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 エイダが作る朝食から始まるストームスの一日は長い。


 朝食が終わると、夜の店番のルシア、シエナ、ニコリネと子どもたちが中心(ルシアの欠席率はかなり高い)となり、朝食の片付けと掃除や洗濯をする。


 日中の店番の主な担当であるエイダとホルン(たまにオーリがエイダの助手として活躍することがある)は受付業務がほとんどだ。食料品、日用品、嗜好品などの仕入、販売などの基本的なことから、魔石や素材の買い取り、ホルンの治療を求める客、ニコリネの仕立てた服飾品を求める客、野獣や魔獣に畑を荒らされたと討伐を依頼してくる客、貴族から訪問販売の日程調整の依頼などを受け付ける。


 依頼の客の足が途絶えたところで一旦店を閉めて、2人の仕事が残っていれば全員で終わらせ、受付内容をそれぞれの会員店舗に割り当てを検討して、相談が必要であればエイダやアキュレスが会員店舗へと出向いていく。


 ルシアは野獣や魔獣の担当が主だ。素材目当ての討伐は受け付けていない。あくまでも、生活の脅威となっている場合のみ受け付けている。


 その日の業務の目処がついたところで夕食とつまみになる程度の料理を作り(仕入れ内容によって変動する)、夜は各地方から仕入れている酒と珍味を提供する酒場となる。日によって、ルシア行きつけの屋台のおかみが売れ残りの料理を持ってきたりもする(もちろん、買いとる)ので、料理が豊富な日もあれば、珍味のみの日もあったりと、日によって差が激しい気まぐれな酒場だ。


 ちなみに夜の酒場は2人以上店番がいないと開けないことになっている。日によって昼間の仕事が忙しい場合もあるし、魔獣がさかんに動き回る日もあるからだ。後者の日の場合は、客も来ないし、ルシアが外に出て(アキュレスが出てくることはほとんどない)人里まできてしまった魔獣を追い返すか、始末をする。


 ストームスの始まりは酒場からだったという歴史があるので、夜の酒場経営はなんとなくやめることができず、ほそぼそとやっているのが現状だ。


「…剣が役に立たないのなら、お前が行ったって役に立たないだろうって言ったのによぉ…」


「団長、何回その話をするんですか?…ルシアさんが行く以上、トッシュが行く必要があるんですよ?」


「…俺だってよぉ…行きたいのによぉ…。お前は行けるんだから…いいよな」


 このやりとりをもうかれこれ、5回はしている。つまりは明日のフロストベア討伐にゴディネスも行きたいということらしい。彼の子どものような素直さに、ルシアはすっかり心が落ち着いてきていた。ここまで素直に思いの丈をぶちまけられる人がうらやましい。


「夏の討伐はぜひご一緒しましょう。夏の魔獣は金属武器が有効なのでゴディネス様のお力が存分に発揮できますし」


「…それなら団長がでるまでもないって、トッシュは言うでしょうね」 


 ルシアの必死のフォローもオイラーの一言で意味のないモノになる。そうなんだよなぁ…。ゴディネスはうなだれて、エールのジョッキをあおる。


「…歩兵隊の皆さんじゃないとお願いできない討伐、となりそうですね…」


「団長、トッシュも言っていましたが、魔獣討伐は騎士団の本分ではありませんからね」


「トッシュもソルも、変っちまったなぁ…」


「…イーヴェルはもう少し、団長の自覚を持った方がいいな」


 そっと帰ってきて、ルシアの隣に並んでいたアキュレスが言うと、ゴディネスは驚いたように、けれど嬉しそうに顔を上げた。


「あっちゃんじゃねぇか。いつ帰ってきたんだよ!」


「…その呼び方はやめろって、もう一万回くらい言ってるよな…?」

 

 アキュレスになる前からの(アグスティンという立場での)知り合いらしく、ゴディネスは騎士団の面々と同じくアキュレスにも親し気に接している。『あっちゃん』は単純に『アキュレス』という名前を間違ったら困るからという理由もあるらしい。


「イーヴェル、話がある。…俺の部屋に来てくれ」 

 

「ヤダ。行くならルシアちゃんの部屋がいい」


「絶対にダメだ。ルシアの部屋に行くことを許可しているのはビューマー殿だけだ」


 そんなこと聞いたことも、来たこともないけど。ルシアは信じられないと言わんばかりにアキュレスを見るが、ゴディネスを魔力で拘束しようとしている最中らしく、残念ながら抗議の声を届けることはできなかった。


「…そう、なんですか?」


「…私も、今、はじめて聞きました」


 ふーん。つまらなさそうにオイラーは言う。


「ビューマーには…」

「ぜっっったい、絶対に言いませんよ。…あいつがルシアさんの部屋に入り浸ったらどうするんですか」


 ルシアの言葉を最後まで聞くことなくオイラーは憮然と言って、ワインをひとくち飲みこみ、金色の瞳をスーっと細める。

 

 入り浸るなんてこと、そもそもないと思うけど。


「…まあ、トッシュは酒が飲めませんから、こうやって客としてルシアさんを眺めることはできませんからね」


 私は鑑賞物ではないのだけれども。


 ふふふっと笑いをこらえる気配があって、振り返ると、小悪魔のような表情をしたシエナが水差しを用意していた。飲みすぎのゴディネスのために主の部屋に運ぶのだろう。


「このわたくしがっ!!全責任を持って、ビューマー殿にお伝えしておきますわっ!」


「…いけません!シエナ様!」


 焦るオイラーに、悪役令嬢のごとくシエナはおほほほと高笑いをする。心底楽しそうなシエナの表情に、ルシアは思わず笑みを零してしまう。


「楽しそうねぇ…」


「シエナはああいうコをいじめるのが大好きだから」


 ちょっと生意気な男の子にちょっかいをかけて、困らせる小悪魔のシエナ。もちろん、老若男女問わず、酒場の人気者だ。


「ルシア、明日は早いのだから先にあがっていいわよぉ」


 ん。と短くルシアは答えて、ふいにニコリネに抱きついた。


「…ペンダント、編んでくれてありがとう」


 気持ちはまだ、わからないのだけれど。


 ニコリネが優しく抱きとめてくれた手で、髪の毛をなでてくれて。夜がこわいルシアは泣きそうになった。



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