準備
「ただいま」
「おかえりなさい」
「これ、誕生日だって、由紀子さんとおじさんから貰った……それと、優花からも……」
「あら…………そう……本当……よかったわね……」
隣にある優花の家から帰って来た俺はリビングに向かい、プレゼントを母に見せる。
母は俺が一際大切そうに持つレンズを見て瞳を潤ませながら頭を撫でてきた。
俺が部活や遊びに外に出てた時にも優花と2人で過ごすくらい仲が良かった母の事だ、きっとこのレンズにも見覚えがあったのだろう。
「俺……まだこれから先どうすれば良いか全然わからないけど……優花にもちゃんと見せられるような写真撮ってくよ……」
「そうね……そうしてあげないとね……」
「傷とかつけちゃう前に部屋に置いてくる」
「わかったわ、すぐご飯できるから手も洗って来なさいね」
「うん」
俺は貰ったカメラとレンズをケースにしまい自分の部屋の机の上にそっと置く。
机の上にある写真立てには俺がバスケの地区大会の決勝で最後にシュートを決めた時の写真と、中学校に入学した時に優花と2人で並んで撮った写真が飾られている。
俺だけ映る写真は優花史上1番上手に撮れた写真らしく、珍しく俺に持っていて欲しいと渡してきたものだった。
「他にも上手に撮れた写真が沢山あるのになんでこれが1番なんだろうな……」
優花のアルバムには夜桜が水面に反転して映る綺麗な夜景の写真や、お祭りで神輿を担ぐ躍動感溢れるおじさんと父の写真だったり、風景写真から人物写真までさまざまな物がしまわれていた。
貰った時は自分の写真ということもあって、その理由を恥ずかしくて聞けなかったことも今となっては後悔している。
「それも……貰ったレンズを通して撮っていくうちに……わかるようになるのかな……」
俺は溢れそうになる涙を堪え、リビングへと戻る。
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「「駿、誕生日おめでとう」」
「ありがとう」
「これは私達からのプレゼントよ」
「ありがとう」
「実はな、由紀子と義治には事前にカメラをプレゼントするって聞いていてな、だったら俺たちからはこれかなと思って用意させて貰った」
目の前のテーブルにはノートパソコンと持ち運びできる写真の印刷機、それから赤色に白い文字で広報・記者〈PRESS〉と入った腕章が置かれていた。
「パソコンは撮った写真を保存したり加工したり何かと使えるだろう」
「印刷機もきっとこれから先いろんな場面で使う事があると思うわ」
「ありがとう……それで……これは?」
「駿が行く高校は部活もかなり活発だけど、ボランティアから芸能活動まで郊外の活動も許可さえあれば結構自由にできるのは知ってるよな?」
「うん……まぁ、優花がずっと行きたがってた高校だし、その話も聞いたことあるよ」
「それでな、勝手だが私達の方で駿が今まで撮った写真を学校の方に実績として申請して、カメラマンとして登録しておいたんだ」
「なんでそんなこと……」
「義治達から優花ちゃんのレンズをもらったんだろ?だったらそのカメラを堂々と高校に持って行って、優花ちゃんにもしっかり高校を見せてあげてほしい……そう思ってな」
「そっか……そうだよね……ありがとう」
俺には灰色にしか見えない景色を撮った写真を実績として出したと言われてドキッとしたけど、確かに高校に何十万もするカメラを気軽に持ち込むことなど出来るわけもない。
それを見越して俺と優花の為にと、こうして両親達が準備をしてくれていたことに感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
「今の俺に何が出来るのか、何が撮れるのかわからないけど、優花の為にも学校で写真……撮ってみるよ」
「ああ、無理はしなくて良いから、駿のペースで撮りたい写真を撮ってみてくれ」
「……うん」
優花の両親も俺の両親も、きっと俺よりも少しだけ前に進んでいるのだろう。
だからこうしてこれからの俺のためにと色々な準備をしてくれていたんだと思う。
両親達は優花の事を忘れたわけじゃないし、ただの思い出になったわけでもない。突然いなくなってしまった痛みに慣れたわけでもない。
今でも変わらず優花の事を大切に思っているというのがほんとに伝わってくる。
俺はこの人達と同じように前に進んでいけるのだろうか……
あの日から変わらず灰色の景色しか見る事が出来ない俺にはまだ難しいけど、きっとこれからにむけて色々な準備をしていかないといけないのかもしれない。