中庭の出合い
雨上がりの王城の庭で、十二歳の王子レクサスは一匹の小さな飛竜と出会った。
ずぶ濡れで震える小さい飛竜。
手のひらに頬をすり寄せてくるその姿に、放っておけるはずがない。
これは、王子と飛竜が“相棒”になるまでの、静かであたたかなはじまりの物語。
その日、小雨が降っていた。
授業も剣の稽古も終わり、ひとりで部屋の窓から外を眺めていたとき、白いものが中庭の植え込みのあいだからぴょこんと動いた。
……なんだろう、今、何か――
気になって、そっと外へ出る。
雨はもう上がっていて、石畳にはまだ浅い水たまりが残っていた。
薄曇りの空の下、湿った風が頬をなでる。
中庭の静けさの中、鳥の声も聞こえない。
植え込みの影に近づいたとき、僕は思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、幼い生き物だった。
ふわふわとした白い毛並み、小さな翼、そして、大きく潤んだエメラルドグリーンの瞳。
「……飛竜の子、かな」
そう呟くと、その子はびくっと震え、弱々しく「きゅう……」と鳴いた。
あまりにも華奢で、触れたら壊れてしまいそうだった。
よく見ると、翼の先に細かなかすり傷があった。
何かに引っかけたような――いや、まるで誰かに襲われたようにも見える。
「……何かに、追われてきたのかな」
そんな言葉が口をついて出た。
そして、心の奥がざわりと波打つ。
こんな小さな体で、どこから、どうやってここまで来たのだろう。
――親は?
周囲を見回すが、この幼い飛竜のほかに、姿はどこにもない。
飛竜の親がいるなら、すぐにでも駆けつけてきそうなものなのに。
「……置いていかれたの?」
それとも――さらわれた末に、ここまで逃げてきたのか。
できるだけゆっくりとしゃがみこみ、手を差し出す。
冷たい雨の名残が指先を濡らした。
飛竜の子はしばらく僕を見つめていたが、やがてそろりと近づき、手のひらに頬をすり寄せてきた。
――あたたかい。
その小さな温もりに、胸が締めつけられた。
「よし、じゃあ、一緒に行こう」
飛竜を抱き上げると、最初は少しだけ戸惑ったように身を縮めたが、やがて、そっと「くるる」と喉を鳴らし、僕の腕の中に収まった。
濡れた毛は冷たく、僕の服に少し水が染み込んだが、それでもかまわなかった。
城の中へ駆け込むと、廊下で侍女たちが驚いた顔をしたけれど、「怪我してるんだ」と言うと、すぐにタオルとぬるま湯を用意してくれた。
タオルで包みながら、ぬるま湯を含ませた布で汚れを拭き取る。
やがて、その震えが少しずつ収まり、ほっと息をついたのが分かった。
陽が差しこむ頃には、白い毛が乾いてふわりと広がっていた。
光を受けて、雪のように柔らかく、手のひらに吸いつくような感触だった。
「……君、名前は?」
もちろん返事はない。けれど、そのとき自然に浮かんだ言葉があった。
「モコ」
ふわふわもこもこの毛並みにぴったりの名前。
飛竜の子――モコは、じっと僕を見つめ、もう一度「きゅう」と鳴いた。
まるで「その名前、気に入った」とでも言いたげに。
僕は笑って、その頭を撫でた。
「じゃあ、これから君はモコだ」
――こうして、僕のそばに“もうひとつの命”が寄り添った。
この温かなぬくもりが、これからの日々をどれほど支えてくれるのかを、まだ知らないままに。