表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: 星 見人
30/81

超人 篠原(仮) (ヒーロー)

見て頂きありがとうございます。作る励みになりますので、良かったらブックマークと評価よろしくお願いします。


 朝。アラーム音が、耳の奥で暴れていた。

鳴って、止めて、鳴って、止めて、鳴って、、

最終的にスマホを床に投げてしまった。


その瞬間、気づいた。

投げたスマホが、空中で止まっている。


「、、んっ、バグった?」


違う。カーテンも、空気も、通勤途中の自転車も、全部止まってる。

世界が、まるごと静止していた。


オレだけが動いていた。


「また、、か」


呟いた声が部屋にこだまする。

もうこれで5回目。最初は驚いた。次は混乱した。

今はもう、、慣れた。


朝、ギリギリで起きても、時間を止めれば間に合う。

たとえば、こんな風に。

シャワーを浴びて、髪を乾かして、トーストをくわえながらネクタイ締めて、靴履いて、時間を再生する。


スマホがカーペットにぽとりと落ちた。


「よしっ!遅刻ギリセーフ!」



 職場に着くと、空気がいつものようにやる気のない色をしていた。

誰も彼も、目が死んでいる。

オフィスとは、ゾンビ映画の撮影現場だったかもしれない。


「おはようございまーす」と元気よく挨拶する俺。


「あ、篠原さん。昨日の経費、また戻ってきてますよ」


「またですか、、俺もう人生のレシート、全部シュレッダーかけちゃいたい気分、、」


「金曜に[牛丼大盛・卵・味噌汁付き]を接待名目で提出してますけど」


「それエネルギー接待って無理? 俺と牛丼が密談してたんですよね、、」


「経費削減って言われてるのに、ギリギリを攻めすぎ」


話しが終わり、篠原が席に着くと

隣の席の新人・佐藤がこっそり耳打ちしてきた。


「篠原さん、ほんと残業しないっすよね。なんでっすか?」


「えっ、、時間、止めてるからな」


「え?」


「いや、なんでもない、、」


こういう会話のあとに、変身アイテムとか引き出しに入っていたら、物語も明るかったのかもしれない。

でも現実は、定時までエクセルの地獄だった。



その帰り道、彼らは現れた。


黒いSUVで黒スーツの男たち。

そして、やたら威圧感のある女性がサングラスを外す。


「篠原直樹。あなたに話がある。場所を変えても?」


「えーっと、マッチングアプリの人じゃないですよね?」


「我々は[対超常存在戦略局]、、略してTSS。

あなたの力、こちらでも把握済みです」


「ちょっと待って。なんで俺が[普通に生きたい]ってだけで、スパイ映画みたいな展開になるの?」


「あなたは自分の力を使いこなしていないだけ。訓練すれば、もっと多くを救える。ヒーローになれる」


「うーん、、今週、色々と忙しくて、、マッチングアプリとか……」


「これは地球の問題です」


「地球?、、今は見捨ててくれよ。俺のスケジュールの方が切実なんだよ」


 彼女はため息をつきながら、USBメモリを渡してきた。


「連絡を待っている」


「了解、家のWi-Fiが重くない日だったら再生してみるよ」と軽く言った。


彼らは車に乗って去っていった。

篠原は歩きながら小さくつぶやく。


「ふぅ〜、、ヒーローか。俺みたいな奴が?」



その夜。

スーパーの裏手、トラックの前に小さな白い犬が飛び出した。


運転手は気づいていない。誰も止められない。

でも、彼は、、反射的に時間を止めた。


犬を抱き上げ、歩道へ戻す。

時間を再開する。トラックはそのまま通り過ぎていく。


犬はワンと吠え、夜の闇に消えた。


彼はその場に立ち尽くし、つぶやく。


「、、ありがとうぐらい言え!バカ犬が!次は轢かれるぞ」


だけど、、

その表情には、ほんの少し笑みが浮かんでいた。


この時の彼はまだ知らなかった。

この数日後、自分が[世界を止めた存在]として、裁かれる側になることを。



月曜日の朝。

例によって、アラームが鳴った。止めた。鳴った。止めた。鳴った。、、、止めすぎて遅刻した。


仕方ないので、世界を止めて身支度を済ませた。


シャワーを浴びてる間に湯気だけが止まっている。鏡の曇りも途中で凍ったみたいになっていた。

なんかもう、風情とかゼロ。


「、、おかしいな、神の力もってるはずなのに、月曜の、この初めて振られた日のような切なさだけは止められない」



 通勤途中。駅前のモニターに映し出されたニュースが足を止めさせた。


[今週末、都内で起きた奇跡的救出劇が話題に、、

白い子犬が走行中のトラックをすり抜け、無傷で発見されました。目撃者は「時間が一瞬止まったように感じた」と語り、SNSでは神の手と呼ばれています。]


篠原はコーヒーを盛大に吹きだした。


「おいおい、俺がヒーローっぽく報道されるとか、想定外すぎて、コーヒー吹いたら、オナラとくしゃみも同時に出ちゃったよ、、」


すでにネットでは「止まった世界の救世主」「新手の都市伝説」として盛り上がっていた。

イラスト化され、ラノベのタイトル風にされたまとめもある。


[時間を止めたら社畜だった件について(仮)]


「バカタレ、俺に印税ちゃんと振り込んでおけよ、、

ずっとな」



職場に着くと、社員たちが昼休みに例の動画で盛り上がっていた。


「これマジすごくね? タイムストップ能力とか、リアルにいたら世界征服できるっしょ」


「いやいや、真のヒーローはそんな力を使わない奴だろ」


「でも正直、ちょっと羨ましいよな……俺、月末の請求書全部止めてえわ」


篠原は、いつもどおり机に座って聞いていた。

表情は変えない。けど、心の奥底で何かがざらついた。


「、、使わない奴が正義か」


じゃあ、使った俺は? 悪か?

助けたのに、誰からも見えてないってのは、どんな罰ゲームだ。




帰り道。TSSの女エージェントが再び現れる。


「例の件、考えてくれました?」


「断ったでしょ。俺、世界より自分の息子の処理に手一杯なんで、ちなみに今夜は反抗期!」


「君が存在しないふりをしても、世界は君を見つけようとする。現に、もう奇跡が噂になってる」


「奇跡? ただの反射神経だよ。あと、あの犬が運良かった。それだけ」


「篠原さん。今なら選べる。名もなき善として静かに暮らすか、力に支配される怪物になるか?」


「そんな二択しかないの? ヒーロー業界、柔軟性なさすぎ?もう少し考えないと新入社員来ないよ」


彼女は少しだけ、哀しそうに笑った。


「誰もが善でいられるほど、世界は優しくないから」


その言葉だけが、しばらく彼の中に残った。



数日後。また助けてしまった。

バスにひかれかけた子供。

駅のホームから落ちそうな老人。

意図してないのに、力が勝手に動くような感覚さえある。


だが、またしても誰も気づかない。


誰も感謝しない。

むしろ、、その場にいた人間は、口々にこう言った。


「あの子、なんで助かったんだ?気味悪い……」


「監視カメラもバグってて、マジでホラーじゃん……」


「誰かが仕組んだんじゃね?」


彼は、歩きながらつぶやいた。


「助けるってのは、本当に正しいのか?俺がやってることは気味悪いのか?」


その夜、彼はひとりで世界を止め、ビルの屋上から街を見下ろしていた。

止まった車。止まった人々。止まった会話。


光と音が凍った都市は、美しくも無慈悲だった。


「俺が何もせずにいて、この世界が壊れてくれたら……それが一番楽なんだろうな」


と遠くを見つめ、呟いたその時、街の向こうで煙が上がってた。


爆発?事故?故意の爆破?テロか!?


彼は無意識に、その煙が上がってる場所に向かって行った。


そしてそのまま、煙の中へと歩き出す。



            続


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ