超人 篠原(仮) (ヒーロー)
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朝。アラーム音が、耳の奥で暴れていた。
鳴って、止めて、鳴って、止めて、鳴って、、
最終的にスマホを床に投げてしまった。
その瞬間、気づいた。
投げたスマホが、空中で止まっている。
「、、んっ、バグった?」
違う。カーテンも、空気も、通勤途中の自転車も、全部止まってる。
世界が、まるごと静止していた。
オレだけが動いていた。
「また、、か」
呟いた声が部屋にこだまする。
もうこれで5回目。最初は驚いた。次は混乱した。
今はもう、、慣れた。
朝、ギリギリで起きても、時間を止めれば間に合う。
たとえば、こんな風に。
シャワーを浴びて、髪を乾かして、トーストをくわえながらネクタイ締めて、靴履いて、時間を再生する。
スマホがカーペットにぽとりと落ちた。
「よしっ!遅刻ギリセーフ!」
職場に着くと、空気がいつものようにやる気のない色をしていた。
誰も彼も、目が死んでいる。
オフィスとは、ゾンビ映画の撮影現場だったかもしれない。
「おはようございまーす」と元気よく挨拶する俺。
「あ、篠原さん。昨日の経費、また戻ってきてますよ」
「またですか、、俺もう人生のレシート、全部シュレッダーかけちゃいたい気分、、」
「金曜に[牛丼大盛・卵・味噌汁付き]を接待名目で提出してますけど」
「それエネルギー接待って無理? 俺と牛丼が密談してたんですよね、、」
「経費削減って言われてるのに、ギリギリを攻めすぎ」
話しが終わり、篠原が席に着くと
隣の席の新人・佐藤がこっそり耳打ちしてきた。
「篠原さん、ほんと残業しないっすよね。なんでっすか?」
「えっ、、時間、止めてるからな」
「え?」
「いや、なんでもない、、」
こういう会話のあとに、変身アイテムとか引き出しに入っていたら、物語も明るかったのかもしれない。
でも現実は、定時までエクセルの地獄だった。
その帰り道、彼らは現れた。
黒いSUVで黒スーツの男たち。
そして、やたら威圧感のある女性がサングラスを外す。
「篠原直樹。あなたに話がある。場所を変えても?」
「えーっと、マッチングアプリの人じゃないですよね?」
「我々は[対超常存在戦略局]、、略してTSS。
あなたの力、こちらでも把握済みです」
「ちょっと待って。なんで俺が[普通に生きたい]ってだけで、スパイ映画みたいな展開になるの?」
「あなたは自分の力を使いこなしていないだけ。訓練すれば、もっと多くを救える。ヒーローになれる」
「うーん、、今週、色々と忙しくて、、マッチングアプリとか……」
「これは地球の問題です」
「地球?、、今は見捨ててくれよ。俺のスケジュールの方が切実なんだよ」
彼女はため息をつきながら、USBメモリを渡してきた。
「連絡を待っている」
「了解、家のWi-Fiが重くない日だったら再生してみるよ」と軽く言った。
彼らは車に乗って去っていった。
篠原は歩きながら小さくつぶやく。
「ふぅ〜、、ヒーローか。俺みたいな奴が?」
その夜。
スーパーの裏手、トラックの前に小さな白い犬が飛び出した。
運転手は気づいていない。誰も止められない。
でも、彼は、、反射的に時間を止めた。
犬を抱き上げ、歩道へ戻す。
時間を再開する。トラックはそのまま通り過ぎていく。
犬はワンと吠え、夜の闇に消えた。
彼はその場に立ち尽くし、つぶやく。
「、、ありがとうぐらい言え!バカ犬が!次は轢かれるぞ」
だけど、、
その表情には、ほんの少し笑みが浮かんでいた。
この時の彼はまだ知らなかった。
この数日後、自分が[世界を止めた存在]として、裁かれる側になることを。
月曜日の朝。
例によって、アラームが鳴った。止めた。鳴った。止めた。鳴った。、、、止めすぎて遅刻した。
仕方ないので、世界を止めて身支度を済ませた。
シャワーを浴びてる間に湯気だけが止まっている。鏡の曇りも途中で凍ったみたいになっていた。
なんかもう、風情とかゼロ。
「、、おかしいな、神の力もってるはずなのに、月曜の、この初めて振られた日のような切なさだけは止められない」
通勤途中。駅前のモニターに映し出されたニュースが足を止めさせた。
[今週末、都内で起きた奇跡的救出劇が話題に、、
白い子犬が走行中のトラックをすり抜け、無傷で発見されました。目撃者は「時間が一瞬止まったように感じた」と語り、SNSでは神の手と呼ばれています。]
篠原はコーヒーを盛大に吹きだした。
「おいおい、俺がヒーローっぽく報道されるとか、想定外すぎて、コーヒー吹いたら、オナラとくしゃみも同時に出ちゃったよ、、」
すでにネットでは「止まった世界の救世主」「新手の都市伝説」として盛り上がっていた。
イラスト化され、ラノベのタイトル風にされたまとめもある。
[時間を止めたら社畜だった件について(仮)]
「バカタレ、俺に印税ちゃんと振り込んでおけよ、、
ずっとな」
職場に着くと、社員たちが昼休みに例の動画で盛り上がっていた。
「これマジすごくね? タイムストップ能力とか、リアルにいたら世界征服できるっしょ」
「いやいや、真のヒーローはそんな力を使わない奴だろ」
「でも正直、ちょっと羨ましいよな……俺、月末の請求書全部止めてえわ」
篠原は、いつもどおり机に座って聞いていた。
表情は変えない。けど、心の奥底で何かがざらついた。
「、、使わない奴が正義か」
じゃあ、使った俺は? 悪か?
助けたのに、誰からも見えてないってのは、どんな罰ゲームだ。
帰り道。TSSの女エージェントが再び現れる。
「例の件、考えてくれました?」
「断ったでしょ。俺、世界より自分の息子の処理に手一杯なんで、ちなみに今夜は反抗期!」
「君が存在しないふりをしても、世界は君を見つけようとする。現に、もう奇跡が噂になってる」
「奇跡? ただの反射神経だよ。あと、あの犬が運良かった。それだけ」
「篠原さん。今なら選べる。名もなき善として静かに暮らすか、力に支配される怪物になるか?」
「そんな二択しかないの? ヒーロー業界、柔軟性なさすぎ?もう少し考えないと新入社員来ないよ」
彼女は少しだけ、哀しそうに笑った。
「誰もが善でいられるほど、世界は優しくないから」
その言葉だけが、しばらく彼の中に残った。
数日後。また助けてしまった。
バスにひかれかけた子供。
駅のホームから落ちそうな老人。
意図してないのに、力が勝手に動くような感覚さえある。
だが、またしても誰も気づかない。
誰も感謝しない。
むしろ、、その場にいた人間は、口々にこう言った。
「あの子、なんで助かったんだ?気味悪い……」
「監視カメラもバグってて、マジでホラーじゃん……」
「誰かが仕組んだんじゃね?」
彼は、歩きながらつぶやいた。
「助けるってのは、本当に正しいのか?俺がやってることは気味悪いのか?」
その夜、彼はひとりで世界を止め、ビルの屋上から街を見下ろしていた。
止まった車。止まった人々。止まった会話。
光と音が凍った都市は、美しくも無慈悲だった。
「俺が何もせずにいて、この世界が壊れてくれたら……それが一番楽なんだろうな」
と遠くを見つめ、呟いたその時、街の向こうで煙が上がってた。
爆発?事故?故意の爆破?テロか!?
彼は無意識に、その煙が上がってる場所に向かって行った。
そしてそのまま、煙の中へと歩き出す。
続




