神代ルナ 人面犬追いかけるって1 (ギャル警察)
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「ねえ〜、戸川ちゃん……?
ここ、あーしの家なんですけど……!
あーし非番なんですけど……ど!」
ジャージ姿の神代ルナは、リビングのドアにもたれて目を細めた。
すっぴん、ノーメイク、髪はまとめてバナナクリップ。
完全なる休日モードである。
対する戸川はというと、ドヤ顔で紙袋を持ち、勝手知ったる様子で冷蔵庫を開けている。
「なぁ?ルナ、お前さぁ……人面犬、って知ってるか?」
「知ってるけど。……てか、あんた、まさかそれ言いに来たわけ?あーしの貴重な非番の日にっ!?」
「そうだ!犬が、喋ったんだぞ!」
「ふーん。人面ゴリラなら、目の前にいるけど……ね〜☆」
「誰がだぁっ!」
ゴチン!と軽くチョップがルナの頭に落ちた。
「いってぇ〜……マジでやるかね……怪力ゴリラめっ!」
ソファに崩れ落ちながら、ルナは紙袋を引き寄せる。
中には有名スイーツとカフェオレが詰め込まれていた。
「わぁ〜お☆機嫌取るの上手いなぁ……
で、なに?人面犬?」
ジュルジュルとカフェオレをすすり、ルナが聞いた。
「ああ。昨日の深夜、渋谷の路地裏でな。
中学生が撮った動画がバズってる。
犬の体に、人間の顔が貼りついてて、しかも
“こんにちは〜”って喋ってんだってよ」
「それ、声は?」
「機械音声だ。スピーカーを仕込んでるっぽい。
だけど……その人面が、どう見ても“生皮”なんだよな」
ルナの手がピタリと止まる。
有名スイーツのクリームを、唇にベッタリつけて
彼女の目が鋭くなる。
「生皮……って、つまり……」
「顔の皮を剥いで、マスクにしてる可能性がある」
「うっわぁ〜…サイコすぎ…
ふざけんな、戸川ちゃん。休みにそんなもん見せんなって……」
スマホを差し出す戸川。
再生ボタンを押すと、夜の路地で震える手元映像が始まる。
ーー画面の奥、ゴミ捨て場の向こうから、ふらりと現れる一匹の大型犬。
柴犬より一回り大きい、猟犬のような骨格。
そしてその顔面には、何かのマスクが縫い付けられていた。
[……コンニチワ……コンニチワ……ダレカイマスカ……]
喉のあたりから発せられる、人工的で感情のない音声。
子どもたちの声が「やばい!」「なんだあれ!」と叫ぶなか、犬は一瞬こちらを向き、そしてフレームアウトした。
動画はここで終わる。
「……マジで、狂ってるわ、コレ」
ルナはスマホを返し、深くため息をついた。
「これさぁ、RCじゃない?」
ぽつりと漏れたその言葉に、戸川の目が細まる。
「やっぱ、お前もそう思ったか?」
「うん。生皮、機械声、メディア撹乱、都市伝説のアップデート。
……全部、あいつらの“演出犯罪”の型にハマってる」
RC──リコレクション・コミュニティ。
都市伝説をリアルで“再演”することで、世間にショックを与え、ネットを混乱させる演出型犯罪集団。
その頭脳である氷室ナナは、いまも拘留中だが、彼女の不在でもRCは動いていた。
「留置所のナナち〜は……?」
「変わらずルービックキューブやってるらしい。何も話さない。でも、先週から“やけに上機嫌”だとさ」
「ははぁ〜ん……こりゃ…動いてるね」
ルナは立ち上がり、髪を一つにまとめ直すと、ギャル服に身を包んだ。
「行こっか。まずは現場の路地☆」
「おう。とりあえず朝メシ食ってからな」
「戸川ちゃんが作ってくれるなら」
「……なんで俺なんだよ」
「非番の乙女の家に侵入した、“人面ゴリラの刑”。
料理ぐらいしなよ〜☆」
「うるせぇ!」
二人の軽口が交錯する朝。
だがその裏で、すでに“喋る犬”を使った情報攪乱が、街を混乱に巻き込み始めていたーー。
現場は駅から徒歩8分、裏路地のコインパーキング脇。
「……ここだな。動画のGPS情報、ビンゴだ」
戸川が指差したゴミ捨て場の前には、破れたブルーシートと腐った段ボールの山。
すでにメディアも警察も立ち去り、ガラ空きの現場にはカラスすらいなかった。
「におうね〜、こりゃ」
ルナは地面にしゃがみ、黒いスニーカーで吸い殻をどけながら指先で何かをつまみ上げる。
それは、くしゃくしゃになった薄いゴム片ーー
いや、違う。
「……これ、シリコン製の“皮膚”だ。人工皮膚。
精巧な偽皮膚マスクだね」
まじまじとそれを覗き込んだ戸川が、顔をしかめた。
「なんでそんなもんが……」
「たぶん、犬に被せてた“顔”の一部。
喋る犬にリアリティ出すために、整形用のリアルスキンマスクを使ってるんだよ。
んで、これ、、業者にしか出回らないレベルの高品質なやつだね〜☆」
「裏に、なんか名前書いてあるぞ。
“Aoi Clinic”……」
「……美容外科系のラボね。聞いたことあるよ」
ルナがスマホで即検索。
画面には、芸能人も通う高級美容整形クリニックの名前が浮かんだ。
「院長、蒼井真澄、、最近バズった美人インフルエンサー外科医だよ。
顔も性格も完璧すぎて“整形モンスター”とか揶揄されてる。
……ねえ戸川ちゃん、これ、何かの“舞台”っぽくない?」
「舞台?」
「うん。人面犬っていう都市伝説に、整形の皮膚、クリニック、話す声。要素全部に“テーマ”があるよね…」
ルナは空を見上げた。
ビル群を背に、かすかに人工音声のような音が聞こえる気がした。
「RC、まだ動いてるね。あいつら、ナナが捕まっても平気で台本続けてる。ってことは……」
「誰かが、演出を続けてる?」
ルナはスマホをポケットに押し込み、笑った。
「答え合わせ、しに行こっか。“皮膚”の出元へ」
そう言ってふたりは“Aoi clinic”に向かった。
「いらっしゃいませ。ご予約は?」
クリニックの受付に立つのは、完璧すぎる整った顔の女性スタッフ。
「警視庁です。
美容外科医・蒼井真澄さんにちょ〜っと、お話を伺いたいんですけど〜☆いらっしゃいますかぁ〜??」
ルナは警察手帳を見せながら、わざと軽く鼻歌まじりに名乗る。
その様子にスタッフは一瞬顔をこわばらせるも、すぐに営業スマイルに戻った。
「少々お待ちください」
待合室には、女優、インフルエンサー、ホストらしき男性たちがスマホをいじっていた。
全員が“完璧”な顔を持っていることに、戸川は気付く。
「なんかここ、、全員コピー人間みたいだな……」
「パーツのバランスが似てんだよね。
“黄金比テンプレ”ってやつ。ーーいた。あれが蒼井真澄」
ロングの黒髪に、パーフェクトな目鼻立ち。白衣のポケットには、ブランドのリップと名刺が差し込まれていた。
「警察の方ですね?お時間いただきありがとうございます。お聞きになりたいのは、シリコンマスクの件ですか?」
「さすが☆……察しがいいっすね」
とルナが言うと、蒼井は口元だけで笑った。
「最近、うちの“顔”が変な使われ方をしてるみたいで。犬にマスクを被せた動画……私も拝見しました」
「で、それ、誰に渡したんですか?」
「当院のマスクラボは持ち出し不可です。
許可なしに持ち出せる人間は限られていますが、、
一人だけ、辞めたスタッフがいます。
“彼女”なら、“手口的”にも“動機的”にも合うかと」
「“彼女”?名前は?」
「氷室 ナナ」
その名前を聞いて、ルナの瞳孔が一瞬だけ開く。
「、、ナナち〜……?」
「おい…ルナ、一回戻るぞ…ここまできたら、あいつに話し聞いた方が早そうだ」
「……そうだね、一回戻ろっか…」
そう言ってふたりは留置所に向かった。
「人面犬かぁ〜☆アレ、かわいいでしょ〜☆ウチねぇ柴犬の血統が好きなんだよねぇ〜」
留置所のガラス越し。
氷室ナナはルービックキューブをくるくる回しながら、無邪気な笑顔を浮かべる。
「……お前、まだ指示出せる立場にいるのか」
戸川の声に、ナナはクスッと笑った。
「出してないよ?だって、ウチわ〜 今、無力な女囚☆ でもさぁ、ルナっち。皮膚って……面白いよね。
“顔”って、記憶と違って、何回でも作り直せるんだもんねぇ〜☆」
それが、RCによる“第二幕”の始まりを意味していた。




