窓から覗くセカイ
中学の物よりも遥かに大きい体育館の中ではバスケ、バトミントン、バレーなど様々な部活が活動していた。
ネットでいくつもの区画に仕切られたコートの中で、中学の時とは比べ物にならないほどの熱量で、それこそ一人一人が全身全霊をかけて競技に打ち込んでいるのが見てわかる。
窓から1番近い場所ではバスケ部が試合形式で練習をしていて、大輝は一年ながら実力をしっかりと示せているようだ。
バスケをやっていた身としては少しだけ感じるものがあるのだが、自分から離れたのだ……いまさら後悔はない。
気を取り直して優花があの時何を感じていたのかを考えてみる。
「優花はここから練習してる人たちの姿を見て何を思ってたんだろうな……」
窓ガラスに顔を近づければ体育館の中がより広くはっきりと見えてくる。
全員で上を目指すために仲間と鼓舞しあう部活もあれば、試合でいつか当たるかも知れないライバルだと意識して競い合う部活もある。
本気で取り組む生徒の葛藤や成長する姿を長年見守って来た建物には傷や汚れが壁や床に蓄積されているが、しっかりと手入れもされていて、その痕跡もよく馴染んでいる。
積み重なった傷跡は、ただ年月を重ねて来ただけではないぞ、と体育館自体が主張しているようで、強豪校らしいある種の風格を放っていた。
窓ガラスから少し離れると窓枠が一つのフレームとなることで視線は自然と活動している1人1人にフォーカスされていく。
イメージ通りにシュートが決まった喜びの表情。あと一歩が届かずに抜かれてしまった悔しさ。次は自分の番だと気合を入れるチームメイト。
バスケ部一つを見てもこれだけの表情と感情が溢れていて、こうした景色も、この時この場所この角度から見ていなければ2度と出会う事はできないのだと理解できる。
3年間の長く濃い部活の時間の中で、一度たりとも同じ瞬間というのは訪れないし、見ることができないだろう。
「そっか……優花はただバスケを見てた訳じゃなかったのか……」
1人だったら俺はこの場所に気づけなかったかも知れない。
体育館やバスケに少し苦手意識のようなものがあった俺はきっとこの近くを通る時には下を向いて歩いていただろうから……
大輝が指を指してくれて、背中を押してくれた。
大輝が教えてくれた優花の見ていた景色。
ボールを持った大輝は斜め下に沈み込むようにして鋭く中へと切り込んでいき、決してゴールからは目を離さず3Pライン45度の場所で待つ味方にノールックでパスを出した。
それは試合の中で俺がここぞという場面で大輝に出していたパスとよく似た動きだった。
「大輝には感謝しないとな……本当に……」
優花のレンズを嵌め込んで構えたカメラの位置はいつもより少しだけ高く、無意識にシャッターを切っていた。
そうして撮影した写真に映る大輝は黄色のビブスを着ていた。
――――――――――――――――――――――――――
「大輝……これ……」
「なんだ急に、どうかしたか?」
俺は灰色の景色の中に一つの色を彩ってくれた親友の元へいき、印刷した一枚の写真を手渡した。
「写真……撮ってくれたのか!」
「まぁな」
「相変わらずプロ級に上手く撮れてるけど……このプレーってのはなんかちょっと恥ずいな……」
「俺が大輝に出してたパスと同じだからな」
「言うなって!自分でもわかってんだから!」
少し気恥ずかしくて茶化すようになってしまったが、大事な親友に伝えないといけないことがある。
「……あの日着てたのもこれと同じ……黄色のビブス、だったんだよなきっと」
「…………黄色って……駿!お前!!本当か!?」
「……ああ……見えた」
「……駿……よかった……本当に……本当、よかった……俺はお前の力に少しでも……なれたんだな……」
「……ありがとう大輝……本当に……ありがとう」
気がつけば俺も大輝も周りに人がいるのを気にもせずボロボロに泣きながら抱きしめ合っていた。
「駿……お願いがある」
「なんだよ……急に改まって……」
部活中だった事を思い出して、落ち着きを取り戻したタイミングで大輝が口を開く。
「俺と1on1してくれないか?」
「俺、ブランクあるんだけど?」
「ダメか?」
「ダメっていうか……バッシュもなんもねぇよ俺?」
「サイズ俺と一緒なんだから予備使ってくれればいいだろ」
「えぇ……マジで言ってる?」
「なんだ?あれこれ言って負けるのが怖いのか?」
「おお、だいぶ強気に出たな……一回も俺に勝てた事ないくせに」
「だったら良いだろ?……部長!次の休憩で一瞬コート借りてもいっすか?」
「犬飼か、良いけど本入部前に怪我はすんなよー!」
「ありがとうございます!!……ってことでこれバッシュ、じゃあひとつよろしく!」
「おい大輝!……って行っちまったよ……仕方ない、久しぶりにやるか……」
俺は大輝のバッシュに履きかえ靴の感触を確かめるようにして床を踏み締める。
「あ、カメラ……どうしよう……」
「私が持ってようか?」
「柏木さん……なんでここに?」
「新体操の見学終わって帰る途中に知り合いの男子2人が泣きながら抱き合ってるんだもの、気にもなるわよ」
「……見てたんだ」
「それよりカメラ、大切なものなんでしょ?落としたりぶつけたりしないから安心して?」
「じゃあ、お願いします」
「はい、任されました」
大輝と一緒に泣いていたのを見られてるとは思わなかったけど、柏木さんが来てくれてよかったとも思う。まだ知り合ってそんなに時間もたっていないけど、なぜか彼女にならカメラを預けても大丈夫なような気がしたのだ。
「瀬戸くんってバスケできるの?」
「……ブランクあるけどたぶんそれなりには?」
「おいおい、あの瀬戸駿でそれなりってなんの皮肉だよ」
「塚本くんもバスケ部の見学来てたんだ、皮肉ってどう言う事?」
「そいつ、犬飼と一緒に地区選抜の選手にも選ばれた事あるし、中2の時には県大会ベスト4までいってるこの辺りではかなりの有名人……まあ、なぜか中3の大会では見かけなかったけど」
「へぇ……そんなすごい人には見えないけど?」
「俺もクラスで見た時は別人かと思ったよ」
柏木さんの反応を見るにクラスメイトらしき塚本くんは昔の俺のことを知っているようだ。
「駿!コート空いたぜ!早速やろう!!」
「犬飼!10分だけだからな!!」
「了解っす!!……ほら!駿!早く早く!!」
「わかったよ……」
大輝はシューズを履いた俺に嬉しそうにボールを渡してくる。
ダンッ、ダンッ!!
ドリブルを数回してから手に持ち、足を踏みしめてコートの感触を改めて確かめる。
スゥーーーッ……ハァーー……
「やろうか、大輝」
「っっ……今日はぜってぇ負けねぇ!」
――――――――――――――――――――――――――
《由佳視点》
瀬戸くんがボールを持ってコートの中に入ってボールを数回跳ねさせる。
そして深呼吸をして犬飼くんにボールを手渡して声をかけた。
たったそれだけ……なのに、体育館全体の空気がガラッと変わったのを感じる。
「うぉ……やっぱすげぇ……本物だ」
「あれって瀬戸くんだよね、盛花来てたんだ……」
「お前らせっかくの機会だ、見逃すなよ」
あちらこちらから先輩達も含めて小さなざわめきが起こっている。
いつの間にかバスケ部以外の人達も練習を中断して2人の動向を見守っていた。
「教室にいる時とはまるで別人じゃない……」
私も圧倒的な存在感と雰囲気に飲まれて、息をするのも忘れて2人の動向を見守っていた。
ダンッ……ダンッ……
大きな体育館に1つのボールが弾む音だけが響く。
みんなが固唾を飲んで見つめる中、1on1が静かに始まった。