4話
俺は今日、死ぬのだ。
熱と硝煙の匂いに満ちた広大な平原。その地を埋め尽くす数十万の軍勢。何より鼻をつくのは、人間が振りまく暴力の臭気だった。
生まれ落ちて二十数年。地縛霊として彷徨うこと幾十年。いい頃合いじゃないか――芦屋無我。
坂本風花に出会えた。
クラスメイトが近づこうともしなかった俺の消しゴムを、彼女は拾ってくれた。あの時から今日という日は決まっていた気がする。死ぬことは怖かった。何よりも怖かった。
だが、自分の死が彼女のためになるなら――喜んで死のう。
決意のスライムは跳んだ。
叫びにも似た司令官の号令と共に、数多の銃声が一斉に鳴り響く。
魔銃。
この世界の人間が発達させた魔武器。発射されるのは鉛ではなく圧縮された魔力の弾丸。だが、その本質は同じ。
――殺すための武器。
鋭い痛みがいくつも走る。しかし黒いスライムは止まらない。武装した兵士を踏みつぶし、地に叩き伏せた。
幾人か殺した。
罪悪感は無い。殺すことは彼女を救う事だ。素人目にも両軍の戦力差は歴然。このままでは圧倒的な敗北。
――俺がそれを変える。
勝利は難しいだろう。せめて少しでも良い条件で停戦、あるいは終戦に持ち込むまで、敵の数を減らす。それまで死んではならない。
坂本風花のために。
痛みすら感じないのはきっと、それほどに体が傷ついているからだろう。あとどれだけ跳べるだろう。一度でも多く、少しでも彼女の為に。
武蔵坊弁慶は、合戦で無数の矢を受けながらも一歩も退かず、立ったまま壮絶に死んだという。
――俺も弁慶のように。
死んでも死なない。死んだ肉体を引きずってでも跳び、一人でも多くの敵を屠る。
二度と見れないはずの彼女の顔を最後に見ることが出来た。
………悪くない人生だった。
悲鳴と銃声が木霊する戦場で芦屋無我は笑った。
*
『カレドニア平原の奇跡』
魔法を持たない聖女アリアが神の遣わしたスライムと共に、自軍の十倍を超える敵軍を退けた。
この戦いは伝説として、幾百年も語り継がれることとなる。
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