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短編集  作者: 星 見人
37/81

レビュー0件レストランに行ってみたら帰れなくなった話し(不気味)

見て頂きありがとうございます。作る励みになりますので、良かったらブックマークと評価よろしくお願いします。


   レビュー、ゼロ件。


 その文字を見つけた瞬間、湊は背筋をぞわりと冷たいものが這い上がるのを感じた。


人気グルメ系YouTuberとして活動して三年目。数字を追いかける毎日は、時に倫理の境界線を曖昧にさせる。


いくら掘っても情報が出てこない店なんて、もう都市伝説レベル。


むしろ、それがいい。誰も知らない[ネタ]こそ

バズるのだ。


「今日の動画、マジで当たりかもな……」


スマホを片手に、湊は小雨降る路地を歩いていた。


繁華街から少し外れた住宅街の一角。

古びたマンションとコインランドリーの隙間に、妙に場違いな洋館風の建物がぽつんと建っていた。


それが、例の[レビューゼロ]のレストラン

[レストラン・ルール]。


 入口には、小さな金属製のプレートが掲げられていた。

[完全予約制・ご紹介のみ。

ご感想の投稿はご遠慮ください]

にもかかわらず、どういうわけかGoogleマップには店名だけが表示され、レビュー欄にはずっと「0」のまま。


「どうせ常連しか行けない系の会員制ってやつでしょ、、ダメ元で突撃だ!」


湊は小型の隠しカメラをジャケットの襟に仕込むと、ドアノブに手をかけた。

ギィ、と音を立てて開いたその扉の向こうには、まるで時間が止まったかのような空間が広がっていた。


暖色の照明、真っ白なクロス、手入れの行き届いた観葉植物たち。

香水のように上品なスープの匂いが、鼻腔をくすぐる。

湊は内心でガッツポーズをした。雰囲気は抜群。

映える。これはイケる。


「いらっしゃいませ」


背後から声がした。


振り返ると、完璧なスーツに身を包んだ老紳士が立っていた。

背筋は真っすぐで、髪は銀色に整えられている。


その微笑みは穏やかだったが、どこか観察者のような眼差しが印象に残った。


「ご予約のお名前を、、湊様、ですね。お待ちしておりました」


え? と湊は一瞬戸惑った。予約などしていない。


だが、老紳士、、神原と名乗ったその店主は、それ以上を問いただすことはしなかった。


案内された席に着くと、テーブルの上に一枚の紙が置かれていた。




[ご来店にあたってのお願い]

1.店内での撮影・録音はご遠慮ください

2.ご感想は心の中でお楽しみください

3.お料理は黙ってお召し上がりください

4.レビュー、評価、SNS等での拡散はご遠慮ください

5.万が一、上記のお願いを破られた場合は、、


そこから先の文字は、滲んで読めなかった。

まるで意図的にインクがにじんでいるかのように。


「、、いやいや、これ、逆にネタでしょ……!」


湊は小声でカメラに囁く。声は拾われるはずだ。

テーブルの向こう、観葉植物の隙間に立てられた奇妙な装飾品が、どこか[人の形]に見えた気がした。


「では、前菜をお持ちします」


神原が静かに頭を下げ、奥へ消えていった。


湊はカメラの映りをチェックしながら、店内をゆっくり見渡した。

誰もいない。BGMもない。時計の音すら聞こえない。


ただ、空気だけが、やけに整っている。


「、、この動画、絶対伸びるな」


湊はそうつぶやき、にやりと笑った。


少し待つと前菜が運ばれてきた。

光沢のある器に盛り付けられたそれは、まるで芸術作品のように美しかった。

色とりどりの野菜が巧みに配置され、最上級のオリーブオイルがほんのりと香る。


だが、それ以上に湊の目を引いたのは、その盛りつけの精緻さだった。

まるで一つひとつのパーツが計算され、無駄のない形に整えられている。

こういう料理は、どんな店でも[美しい]と形容されるものだが、ここまで緻密な美しさを持つ料理は初めて見た。


「すっ、、すげぇ、これ」


湊はカメラを向けながら、思わず声を漏らす。

カメラのレンズ越しに、料理が映し出される。色彩、形、全てが完璧に調和している。


まるでそれが、この店の一部として生まれてきたような感覚に囚われる。どこか冷たい印象すら抱いた。


「ごゆっくりお召し上がりください」


神原の静かな声が、湊を引き戻した。

そしてそのまま、店主は言葉を続けた。


「こちらの料理は、感想を声に出していただくことが、非常に、、難しいかと思います。心の中で、どうぞお楽しみください」


湊は少し驚いた。

それはただのお願いのように聞こえたが、どこかしっかりとした力がこもっていた。


「……ふぅん」


湊は苦笑しながら、料理にフォークを突き立てた。

美味しさをどうしても伝えたくなるその瞬間が、湊の本能的な反応だ。

だが、店主の目がちらりと湊に向けられ、彼はその目の鋭さに少しだけ身を引いた。


 口に運んだ一口目、、、

その瞬間、湊は息を呑んだ。


野菜の甘みと香ばしさ、オリーブオイルのまろやかさが絶妙に絡み合っている。しかし、それだけではない。

どこか異常なまでに深い味わいが舌の上で広がった。まるで、何か[違う]感覚が湊の脳裏に浮かび上がる。


「うっ……!」


湊は一瞬、思わず顔をしかめそうになったが、すぐに平静を取り戻した。

これはただの高級食材が作り出した味わいなのだろう。

だが、どうにもその[異質な深み]が気になる。


どうしてもその感覚を声に出して言いたくなったが、湊はぐっとこらえた。

 「感想は心の中で」という店主の言葉が頭をよぎる。


しかし、それを守る自信が湊にはなかった。


食べ終わるころ、湊は次第に無言になり始めていた。

だが、どうしてもその味が心に引っかかる。


「これ、何かおかしい」

「でも、何がおかしいんだ?」


その繰り返しが頭の中で渦巻き、次第に湊は言葉にしようとする自分を抑えるのがつらくなった。


「お客様、次の料理をお持ちします」


神原が再び、音もなく現れた。

湊は少し驚き、はっと顔を上げた。


「ありがとうございます、でも、、ちょっと」


「お腹に何か問題でも?」


「いや、ただ、感想を言いたくて……」


「どうぞ、心の中でお楽しみください」


その言葉が、湊にはまるで呪縛のように感じられた。

店内の空気が少し重く感じられる。


湊は再び目を閉じ、無理やりその言葉を飲み込んだ。心の中で、ただ一つ言いたいことだけを繰り返す。


「美味しい、、美味しいよ、、」


だが、どこかで心の中にひっかかるものがあった。

それは、何とも言えない違和感だった。

完璧すぎる食材、巧妙すぎる盛り付け、そして、妙な空気。

湊はその奇妙な感覚をどうしても拭い去ることができなかった。



            続


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