相談女も問題だけど、私の婚約者にも重大な問題があった
カノーム公国にある、貴族御用達のカフェにて。
「まあ、ミュリエル様も婚約解消なされたの?」
「ええ……」
ミュリエルは親友であるダント伯爵令嬢クレールの言葉に苦笑しながら頷いた。
ミュリエル・オデット・ド・ソワソン。カノーム公国の由緒正しいソワソン伯爵家の次女である。
ミュリエルは、最近婚約者だったガスコーニュ侯爵令息アムランと婚約を解消したのだ。
「もしかして相談女……ロロット様のせい?」
紅茶を音を立てずに啜り、クレールは前のめりになった。
クレールのブロンドの髪は、窓から入る太陽光により艶やかに輝いている。
ミュリエルは自身の栗毛色の髪と見比べ、羨ましいなと思った。
「それは……」
ミュリエルは口ごもる。
ムーンストーンのようなグレーの目は、困惑の色に染まった。
話題に上がっている子爵令嬢、ロロット・エズメ・ド・ミュラは、現在カノーム公国の社交界において、悪い意味で話題の人物だ。
ロロットは婚約者のいる令息に「貴方しか頼れる人がいないのです」と相談を持ちかけ、二人きりで過ごすようになる。
それを面白く思わない婚約者の令嬢達は、自身の婚約者にロロットと距離を取るよう求めた。しかし、彼女達の婚約者は決まって「か弱いロロットは自分しか頼れる人がいない。そんな相手を突き放せだなんて、冷たい女だな。そんな女が婚約者だなんて最悪だ」と言う始末。ちなみにロロットは令息に守られながら婚約者の令嬢に対して勝ち誇った笑みを浮かべていたようだ。
こうして、ロロットのせいで婚約解消になった令嬢達が増えている。
目の前にいるクレールも、その中の一人だ。
しかしクレールは婚約解消後、新たに将来有望な侯爵令息と婚約を結んでいる。
「まさかミュリエル様もロロット様の被害に遭うとは」
軽くため息をつくクレール。
彼女のサファイアのような青い目が曇る。
「クレール様、そのことなのだけど、確かにロロット様には思うところがあるわ。でも、それ以上にアムラン様の本性に驚いてしまって……」
ミュリエルは運ばれたミルフィーユを一口食べた後、ふうっとため息をついた。
「ミュリエル様の婚約者であられたアムラン様の本性? 真面目そうな方だったから、ロロット様の件で引っかかるなんて思いもしなかったけれど、何かあるのかしら?」
クレールは怪訝そうに首を傾げていた。
「実は、ロロット様が常套手段でアムラン様に近付いた時、お父様に相談してみたの。そしたら、お父様は信頼出来る方を雇って、アムラン様を見張らせたのよ。そしたら、とんでもない報告が上がったの」
「ソワソン伯爵閣下、ミュリエル様のことをきちんと思っていらして素敵だわ。それで、どんな報告が上がったの?」
クレールはミルフィーユを一口食べた後、身を乗り出した。
興味がある様子だ。
「アムラン様、ロロット様に相談を持ちかけられた時、お金を巻き上げたのよ。相談料らしいわ。何でも、アムラン様は『私の時間は貴重なんだ。価値のない君の相談に乗ってあげるんだから、それなりの金額を支払ってもらう。丁度両親に迷惑かけずに遊ぶお金が欲しかったところなんだ』って言ったのよ」
「まあ……」
クレールはサファイアの目を丸くした。
「それに、アムラン様が満足する金額をロロット様が出せなかった場合……」
ミュリエルはそこで口ごもった。
父からの報告を全て見たミュリエル。
まさか自分の婚約者があんな本性だったなんて、非常にショックだったのだ。
ムーンストーンの目は影を帯びていた。
「ミュリエル様? 大丈夫なの?」
クレールは心配そうにミュリエルの顔を覗き込んだ。
「ええ、ありがとう、クレール様」
ミュリエルは力なく笑う。
「あのね、クレール様、アムラン様のことだけど……クレール様のお耳汚しになる話よ」
「耳汚し……? 本当に一体何があったの?」
「その……アムラン様が満足する金額をロロット様が出せなかった場合、アムラン様はロロット様を……裕福な平民達に売ったのよ」
言いながら、ミュリエルは表情を歪めた。
「売った……!? 売ったって、まさか……!?」
クレールの表情は青ざめる。
ミュリエルはコクリと頷いた。
「そのまさかよ。ロロット様は、平民男性達の慰み者にされたわ。報告によるとアムラン様、ロロット様にこう言ったそうよ。『価値のある女性は丁重に扱うけど、君は価値がないだろう。だから丁重に扱う必要ない。他の男達がどうして君を丁重に扱うのか分からない』と」
「まあ……」
クレールは衝撃のあまり絶句していた。
その気持ちはミュリエルも良くわかる。
父からの報告で、クレールと同じ表情になったのだ。
「それで分かったの。アムラン様は、女性を下に見ている。今までは私に優しく紳士的に接してくださっていたけれど、今回のロロット様への対応で彼の本性を知ったわ。もしこのままアムラン様と結婚したら、きっとこの先何かの拍子に私にも酷い態度を取ると思うの。だから、表向きはロロット様と二人で会ったからと言う理由で婚約解消したわ」
ミュリエルは何度目か分からないため息をつく。
「そうだったのね……」
アムランの本性を知ったクレールは、放心状態である。
「このことは、クレール様以外にはまだ言っていないわ。万が一アムラン様に知られて報復されたら怖いもの。ガスコーニュ侯爵家もカノーム公国内でかなり力を持っているから」
ミュリエルは肩をすくめた。
「確かにそうね。……でもとりあえず、私達の仲間内だけには伝えておいた方が良いかもしれないわ。酷い目に遭って欲しくないのだし」
「そうね」
ミュリエルは力なく頷いた。
「でも、ある意味ロロット様のお陰でミュリエル様は酷い男と結婚せずに済んで良かったわね。相談女も防波堤くらいの役割にはなったでしょう」
クレールは苦笑した。
「まあ……確かにそうかもしれないわね」
ミュリエルは残り少ないミルフィーユを食べ、眉を八の字にした。
「それで、ミュリエル様はこれからどうなさるの? 新しい婚約者を探すのならお手伝いするわ」
「えっと……しばらく男性関連は結構よ。アムラン様みたいに真面目そうに見えて最悪な本性の方だったら嫌だもの」
ミュリエルはふうっとため息をつき苦笑した。
ちなみに、相談女として悪い意味で社交界を賑わせたロロットだが、アムランと会って以降ピタリと社交界に顔を出さなくなったそうだ。
読んでくださりありがとうございます!
相談女vsヤバい男の構図を書こうとしたらこのような形になりました。
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アムランがこのまま放置されて不安が残る方もいるかもしれませんが、カノーム公国にはヤバい奴らを成敗してくれるど天然で超ドジなドアマットヒロインがおります。
詳しくは過去作『ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果』(https://ncode.syosetu.com/n1281ij/)をお読みいただけたら幸いです。