レビュー0件レストランに行ってみたら帰れなくなった話し(不気味)
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レビュー、ゼロ件。
その文字を見つけた瞬間、湊は背筋をぞわりと冷たいものが這い上がるのを感じた。
人気グルメ系YouTuberとして活動して三年目。数字を追いかける毎日は、時に倫理の境界線を曖昧にさせる。
いくら掘っても情報が出てこない店なんて、もう都市伝説レベル。
むしろ、それがいい。誰も知らない[ネタ]こそ
バズるのだ。
「今日の動画、マジで当たりかもな……」
スマホを片手に、湊は小雨降る路地を歩いていた。
繁華街から少し外れた住宅街の一角。
古びたマンションとコインランドリーの隙間に、妙に場違いな洋館風の建物がぽつんと建っていた。
それが、例の[レビューゼロ]のレストラン
[レストラン・ルール]。
入口には、小さな金属製のプレートが掲げられていた。
[完全予約制・ご紹介のみ。
ご感想の投稿はご遠慮ください]
にもかかわらず、どういうわけかGoogleマップには店名だけが表示され、レビュー欄にはずっと「0」のまま。
「どうせ常連しか行けない系の会員制ってやつでしょ、、ダメ元で突撃だ!」
湊は小型の隠しカメラをジャケットの襟に仕込むと、ドアノブに手をかけた。
ギィ、と音を立てて開いたその扉の向こうには、まるで時間が止まったかのような空間が広がっていた。
暖色の照明、真っ白なクロス、手入れの行き届いた観葉植物たち。
香水のように上品なスープの匂いが、鼻腔をくすぐる。
湊は内心でガッツポーズをした。雰囲気は抜群。
映える。これはイケる。
「いらっしゃいませ」
背後から声がした。
振り返ると、完璧なスーツに身を包んだ老紳士が立っていた。
背筋は真っすぐで、髪は銀色に整えられている。
その微笑みは穏やかだったが、どこか観察者のような眼差しが印象に残った。
「ご予約のお名前を、、湊様、ですね。お待ちしておりました」
え? と湊は一瞬戸惑った。予約などしていない。
だが、老紳士、、神原と名乗ったその店主は、それ以上を問いただすことはしなかった。
案内された席に着くと、テーブルの上に一枚の紙が置かれていた。
[ご来店にあたってのお願い]
1.店内での撮影・録音はご遠慮ください
2.ご感想は心の中でお楽しみください
3.お料理は黙ってお召し上がりください
4.レビュー、評価、SNS等での拡散はご遠慮ください
5.万が一、上記のお願いを破られた場合は、、
そこから先の文字は、滲んで読めなかった。
まるで意図的にインクがにじんでいるかのように。
「、、いやいや、これ、逆にネタでしょ……!」
湊は小声でカメラに囁く。声は拾われるはずだ。
テーブルの向こう、観葉植物の隙間に立てられた奇妙な装飾品が、どこか[人の形]に見えた気がした。
「では、前菜をお持ちします」
神原が静かに頭を下げ、奥へ消えていった。
湊はカメラの映りをチェックしながら、店内をゆっくり見渡した。
誰もいない。BGMもない。時計の音すら聞こえない。
ただ、空気だけが、やけに整っている。
「、、この動画、絶対伸びるな」
湊はそうつぶやき、にやりと笑った。
少し待つと前菜が運ばれてきた。
光沢のある器に盛り付けられたそれは、まるで芸術作品のように美しかった。
色とりどりの野菜が巧みに配置され、最上級のオリーブオイルがほんのりと香る。
だが、それ以上に湊の目を引いたのは、その盛りつけの精緻さだった。
まるで一つひとつのパーツが計算され、無駄のない形に整えられている。
こういう料理は、どんな店でも[美しい]と形容されるものだが、ここまで緻密な美しさを持つ料理は初めて見た。
「すっ、、すげぇ、これ」
湊はカメラを向けながら、思わず声を漏らす。
カメラのレンズ越しに、料理が映し出される。色彩、形、全てが完璧に調和している。
まるでそれが、この店の一部として生まれてきたような感覚に囚われる。どこか冷たい印象すら抱いた。
「ごゆっくりお召し上がりください」
神原の静かな声が、湊を引き戻した。
そしてそのまま、店主は言葉を続けた。
「こちらの料理は、感想を声に出していただくことが、非常に、、難しいかと思います。心の中で、どうぞお楽しみください」
湊は少し驚いた。
それはただのお願いのように聞こえたが、どこかしっかりとした力がこもっていた。
「……ふぅん」
湊は苦笑しながら、料理にフォークを突き立てた。
美味しさをどうしても伝えたくなるその瞬間が、湊の本能的な反応だ。
だが、店主の目がちらりと湊に向けられ、彼はその目の鋭さに少しだけ身を引いた。
口に運んだ一口目、、、
その瞬間、湊は息を呑んだ。
野菜の甘みと香ばしさ、オリーブオイルのまろやかさが絶妙に絡み合っている。しかし、それだけではない。
どこか異常なまでに深い味わいが舌の上で広がった。まるで、何か[違う]感覚が湊の脳裏に浮かび上がる。
「うっ……!」
湊は一瞬、思わず顔をしかめそうになったが、すぐに平静を取り戻した。
これはただの高級食材が作り出した味わいなのだろう。
だが、どうにもその[異質な深み]が気になる。
どうしてもその感覚を声に出して言いたくなったが、湊はぐっとこらえた。
「感想は心の中で」という店主の言葉が頭をよぎる。
しかし、それを守る自信が湊にはなかった。
食べ終わるころ、湊は次第に無言になり始めていた。
だが、どうしてもその味が心に引っかかる。
「これ、何かおかしい」
「でも、何がおかしいんだ?」
その繰り返しが頭の中で渦巻き、次第に湊は言葉にしようとする自分を抑えるのがつらくなった。
「お客様、次の料理をお持ちします」
神原が再び、音もなく現れた。
湊は少し驚き、はっと顔を上げた。
「ありがとうございます、でも、、ちょっと」
「お腹に何か問題でも?」
「いや、ただ、感想を言いたくて……」
「どうぞ、心の中でお楽しみください」
その言葉が、湊にはまるで呪縛のように感じられた。
店内の空気が少し重く感じられる。
湊は再び目を閉じ、無理やりその言葉を飲み込んだ。心の中で、ただ一つ言いたいことだけを繰り返す。
「美味しい、、美味しいよ、、」
だが、どこかで心の中にひっかかるものがあった。
それは、何とも言えない違和感だった。
完璧すぎる食材、巧妙すぎる盛り付け、そして、妙な空気。
湊はその奇妙な感覚をどうしても拭い去ることができなかった。
続




