表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: 星 見人
21/81

大泥棒の後悔 (ほっこり)


 爺さんは、静かな公園のベンチで日向ぼっこをしていた。

白髪が増え、顔のしわが深く刻まれているが、心の中にはいまだに過去が影を落としていた。


もう盗みの世界からは遠く離れたつもりだったが、あの時の自分の後悔を消し去ることはできなかった。


その日、爺さんの目の前で小さな女の子が泣き出した。

男の子が、遊んでいたおもちゃを強引に奪ったからだ。女の子は声を上げて泣き、どうしようもなく手を伸ばしている。爺さんは、その姿をじっと見つめていた。


「あぁ、私も、、こんなにも大切な物を盗んでしまったんだな、、」

爺さんの胸に痛みが走った。思い出した。


かつて、自分が盗んだ物も、きっと誰かにとってはこんなにも大切だったのだろう。


その瞬間、爺さんは決意した。過去の罪を、少しでも償いたい。かつて盗んだ物を、ひとつひとつ返すことに。


最初に返したのは、お金だった。

何年も前に、知り合いから奪った金を、爺さんは夜の静けさに紛れてその家の前にそっと置いた。何も言わず、ただそれだけ。あの時の顔を、あの時の目を思い出しながら。


次に返したのは、家宝だった。

奪った家宝は、爺さんの心に重くのしかかっていた。あの家族がどれほど大切にしていたものだったか、ようやく理解できたとき、その宝箱を持ってその家の前に立った。鍵を開けることなく、ただ静かに箱を置き、そのまま去った。


さらに、もう一つ返すべき物があった。

それは、かつて盗んだ豪華なジェット機だった。若かりし頃の爺さんは、それを奪うことで手に入れた力と名誉を誇示していたが、今となってはその贅沢な機体がどれだけ無意味だったかを悟った。爺さんは空港にその機体を運び込み、何も言わずに降ろした。機体が静かに地面に降りる音が、爺さんの胸に深く響いた。


そして最後に残ったのは、豪邸だった。

爺さんがかつて奪った豪邸。今は誰も住んでいないその豪邸を、爺さんは再び訪れた。夜の帳に紛れて、玄関に鍵を置いた。豪邸の中にはもう誰の思い出も残っていないかもしれないが、それを返すことで、少しでも自分の心の重しを下ろすことができたような気がした。


すべてを返し終えた爺さんは、静かにその場を離れようとした。しかし、ふと立ち止まった。


目の前に、ひとりの女性が立っていた。その女性は微笑みながら爺さんを見つめていた。その笑顔を見て、爺さんは突然、心の奥に湧き上がる感情を抑えきれなくなった。


その女性の顔は、爺さんにとって最も大切な存在だった。過去を共に生き、そして今もなお、彼を支え続けている唯一の存在だった。彼女は何も言わず、ただ微笑んでいた。


「全部終わったんですね、、」彼女の声が静かに響いた。爺さんはその言葉を胸に、ゆっくりと涙をこぼした。


「ふふ、貴女への恋心だけは返せないな、、」爺さんの言葉が、夜の静けさの中で響いた。

それは過去をすべて返し終わった後でも、どうしても返すことのできなかった、唯一の心の中の宝物だった。


女性は優しく笑って言った。「ふふふ、それは貴方にあげた物よ。」


爺さんは驚き、そして穏やかな表情に変わった。


「さぁ、帰りましょ。今日は貴方の好きなビーフシチューですよ」


その言葉に、爺さんの顔がほんのりと和らいだ。過去を返し終えた今、最も大切なのはこれからの時間だと、心の底から感じることができた。


彼の贖罪は終わった。過去の罪はすべて返した。

しかし、愛だけは、時の中で失われることはなかった。そして、彼は静かに、女性の手を取って家へと向かって歩き出した。どんなに長い時間が経っても、共に歩んでいくことが、何よりも大切だと感じていた。


手を繋ぎ、月明かりの中を歩く、2つの影と共に。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ