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きらきらのポケット

作者: 阿野麿 刈須
掲載日:2026/01/11

 はじめて雪がふった朝。


 窓を開けると、まちは白いふとんをかぶっていました。屋根も、道も、木のえだも、しん、と静かで、息まで白くなるようでした。


「わあ……」


 みゆはコートのえりをぎゅっとつかんで外へ出ました。足もとで雪が、きゅっ、と鳴きます。


 そのとき、雪の上に、ちいさな光が落ちているのが見えました。


 きらり。


 そこだけ、星のかけらみたいに明るい。みゆがしゃがむと、光は指先から逃げるように揺れて、触れた瞬間、ふっと粉になりました。


 あたたかい粉。


 みゆは思わず、ポケットへ入れました。布の中で、粉は消えずに、ほのかな灯りのまま残りました。


 その日から、みゆには、まちのあちこちが光って見えるようになりました。


 朝日が窓に跳ねる粒。

 凍った水たまりのひび。

 雪だるまの目にした小石のつや。


 そして、いちばん驚いたのは、人の中にも光があることでした。


 パン屋さんのおばさんが「おはよう」と笑ったとき、目じりがきらり。

 男の子が転びそうになって、ぐっと踏んばったとき、胸のあたりがきらり。

 小さな子が雪だるまを見て「できた!」と言ったとき、声の先がきらり。


 みゆは、見つけるたびにポケットへ入れました。


 ポケットは普通のポケットのはずなのに、いくら入れても重くなりません。いっぱいになった感じもしません。まるで、夜空が布の中にしまえるみたいでした。


 みゆは、うれしくてたまりませんでした。


 けれど、家に帰ってこたつの前に座り、そっとポケットに手を入れたとき。


 指先に触れた光は、昼間ほど明るくありませんでした。


 ひとつ、手のひらに出してみます。光は小さく瞬いて、すぐにうすくなりました。息をこらすみたいに。


「……どうしたの」


 みゆが見つめるほど、光は静かになっていきます。雪の下に隠れてしまうみたいに。


 その夜、みゆは布団の中で何度もポケットを確かめました。消えてしまいそうで怖かったのです。


 次の日も、みゆは集めました。


 でも、ふしぎです。増えているはずなのに、手のひらに出した瞬間、すぐに遠くなる。昨日より早く、今日より早く。


 みゆは、雪の道を歩きながら、立ち止まりました。


 さっきまで光っていたのは、たしかにそこだった。

 笑い声の中。

 踏んばる胸の奥。

 あたたかい息の先。


 それを、手で取って、布の中へしまった。


 その瞬間、光は小さくなる。

 まるで、置き忘れたものみたいに。


 みゆは、理由のない罪悪感みたいなものに襟元を引かれながら、家へ帰りました。


 台所にママがいました。


 洗い物をしていて、背中が少しだけ小さく見えます。窓の外は白いのに、台所の灯りは冬の夕方みたいに薄い。


 みゆは、ママの横顔を見て、ポケットに手を入れました。


 あの、目じりの光。

 昨日、ママが「おかえり」と言ったときの、やわらかい光。


 手のひらに出すと、それは、いまにも消えそうなほど弱かったのに、みゆがママのそばへ寄った途端、ふわり、と息をするみたいに明るくなりました。


「ママ」


「なあに?」


 みゆは、手のひらをひらきました。


 光は、言葉のかわりみたいに、ふわっとそこに浮かびました。台所の空気が一瞬だけやわらかくなって、洗い物の水音まで丸く聞こえます。


 ママは驚いて、でもすぐに言葉をなくしたように、みゆの手のひらを見ました。そして、何かを思い出したみたいに目を伏せてから、ふっと笑いました。


「あれ……なんだか、元気が出た」


 みゆは胸の奥がほどけるのを感じました。


 光は、もう曇りませんでした。

 そこが居場所だったみたいに、静かに落ち着いていました。


 次の瞬間、光は手のひらから消えました。


 消えた、というより――戻った。

 ママの目の中へ、いつも最初からそこにあったみたいに。


 みゆは、黙ってうなずきました。


 説明はできないのに、からだが先に知ってしまった感じがありました。


 それからみゆは、少しずつ、手をゆるめることにしました。


 雪だるまの目にした小石のつや。みゆが近づくと、ポケットの中でそれが小さく震えました。みゆが雪だるまの前で手をひらくと、光はするりと抜けて、小石のつやへ吸い込まれていきました。


 凍った水たまりのひびの光。みゆがしゃがむと、光は足もとへ落ちて、ひびの線に沿って、細く、きれいに流れました。


 パン屋さんの窓に跳ねた朝日の粒。みゆが窓の前で立ち止まったとき、ポケットの中の光が、勝手に指先から逃げて、ガラスの上でころん、と弾けました。


 みゆは追いかけませんでした。


 ただ見ていました。

 戻っていくのを。

 元の場所で、また強くなるのを。


 最後に、いちばん最初の、星のかけらみたいな粉。


 その夜、みゆは外へ出ました。雪がふっていて、街灯がにじんでいます。


 みゆは空を見上げて、手のひらをひらきました。


 粉は、ためらうように一度だけ震えてから、ふわり、と上へ上へと浮かびました。雪の粒の間をすり抜けて、見えない糸に引かれるみたいに。


 どこへ行ったのかは、わかりません。


 ただ、雲のうしろで、星がひとつ、いつもより強く瞬いた気がしました。


 みゆは、息を白くして笑いました。


 帰り道、みゆはふと、手をポケットに入れました。


 からっぽ。


 胸の奥に、ひゅっと冷たい風が通ります。


 集めなくなったら、自分には何も残らない。

 そう思った瞬間でした。


 道の向こうで、小さな子がころんでしまいました。手袋が雪に埋もれて、泣きそうな顔をしています。


 みゆは走りました。しゃがんで、手袋を掘り出して、ぱんぱん、と雪を落とします。


「はい。だいじょうぶ?」


 小さな子は、みゆを見上げました。まつ毛に雪が乗っていて、目が赤い。それでも、声をつくって言いました。


「……ありがとう」


 みゆは立ち上がりました。


 街灯の光が差しこむ家の窓ガラスに、ふと自分の顔が映りました。頬は赤くて、髪は少し乱れていて、手は冷たい。


 でも。


 目だけが、きらり、としていました。


 さっきまで追いかけていた光とは、少し違う。

 拾った粉でもない。

 誰かからこぼれたものでもない。


 ただ、いま、ここにある。


 みゆは、もうポケットを探りませんでした。


 空の星がきらきら。

 雪がきらきら。

 そして、みゆの目も、きらきら。


 冬のまちの中で、自分のきらきらを見つけた日でした。

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