進むトキ
俺の感じている時の流れとは違って、世間の時の流れは早いもので、あの事故から1年と少しが経ったらしい。
俺は写真の撮り方や構図の参考書を見せてもらったり、優花の撮った写真のアルバムを見せてもらう為だったり、撮った写真を見てもらったりと何かと理由をつけては優花の家を訪れていた。
優花の部屋はあの頃から変わらずそのままで、いつかここにふらっと帰ってくるのでは無いかと思える姿をしている。
優花の両親は自分達が1番辛いだろうに俺に対して本当の息子のように接してくれている。
優花の両親も俺も、きっとこうして優花を思い返す機会をたくさん作る事で優花はまだどこかに存在しているんだと思っていたいのだ。
そして今日も優花が撮影してきたアルバムを見ながら優花のお母さんとリビングで話をしていた。
「駿くんももう高校生になるのね……」
「そう……ですね……」
「こんなに優花の事を思ってくれる人と出会えて……あの子も幸せだったと思うわ……」
「いえ……俺があの時遅れてなければもしかしたら……」
「それは違うわ……駿くんが悪いわけじゃ無い……本当に自分を責めちゃだめよ……」
「でも……あの事故だって俺が時間通り間に合っていたら……それか……いっそ俺の事を待たずに帰ってくれていれば……」
「それでもよ……あの子が自分の意思で駿くんの事を思って待っていた時間を……無ければよかった時間になんてしないであげて……」
「はい……」
俺はいまだにあの日部活を早退したり、休まなかった事を後悔している。
事故が起きたのは俺が到着する20分前……つまり俺が時間通りに着いてさえいれば優花は巻き込まれることなんてなかったはずだ。
「それにあの子は待ち合わせの場所に遅れてでも来てくれた駿くんを責めたりしないわ……だから……その、ね、もう……いいのよ?」
「いいって……良いって……どういうことですか!?」
俺は優花の事を一瞬でも忘れたことはなかった。
周りの大人が、学校の友達が、街の様子が、優花を忘れて行っても俺だけは覚えていようと……
そうして過ごしてきたのに、まるで優花を忘れても良いと言っているような言葉に苛立ちを覚える。
「駿くんはこの一年充分すぎるほど、優花のことを思って過ごしてくれて……私たちもすごく感謝してるわ……」
「そんなの……当たり前じゃないですか……」
「ありがとう……それでもね、これから駿くんに訪れる、高校生の3年間って人生の中で凄く大切で、とっても重要な時間なの……だから駿くんも優花との今までのことだけじゃなくて、自分のこれからのことを考える時間にして欲しいのよ……」
「そんな資格……俺には……」
「これは駿くんを本当の息子のように思ってる私たちからのお願いでもあるの……すぐにじゃなくてもいいから……やっぱり駿くんにはこれから前を向いて過ごして欲しいの……」
「そんな……いきなり……」
「もうあれから一年も経ったわ……それにね……これから何十年もある人生を、あの子とは違って隣で一緒に歩いてくれる。駿くんにまた色づいた景色を見せてくれる……そんな大切な人がきっとできるはずよ……あの子もきっと駿くんがそうやって……明るくこれからを生きていってくれる方が報われると思うわ」
「…………」
優花の事を忘れて、いつの日か別の人を好きになって、そうやってこれから先を過ごして欲しいという言葉を聞いて、俺は何も返す事ができなかった。
あの日優花に告白ができず、宙に浮いてしまった、今でも変わらないこの気持ちをどこかにしまい込んで、なかったもののように置いていく……そんな事はできそうになかったからだ。
「少し重たい話になっちゃったわね……」
「いえ……まだ整理がつかないですけど……由紀子さんの気持ちはわかりました……」
「ありがとね……それはそうと、今日は駿くんの誕生日でしょ!だから、これは私たちからのプレゼント!」
「これって……こんな……高い物……プレゼントとはいえ貰えませんよ」
俺の目の前には最新モデルの一眼レフカメラと少しだけ使用感のあるさまざまな種類のレンズが置かれていた。
「これはね、プレゼントであると同時に私たちからのお願いでもあるの」
「お願い……ですか?」
「今までの駿くんは写真を撮る時に優花ならどう撮るか……そんなことばかり考えながら写真を撮ってくれてたでしょ?」
「なんでその事……」
「わかるわよ……あの子の写真も、駿くんが撮ってきてくれた写真もずっと見てきたもの……」
「……」
優花が今まで撮ってきた写真のように上手には撮れないけれど、優花のことを少しでも覚えていられるように、優花が考えていたことが少しでも分かるようにと想って撮ってきた写真の事を指摘されて俺はまた何も言えなかった。
「これから写真を撮る時はね……あの子ならどう撮るか、じゃなくて駿くんが心から撮りたいと思えた物を撮っていって欲しいの……」
「……それって……」
少しだけ使い込まれたレンズの縁を慈しむように優しくなぞりながら、ポツリと呟く優花のお母さんの様子を見て俺はこのレンズが誰の持ち物だったのかを理解した。
「こっちのレンズはね……今までずっと優花が大事に使ってきた物なのよ……」
「……優花の……」
「これからの人生のほんの一部だけ……少しだけでもいいから、このレンズを通して優花にも……駿くんが進んでいくこれからの先の人生の景色を見せてあげて欲しいの……」
「……わかりました」
「ごめんなさいね、さっきは忘れても良いみたいな事を言っておきながら……未練がましくて……」
「いえ、大丈夫です……大事に……大事に使わせて頂きます」
「ありがとう……」
「こちらこそ……」
新しいカメラに優花の持っていたレンズを嵌め込んで覗いた優花のお母さんはほんの少しだけ色がついて見えたような気がした。