きらきらのポケット
はじめて雪がふった朝。
窓を開けると、まちは白いふとんをかぶっていました。屋根も、道も、木のえだも、しん、と静かで、息まで白くなるようでした。
「わあ……」
みゆはコートのえりをぎゅっとつかんで外へ出ました。足もとで雪が、きゅっ、と鳴きます。
そのとき、雪の上に、ちいさな光が落ちているのが見えました。
きらり。
そこだけ、星のかけらみたいに明るい。みゆがしゃがむと、光は指先から逃げるように揺れて、触れた瞬間、ふっと粉になりました。
あたたかい粉。
みゆは思わず、ポケットへ入れました。布の中で、粉は消えずに、ほのかな灯りのまま残りました。
その日から、みゆには、まちのあちこちが光って見えるようになりました。
朝日が窓に跳ねる粒。
凍った水たまりのひび。
雪だるまの目にした小石のつや。
そして、いちばん驚いたのは、人の中にも光があることでした。
パン屋さんのおばさんが「おはよう」と笑ったとき、目じりがきらり。
男の子が転びそうになって、ぐっと踏んばったとき、胸のあたりがきらり。
小さな子が雪だるまを見て「できた!」と言ったとき、声の先がきらり。
みゆは、見つけるたびにポケットへ入れました。
ポケットは普通のポケットのはずなのに、いくら入れても重くなりません。いっぱいになった感じもしません。まるで、夜空が布の中にしまえるみたいでした。
みゆは、うれしくてたまりませんでした。
けれど、家に帰ってこたつの前に座り、そっとポケットに手を入れたとき。
指先に触れた光は、昼間ほど明るくありませんでした。
ひとつ、手のひらに出してみます。光は小さく瞬いて、すぐにうすくなりました。息をこらすみたいに。
「……どうしたの」
みゆが見つめるほど、光は静かになっていきます。雪の下に隠れてしまうみたいに。
その夜、みゆは布団の中で何度もポケットを確かめました。消えてしまいそうで怖かったのです。
次の日も、みゆは集めました。
でも、ふしぎです。増えているはずなのに、手のひらに出した瞬間、すぐに遠くなる。昨日より早く、今日より早く。
みゆは、雪の道を歩きながら、立ち止まりました。
さっきまで光っていたのは、たしかにそこだった。
笑い声の中。
踏んばる胸の奥。
あたたかい息の先。
それを、手で取って、布の中へしまった。
その瞬間、光は小さくなる。
まるで、置き忘れたものみたいに。
みゆは、理由のない罪悪感みたいなものに襟元を引かれながら、家へ帰りました。
台所にママがいました。
洗い物をしていて、背中が少しだけ小さく見えます。窓の外は白いのに、台所の灯りは冬の夕方みたいに薄い。
みゆは、ママの横顔を見て、ポケットに手を入れました。
あの、目じりの光。
昨日、ママが「おかえり」と言ったときの、やわらかい光。
手のひらに出すと、それは、いまにも消えそうなほど弱かったのに、みゆがママのそばへ寄った途端、ふわり、と息をするみたいに明るくなりました。
「ママ」
「なあに?」
みゆは、手のひらをひらきました。
光は、言葉のかわりみたいに、ふわっとそこに浮かびました。台所の空気が一瞬だけやわらかくなって、洗い物の水音まで丸く聞こえます。
ママは驚いて、でもすぐに言葉をなくしたように、みゆの手のひらを見ました。そして、何かを思い出したみたいに目を伏せてから、ふっと笑いました。
「あれ……なんだか、元気が出た」
みゆは胸の奥がほどけるのを感じました。
光は、もう曇りませんでした。
そこが居場所だったみたいに、静かに落ち着いていました。
次の瞬間、光は手のひらから消えました。
消えた、というより――戻った。
ママの目の中へ、いつも最初からそこにあったみたいに。
みゆは、黙ってうなずきました。
説明はできないのに、からだが先に知ってしまった感じがありました。
それからみゆは、少しずつ、手をゆるめることにしました。
雪だるまの目にした小石のつや。みゆが近づくと、ポケットの中でそれが小さく震えました。みゆが雪だるまの前で手をひらくと、光はするりと抜けて、小石のつやへ吸い込まれていきました。
凍った水たまりのひびの光。みゆがしゃがむと、光は足もとへ落ちて、ひびの線に沿って、細く、きれいに流れました。
パン屋さんの窓に跳ねた朝日の粒。みゆが窓の前で立ち止まったとき、ポケットの中の光が、勝手に指先から逃げて、ガラスの上でころん、と弾けました。
みゆは追いかけませんでした。
ただ見ていました。
戻っていくのを。
元の場所で、また強くなるのを。
最後に、いちばん最初の、星のかけらみたいな粉。
その夜、みゆは外へ出ました。雪がふっていて、街灯がにじんでいます。
みゆは空を見上げて、手のひらをひらきました。
粉は、ためらうように一度だけ震えてから、ふわり、と上へ上へと浮かびました。雪の粒の間をすり抜けて、見えない糸に引かれるみたいに。
どこへ行ったのかは、わかりません。
ただ、雲のうしろで、星がひとつ、いつもより強く瞬いた気がしました。
みゆは、息を白くして笑いました。
帰り道、みゆはふと、手をポケットに入れました。
からっぽ。
胸の奥に、ひゅっと冷たい風が通ります。
集めなくなったら、自分には何も残らない。
そう思った瞬間でした。
道の向こうで、小さな子がころんでしまいました。手袋が雪に埋もれて、泣きそうな顔をしています。
みゆは走りました。しゃがんで、手袋を掘り出して、ぱんぱん、と雪を落とします。
「はい。だいじょうぶ?」
小さな子は、みゆを見上げました。まつ毛に雪が乗っていて、目が赤い。それでも、声をつくって言いました。
「……ありがとう」
みゆは立ち上がりました。
街灯の光が差しこむ家の窓ガラスに、ふと自分の顔が映りました。頬は赤くて、髪は少し乱れていて、手は冷たい。
でも。
目だけが、きらり、としていました。
さっきまで追いかけていた光とは、少し違う。
拾った粉でもない。
誰かからこぼれたものでもない。
ただ、いま、ここにある。
みゆは、もうポケットを探りませんでした。
空の星がきらきら。
雪がきらきら。
そして、みゆの目も、きらきら。
冬のまちの中で、自分のきらきらを見つけた日でした。




