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第十話 夕暮れの同行者たち

 ディランが集会に参加しファニとの再会を果たしていたその頃――時を同じくして、彼らの自宅に訪問者があった。


「どなたですか……?」

 ルミナリアがインターホン越しに恐る恐る尋ねる。

 滅多にない訪問であった。玄関の前に見慣れぬ人影。風貌や背格好からは女性であることは分かるが、まったく見覚えがない。ルミナリアはじっと、その人物の返答を待った。

「突然失礼します……あなたにこれを渡すようにと……頼まれ」

「手紙?では、そこの郵便受けに」

「いえ……直接渡すようにと」


(何かしら……移民の排除団体、はたまた、ディランへのいやがらせ……)

 訪問者の歯切れの悪い態度にルミナリアは警戒を高めた。


「申し訳ないですが……直接というわけには」

「存じております。月死病を患っておられる。しかし、私は月の民です」

「……主人は不在です」

「では……手紙の主から『ソキイ・クレプスクリ」と伝えるようにと」


 その言葉を聞いてルミナリアの目が見開く。それはヴィスペラ語、しかも、研究者の間で共有されていた、研究所の人間しか知らない合言葉であった。

 ルミナリアは突き動かされるように玄関へ向かうと、その人物を内へと迎え入れた。


 女性であった。月の民の女性。歳のころはルミナリアと同等かそれ以下、というところであろうか。

「申し訳ありません。家にまで入れていただいて」

「いえ、あのままでは周囲にも怪しまれるでしょうから……ところで、なぜその言葉を」

「はい……この手紙はノクトーさんから預かりました」


 その名が告げられた瞬間、ルミナリアの心臓が強く震え動いた。

 脳の奥へ奥へと封印していた記憶たちが一度に息を吹き返す。

「……ノクトー……? ノクトーは生きて?」

「はい」

 ルミナリアの膝が崩れ落ちる。かすれた声が漏れた途端、頬の筋肉が攣り、視界がにじんだ。


 ノクトーとは、ルミナリアの弟である。

 彼らが月に移民として到達した際、ノクトーが受け入れを担当していた役人と揉めて捕らえられてから、その消息が不明となっていた。すでに親を亡くしていた彼らにとってはたった一人の肉親。かつてルミナリアは必死に彼を探していたが、まるで意思が働いているかのように彼の所在に関する情報が抹消されており、ついぞ、その所在も、生存すらも不明となっていた。


 生きていた――その事実。


 ルミナリアはその場に座り込み、手で口元を押さえた。

 涙があふれ、肩が震える。訪問者は静かに立ち尽くし、彼女の嗚咽だけが部屋に満ちていった。


 ◇ ◇ ◇


 少し落ち着きを取り戻したルミナリアは、訪問者を客間へと招き入れた。

「いえ、そのように長居は……」

 そのような遠慮を聞き流すかのように、半ば強引に椅子へと座り込ませる。

「あなたは弟とどういう……?」

「いえ……余計なことは話すなと……」

「そうですか……わかりました。では、その手紙を早速拝見しても?」

「はい、こちらです」

 そこに差し出された便せん、その文字はヴィスペラ語で書かれていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 親愛なる姉へ

 長き沈黙を、許して欲しい。


 連絡することができなかったその理由を、今、ようやく伝える勇気が出た。

 俺はずっと月の都内にいた。何の仕事かは、言わない方が良い。だが、姉貴を見守っているということだけは、知っていてくれ。



 あの日、俺たちは引き離された。姉貴が俺のことを必死で探してくれていたことを、後から知った。

 俺が連れていかれた先は、地獄だった。ある女に、奴隷として捕まっていたのだ。

 それ以上は言わない。ただ、その女が逮捕されたことで、俺はそこから這い出した。何度も死を覚悟した。だが、死ぬわけにはいかなかった。


 解放された後も、俺はお前に会わなかった。会えなかった。

 ヴィスペラ人としての尊厳を汚され、合わせる顔がないと思ったから。

 自分がどのような状態になっているのか、その現実を知られることが怖かった。


 それが今、こうして手紙を送ったのには、理由がある。


 ここ数ヶ月、その女の周辺で、良からぬ噂が広がっているという情報を得た。

 その女の名は、アシャディ。俺の地獄の淵を作った者だ。

 しかしそいつは、すぐに釈放された。なぜか?

 あいつの王家の血筋、これが考慮されたらしい。王位の継承権こそ失ったようだが、これを王家の腐敗と言わずしてなんというのか。


 その後、奴は地方貴族に嫁いだ。その情報は得ていたが、どうやら、移民管理の不正で罪を問われた者たちや、星間逃亡者が集結していたという。

 俺は、その情報を追うために、再度、そいつに接近した。

 どうやって取り入ったかは想像に任せる。


 俺は、ついに、たどり着いた。

 王族暗殺事件。あの事件は、移民の仕業ではない。

 その証拠を、俺は掴んだ。そのいくつかを、この手紙に添えておく。


 もし、姉貴がこの現状に不満を感じ、俺に協力できるというのなら、姉貴のその頭脳で俺たちを助けてほしい。

 姉貴には姉貴の人生がある。月での新しい人生があるはずだ。

 ああ、俺は、ドジだな。姉貴は結婚したんだった。


 おめでとう。弟として、うれしく思う。

 これだけは言いたかった。姉貴が帰化したこと、少しも問題だと思っていない。

 これはヴィスペラに誓おう。きっと、父さんも母さんも、生きていたら祝福しただろう。


 ああ、何を書きたいのか、わからなくなってきた。


 俺の頼みは、もし、姉貴にこの事態に意志を共にできるのなら、ということだけだ。

 恨みなどしない。そちらに決して迷惑が掛からないように考慮しよう。


 考える時間が必要だろう。パートナーとも話し合ってくれ。

 返事は使者をまた後日、訪問させる。その時に。

 信用できる女性だ。


 姉貴の幸せを祈る。


 ノクトーより


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 手紙を読み終えたルミナリアは、それを握りしめていた。

 弟の生存、そしてあの後、どんな境遇を生き抜いてきたのか。それを思うと、彼女の心は激動した。


 彼の苦しみ。彼の怒り。そして、彼の、助けを求める声。


 ルミナリアが優しい視線をそっと、訪問者へと向ける。

「あなたは、これを……?」

「いえ、ヴィスペラ文字までは……ただ、伝言の件は聞いております」

「そうですか……」

 静かに手紙をたたむと、添えてあった書類にも目を通す。ルミナリアが眉をひそめる。彼女の表情が、醜い怒りに浸食されたように見えた。

 しかし、落ち着けるように、大きなため息をつく。


 ルミナリアは思案した。

 ディランをこのような汚濁に巻き込むことはできない。

 それに、自分はいつも研究に専心せよと言っておきながら、このような話をしたら、見損なうのではないのか。

 いや、そうではない。

 確かに研究は、今、最も重要な段階にある。

 だが、ルミナリアが危惧しているのは、ディランがもしこの話を聞いたら、自分のために命を賭して、この不正を暴こうとするかもしれない、ということだ。慎重に話さなければならない。


 ルミナリアはとにかく、ディランに相談し、判断を仰ぐべきだと、そう決意した。


「では、これで……返事は後日」

訪問者が席を立つ。

「あ、ちょっと待ってください、一つだけ」

「……何でしょうか?」


ルミナリアは少し目線を下げ、胸の前でこぶしを握り締めた。

そして顔を上げ、

「何があろうと、私はあなたを誇りに思っていると、自慢の弟だと、ノクトーに伝えてくださいませんか?」


訪問者は静かにうなずくと涙をこらえるルミナリアをそっと流し見し、玄関を出て行った。

後書き


読んでいただきありがとうございます!

またよろしくお願いします!

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