オモイデ
校舎の角を曲がると体育館が見えてくる。
ボールの弾む音や掛け声、顧問の先生が吹いているのだろうか、力強い笛の音も聞こえてくる。
「流石、部活強豪校……体育館が2つもあるとは……」
圧倒されるような大きさの第一体育館と設備が充実しているのが外からでも分かる綺麗な第二体育館。
「場所は違ってもやっぱりここは苦手だな……」
こう言う場所ではクリスマスの日を嫌でも思い出してしまう。練習を早く終えていれば、休んでいれば……と今となってはもう意味のないたらればばかりが頭をよぎり、足が前に進まなくなってしまう。
「駿……体育館は近づきにくいか?」
「大輝…………そう……だな」
呆然と立ち尽くす俺の元に、運動着に着替えている大輝が話しかけてくる。
「大輝は……見学ってさっき言ってたけど、バスケの練習参加してたのか?」
「見てたらやりたくなっちまってな!バスケといえば俺!先輩たちもやっぱすげぇけど……ここでレギュラー勝ち取って、インターハイ優勝するのが今から楽しみだぜ!」
「インターハイ優勝って……」
「夢は大きく!目標は高く!やるからには絶対勝つ!あの時から、俺の目標はかわらねぇよ!」
そうだ、大輝は昔からこう言うやつだった。
諦めないし、何よりバスケに真摯に取り組んでいる。
「もし……駿が良ければなんだけどさ、あそこから練習してるの見てかねぇか?」
「あそこは……」
「別に写真を撮ってくれとは言わないからさ、ちょっとだけ、な?」
大輝が指さしたのは体育館の大扉の横にある小窓だった。
ちょうどバスケの練習しているところが見える場所で、中学の時、優花が俺たちの練習を邪魔しないようにと覗き込んでいた場所によく似ていた。
大輝が言葉の通り、体育館やバスケを見に来いと言ってる訳じゃないのはそれを見ればすぐにわかった。
きっと優花が見ていた景色を見てみたら俺の気持ちが少しだけでも変わるんじゃないかと言いたかったのだ。
「おい!犬飼!練習再開するぞ!!」
「はい!!……じゃ、俺先行ってるわ!」
大輝は俺よりもずっとずっと先を歩いている。
それこそ立ち止まった俺を一周まわって追い越して、そのついでに俺の背中を押してくれるほど先を歩いているんだろう。
「先行ってるわ、か……」
いまでも思い出に縋って、誰かに背中を押してもらわないと一歩だって前に足を進められない俺だけど、いつか大輝のように誰かを背中を押せるように前に進んでいけるのだろうか……
「少しだけ……少しだけなら……」
あんなに迷惑をかけた俺の事を、今でも親友と言ってくれる奴がいる。
俺は少しだけ膝を曲げて小窓から体育館の中を覗き込んでみた。
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《犬飼視点 過去編》
なんとなくモテるかなとか思って入った中学のバスケ部で出会った、瀬戸駿というバスケットボールプレイヤーは俺の憧れだった。
同級生に憧れるってのも変な話なのだが、確かに俺の憧れだったのだ。
小学校からバスケをしていた駿は俺たちよりも当然上手かった。
でも憧れたのは上手いとかそう言うところだけじゃなくて、普段はなんだか抜けているのに、一度コートの上に立てば敵味方含めて場の空気を一瞬でガラリと変えてしまう存在感を持っていたところにだった。
まだ中学1年なのに、そんな圧倒的な存在感を持つ男がいれば興味が出るのは当然の事だった……まぁ、めちゃくちゃ可愛い幼馴染がいることには嫉妬したりもしたが……
俺はこの瀬戸駿という男に追いつきたくて、追い越したくて必死だった。
何度も練習終わりに1on1を挑んで技術を盗み、朝から晩まで真剣にバスケの練習に打ち込んだ。
中学2年の夏の大会では駿の活躍もあって地区大会も優勝できたし、県大会もベスト4まで勝ち残ることができた。
大会後に駿と一緒に選抜選手にも選ばれて、いろんな経験が積めたのも、全てが駿のおかげだと言って良い。
この先の人生はバスケで食っていく。そう思わせてくれるきっかけをくれた駿には本当に感謝しかない。
今までは駿の足を引っ張る側だったけど、これからは横に並ぶ……のは難しいけど、何とかついていく事はできる!
次の春が来れば中3……俺たちの時代が来る!!
全国出場……いや、それどころか優勝だって狙っていける。
当時の俺もチームメイトも顧問の先生も本気でそう思っていた。
だからこそより一層練習は厳しく長くなって行ったし、俺も積極的にチームメイトを鼓舞して休日とかクリスマスとか関係なく練習に打ち込んだ。
駿には俺たちのレベルアップに付き合わせる感じになって悪いけど、全国優勝のMVP選手なんてめちゃくちゃかっこいい姿を幼馴染に見せられるんだから、今は我慢して俺たちに付き合ってもらうとしよう。
そんな勝手な事だけ考えて、肝心の駿の事を何も考えていなかったから、俺たちは……いや、俺は駿の1番大切なものを奪っちまったんだ……
大切な人を失うのがどれほどの痛みなのか俺には想像もつかない。
事故から数日が経ち、どれだけ泣いたのだろう、赤く腫れた目をしながら練習に来た駿のプレイは相変わらず冴えてはいた。
その研ぎ澄まされたプレイを見れば一見不調はなさそうだったけれど、ずっと憧れて、追いかけて来た俺だけは明らかな違和感を感じていた。
その違和感が確信となったのは練習の内容が試合形式に変わってからだった。
展開のスピードが上がるとパスを出すメンバーに偏りが出て来て、ひどい時には相手チームにパスをしてしまうほどだった。
「駿、なんか調子……わるいのか?」
「大輝なら……まぁ、気づくよな……実は目が良くない……というか、色がわからないんだ……」
「色が?」
「空の青も葉っぱの緑も、ビブスの色もボールの色も全部灰色に見える……」
「そう……か、そういうことか……」
バスケは攻守の入れ替えが激しく移り変わる。スローペースならしっかりと仲間の顔を見る余裕もあるし、オフェンスとディフェンスでは動き方が違うため、ビブスの色がわからなくても支障はないだろう。
それに特徴的な見た目の仲間は瞬時に見分けもつきやすい。
ただ、試合の展開が早くなり、攻守ともに並走して動くような場面ではどうしてもどちらが仲間か分かりづらくなってしまうということなのだろう。
「駿……病院には?」
「行ったけど……精神的なものだろうとしか」
「何か俺にできる事はあるか?何でも言ってくれ!」
「今のところ……ない……」
「そう……か」
「今日やってわかったけど……もう俺にバスケは出来ないとおもう……大輝……ごめん……」
「駿が……謝るんじゃねぇよ……むしろ俺が……謝らないといけないのに……」
駿はビブスを脱いで体育館を去って行った。
その後すぐ退部届が顧問のもとに出されたらしい。
俺は駿の助けにはなれない――
「いや、今だけじゃない!駿の力になる機会はこの先いくらでも自分から作っていけば良い!!」
俺は駿を諦めない。出会ったあの日から、挫けそうな時も何度も何度も駿には手を引いてもらったんだ。今度は俺の番だ。
「先生……話があります」
俺はこの日、早くからスポーツ推薦の枠をもらっていた高校から進路を変える事を決めた。