モノクロの世界
「はぁ、はぁ、やばい……もう40分も遅刻してる!!」
12月25日。街中色鮮やかに飾り付けられ、至る所から恋愛ソングが聞こえてくる。そんな街中を幼馴染の女の子との待ち合わせ場所に向かって雪の中傘もささずに走って向かう。
遅刻した理由は、クリスマスだというのに部活の練習を長引かせた顧問のせいだったりする。
本当なら部活終わりにシャワーを家で浴びて、ちゃんと着替えてから向かいたかったのに予定が全部狂った。
「クソ顧問マジで許さねぇ……まぁ、でも優花なら遅刻したところで笑って許してくれんだろうけど……」
遅刻した上、学校指定ジャージというクリスマスに似つかわしく無い姿で駆けつけても、少し寒そうに手を擦りながら、優花はいつも通り明るい笑顔を見せて許してくれるのだろう。
俺はそんな幼馴染の姿を想像してすこしだけにやけながら交差点を曲がる。
「あれ?この辺こんな明るいイルミなんてあったっけ?それにすげぇ人だかり……」
待ち合わせの場所の近くにようやく辿り着き、規則的に点滅する赤のライトとクリスマスらしい賑わいとは違ったざわめきの中、待ち合わせの場所へと人だかりをかき分けて進んでいく。
「えっ……」
「危ないから近づかない!!離れて!!」
俺の目に飛び込んできたのは待ち合わせの目印の柱時計に突っ込んで横倒しになっているトラック。
そして事故現場から人々を遠ざける警察官と倒れている人達に処置をする救急隊員の姿だった。
「君!もっと離れて!!」
「あの……あそこに優花……俺の幼馴染が!」
「ちょっと君!!」
規制のロープを張る警察官の間を通り抜け、俺は雪が少しだけ積もった冷たい地面に横たわっている優花の元に駆けつける。
「優花!!起きろよ!!なあ!!目を開けてくれ!優花!!」
「君!落ち着いて!!」
「優花は大丈夫なんですよね!!」
「みんな最善はつくしてる!!それよりもこの子の知り合いなら急いでご家族か学校の先生に連絡して!」
「は……はい……」
俺は救急隊員の指示に従って震える指で優花の家に電話をかける。
「お、おじさん……あの……駿です……あの、ゆ、優花が……優花が……俺が、俺が遅刻したせいなんです……だから優花が……」
優花のお父さんに謝りながらたどたどしく説明をして、優花の家族みんながすぐに駆けつけて、優花が両親と一緒に救急車に運ばれていき、あっという間に全てが終わったあと、気がつけばイルミネーションであんなに色鮮やかに飾られた街並みは俺の目には灰色1色にしか見えなくなっていた。
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優花がいなくなったあの日から俺の中の時間は止まったままなのに、無情にも世の中の時間はどんどん先に進んでいく。最初はあんなに悲しんでいた学校の奴らもいつの間にか優花を忘れたかのように楽しげに日々を過ごしている。
事故現場の献花も日に日に減っていき、ついにはテーブルなども撤去され、事故なんてなかったかのように柱時計も修復され、新たな時を刻んでいた。
街も人も全部俺を置いて変わっていく。いつの日か俺もあの日のことを、優花のことを忘れて何もなかったかのように生きていくのだろうか……それはとても怖いことのように感じる。
「なんでみんなそんな簡単に忘れられるんだよ……」
俺は優花が眠っているお墓の前で首元にぶら下げたチェーンの先につけた、あの日優花に渡すはずだった指輪を握りしめる。
「優花……俺な……優花がたくさん応援してくれてたバスケは……辞めちゃったんだけどさ……優花が好きだったカメラ……始めたんだぜ……おじさん達に優花の撮った写真とかアルバムを見せてもらってさ……同じ場所で撮ってみたりして……まだ優花みたいに上手く撮れないけど俺なりに練習してるんだ……本当は……本当は優花の隣で同じ景色を一緒に見たかった……けど……もう出来ないから……レンズを通せば……そしたら……これからも優花と同じものをこれからも見ていられるような気がして……それがいいなぁ……って……おもったり……してさぁ…………ごめん……俺があの日部活休んでたら……早く抜けてれば……まだ一緒にいれたかもしれないのに……ごめんな……ほんと……ごめん……」
俺は溢れる涙を拭い、優花のお墓に向かってカメラを構え、涙で歪む視界でレンズを覗いてみる。
「ぐすっ……一枚だけって思ったけど……こんな姿を撮られても優花は……ぜんぜん嬉しくないよな…………また……また来るよ……優花のこと、俺だけは絶対忘れないから……」
俺はレンズ越しに見える、あの日から一つも変わらない灰色の景色を見てカメラをしまう。
優花のお墓に背を向けて歩きだした俺の背中を暖かい風が通り抜けていく。どうやら季節も俺を置いて一足先に春に進んでいくようだ。