


「オホン……姫、ここは図書館です」

 後ろに控えていた執事風の従者が咳払いをする。


 ファニは一瞬たじろぎ、身をすくめながら続けた。

「……あなたがたはこの国のため、民のために研究をしてくださっているのでしょう。ヴィスペラの民は王が正式に受け入れられた。つまり、あなたは法的にも臣民なのです。」


「しかし……」

 困惑するディランにファニがほほ笑む。

「私が見過ごせないと言ったのは、そのようなおかしい状態を放っておくべきではない、ということです。臣民ならだれでも自由に、知識を得ることができるべき。あなたが本当に言いたいことは、そのことではないですか?」


 ディランは少女の突き刺すような真理の目に気圧され

「はい」

 と思わず返事をしてしまった。


 ファニはしばし目をつむった後、ほほ笑みながらルミナリアに言った。

「学ぼうとする臣民は、国の宝です」


 堰を切ったようにルミナリアの目に涙があふれた。彼女にとってその一言は、これまでの苦しみも悩みも何もかもを受け止める救済となった。

 それを見たディランもまた、自分の頬に熱いものが伝わるのを感じていた。


 むせび泣くルミナリアの肩に手を置きながら、姫は優しく語り掛ける。

「勿論……簡単な話では無い、政治的には難しいことかもしれないと承知しています。幼い私が騒ぎ立てるだけでは、かえってお二人に迷惑をかけてしまうかもしれない。」

 少女は大きく息を吸い込み、決意に満ちた眼差しをディランへと向けた。

「でも、大丈夫! 今こうして、父の理想が現実となったいたことを目の当たりにしたんですから! 信じて待っていてください!」

 そう言ってファニは駆け出して行った。騒ぎに集まっていた群衆をかいくぐるように姿を消す。それを従者が慌てて追従していく。


 取り残された二人は、顔を見合わせていた。

 その時、ディランは思わず、ルミナリアの手を握っていた。

「悪いのは私なのだ。何があろうと、君だけは守る……」


 彼女は軽くうなずくと手を優しくほどき、頭を下げて部屋を退出していった。


「では……これで……」


 その弱々しい声はまるで、これまでの柔らかな日々の終焉を告げるようだった。

後書き


いつも読んできただきありがとうございます!

次回はまた、土曜日に掲載させていただきます。

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