超人 篠原(仮)2 (ヒーロー)
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時間を止めたまま、煙の中を歩く。
爆発が起きたビルの近くは、静止したままの瓦礫が宙に浮かび、火花だけが凍ったように揺れている。
まるで3Dで作られた炎の彫刻だ。
彼は、焦げた空気の中を歩きながら、ひとりごとを漏らす。
「これが世界を救えって言われてる奴のやることか。こんなん、誰が毎日やりたいと思うんだか、、」
ビルの裏路地、彼は一人の男を見つけた。
爆弾のスイッチを持っていた。目の前には意識を失った若い女性。
どう見ても、自作自演の人質テロ。
犯人の顔には、どこかで見たような歪んだ笑みが張りついていた。
「あー……なるほど。こいつ、前にニュースで見たな。性犯罪で不起訴になったやつだ」
篠原は立ち尽くす。
時間を止めている以上、全ては彼の手に委ねられている。
助ける?
止める?
放っておく?
選べる。今だけは、絶対に。
ポケットからスマホを出す。検索してみる。
「○○ 無罪」「不起訴 理由」
知ってしまった。
コネと金で揉み消された事件の数々。
篠原の拳が、ほんの少し震える。
「もし俺がヒーローだったら、こいつを縛って、通報して、正義の裁きに委ねる、、とか言うんだろうな」
そう言いながら、ため息をつく。
「でもさ、正義って、、人って、そんなに信用できるもんか?」
彼はゆっくり歩み寄る。
止まった犯人の頬に手をかける。
力を加えれば、首の骨くらい簡単に砕けるだろう。
その瞬間、脳裏に浮かんだのは、、犬の目だった。
何も言わず、逃げるように去っていった
あの白い小さな命。
ため息混じりに手を離し、犯人を軽く蹴り飛ばし、
ズボンとパンツを脱がして倒した。
スイッチを壊し、女性を安全な場所へ運び、最後にひとことつぶやいた。
「、、まだ[俺じゃない誰か]になれるか、試してみる」
時間を戻す。
爆発の直前、ビルの裏で犯人が転倒、スイッチが壊れ、不発。
女性は無事保護された。
だが、奇跡はまた、偶然として処理された。
ニュースキャスターが、笑顔で言った。
「神様がいるとしか思えませんね!」
篠原はテレビを消した。
「違うよ。神様はもっとヒマ人だろ。俺みたいに、残業明けに人助けとかしねぇから」
その夜。
暗い部屋の中、彼は鏡を見つめていた。
自分の顔を。自分の目を。自分の、形を。
「……誰かを救っても、誰にも気づかれない。
誰かを裁いても、正義にはならない。
だったら、どこまでが、俺のままでいていいんだろうな」
そのとき、スマホが光った。
非通知設定の着信。
取ると、あの女エージェントの声がした。
「篠原直樹。君の動きが世界中にバレた。
君が知らないうちに、もう神話になり始めてる」
「、、だから何?」
「世界が君に名前をつけようとしてる。[救世主]か、[怪物]か。選ぶのは、君だ」
しばしの沈黙のあと、彼は静かに答えた。
「もう少しだけ、考えさせてくれ。人間らしさってやつを」
週明け、職場の休憩室。
同僚たちの話題は相変わらず、奇跡の正体だった。
「やっぱさ、政府が隠してんじゃね?タイムストッパーとかいう超人」
「SNSで解析してるやついたよ。助けられた場所の傾向とか、白い犬が近くにいる説とか」
「お前、、それポケモンの都市伝説と混ざってない?」
篠原は、湯を注いだカップ麺のフタを見ながら、心の中でつぶやいた。
(、、ラーメンの待ち時間に世界を救っても、誰もありがとうって言わないのな)
だがその日、職場に一本の電話がかかってきた。
それは彼の上司。
課長が、なぜか血相を変えて戻ってきたことで発覚する。
「篠原……お前、最近どこかで、変なことに巻き込まれてないか?」
「変なことって、、? 昼休みにファミマの新しいカップラーメンにチャレンジしたぐらいですけど、、」
課長は無視して言う。
「変な男が訪ねてきた。お前の力を証明しろって。
写真を持ってた。子供の事故現場、時間が止まった瞬間の映像だ」
篠原は一瞬、内心で警鐘が鳴るのを感じた。
「んで、、そのパパラッチ君は?」
「追い返したが、、また来るって。しかも、知ってるぞ。お前には弱点があるとも、、」
その言葉に、冷や汗がにじむ。
弱点、、この俺に、、?この力に?
いや、違う。これは脅しだ。
帰り道、いつもより早めに退社した彼は、
駅前の人混みの中で違和感を感じる。
何人か、明らかに視線を向けてくる男たちがいる。
記者か? それとも……あの組織?
(くそ……面倒くせぇ)
そのとき、不意に耳に飛び込んできた声があった。
「ねぇ、あれ?、、篠原さんじゃない?」
声の主は、職場の後輩・木下だった。
無邪気な笑顔と、手には焼き鳥の袋。
「もしかして、こっち帰り? 一緒に駅まで、、」
その瞬間、後ろから何かが飛んできた。
ビンか?投げられた? 違う、爆竹だっ!
木下の足元で爆音が響き、辺りが騒然となる。
「危ない!」
、、、 止めた。世界を。反射的に。
木下を抱きかかえ、爆竹を投げた男の顔を見る。
マスク。サングラス。手にはスマホ。撮影中だった。
「、、SNS用の炎上動画か」
腹の底から何かが込み上げた。
夜の自室。カーテンを閉め、照明を落とし
テレビもスマホもつけない。
彼はソファに沈んだまま、口を開く。
「誰も救ってくれなんて言ってないのに、救えば追いかけられる。誰も殺してくれなんて言ってないのに、狙われる」
握った拳が、革張りの肘掛けをミシッとへこませた。
「救世主ってのは、人間が勝手に作って、勝手に燃やすための薪なんだろ」
そしてその夜、彼の部屋に封筒が投げ込まれる。
中には一枚の写真。
木下。部屋で笑いながら電話している姿。
裏には、マジックで殴り書きされた文字。
「お前の[選択]を見てる。次に沈むのは、身近な誰かだ」
篠原は、その紙を握りつぶす。
「選択、ね、、なら、こっちから提示しようか」
ソファから立ち上がる。
初めて、自分の足で動く決意を持って。
そして翌朝。
篠原の自宅の郵便受けには、一通の封書が投函されていた。
差出人:不明
内容:ただ一言、、
「あなたはヒーローではなく、審判者である。裁け」




