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 感情を持たない、必要としない、なにかになりたい。


 そんなことを願ったとしても、感情は消えることはないし、目に見えてしまえば、自然と心も身体も吸いよせられてしまう。嫌なことがあれば腹立たしく思うし、うれしいことがあれば心は浮き立つ。悲しいことがあれば、涙をこらえることができても(できないときもあるけれど)、心が痛む。


 アキュレスの駒になったのだから、駒は駒らしく無感情で淡々としていられたらいいのに。


「うふふふふ。…似合うわぁ」


「ニコリネ、これは…やり過ぎだろ」


「そんなことないわよぉ。今度、シエナにもつくってあげるわ」


 今の気持ちはどんな感情なんだろう。ルシアはニコリネにつけられたペンダントに困惑していた。もちろん、怒りではないし、嫌悪でもない。


 ニコリネは元々貴族のドレスを専門とした仕立て屋のお針子のひとりだった。でも優秀すぎて仕立て屋を追い出され、それをアキュレスがストームスに引き抜いたのだ。ホルンもほぼ同じような感じだ。優秀な女性は、金や権力を持つ者に追い出され、つまはじかれる。


 なんて愚かな世界なのだろう。


 強いものがボスになる、魔獣たちの世界の方がよっぽど単純で美しい。


 琥珀色と赤茶色の糸が交互に組み合わされて包み編みされているフロストウルフの魔石のペンダント。きっと、ルシアがビューマーのためにわざと打ち漏らした大きな個体から出た魔石だ。編み紐のところどころにシルバーの細い糸が見えていて、きっとショールにも使ってくれた糸を引き揃えて編んでくれたのだろう。


「…副団長様の瞳の琥珀色と、髪色の赤茶色よ。アクセントにルシアの瞳のシルバーを編み込んだの。…ビューマー様、喜ぶと思うわぁ」


 ビューマーが喜ぶかどうかはわからないけれど。首にぶら下がった魔石を指で弄びながらルシアは思う。彼にとって、自分とつながっていることで得られるのは騎士団を強化できるという利点だ。いざというとき、ゲオルグ殿下をお守りする任務を円滑にこなすことができるだろう。騎士団の安定と強化。彼の頭の中はそれでいっぱいなのではないかと思う。というより、騎士として彼にはそうであって欲しいとルシアは願っているし、そのためならばできる限り、協力したいと思っている。 


「…シエナはどう思う?」


「どうって…。色男はあのムッツリ顔で密かに喜ぶだろうけどね」


「ねぇ、ビューマーは何に対して喜ぶの?」


 ニコリネとシエナは顔を見合わせる。うーんとニコリネは首をかしげながら言う。


「…夫や恋人の瞳の色や髪色のものを身につけるという習慣があるのよ?」


「それは知っているわ。亡くなった母上も身につけていたもの。でも、夫でも恋人でもないのになぜビューマーが喜ぶの?…『ご寵愛』っていうのはただの表向きの方便でしょう?」


「やっぱり、トッシュの片想いなんだなー!」


 団長!勝手に入ってはいけません!というにぎやかな声がつづいて、すぐに猫をかぶったシエナが美しい笑みをうかべる。


「あら、ゴディネス団長!お久しぶりです」


「おお、シエナ様、今日も変わらずお美しいですな」


 声がデカい、人のいい強いおじさん。ルシアの彼の評価はそれだ。シエナににこやかに笑みを返すと、騎士団団長のイーヴェル・ゴディネスはルシアに向けて背を正す。


「ルシア嬢、明日はどうぞよろしくお願いします。…残念ながら、私は同行できませんが」


「…来年からのフロストベアの討伐は全て騎士団にお任せしたいので…。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 すごく無愛想な表情で言ってしまっただろう。こういう時にすこし前の気持ちを引きずってしまって、シエナのようにうまく表情をつくれないのが、いつまで経っても未熟者なところだ。と、ルシアはいつも思う。


 すっかり夜の開店時間が過ぎてしまっていた。主が出かけていたので気が抜けてしまっていたのだろう。ルシアはいそいそと入口の魔石入りランプに魔力を通していく。これは慎重に、魔力を調整しないと石が砕け散ってしまうから要注意だ。


「ルシアさん、手伝います。…というか、団長が勝手に入ってしまって…すいませんでした」


 ソルステイン・オイラー魔法隊隊長。副団長の次席にあたる職位で、風魔法と水魔法を操る剣士だ。魔力が尽きてしまっても剣だけで十分に強い、ルシアには足りないものを持っている人物だ。


「時間を見ていなかった私たちが悪いので…謝らないでください」


「…ずいぶんと込み入った話をされていたようですね」


 言って、オイラーはおかしそうに笑う。そして金色の瞳を細めてルシアの首元に視線を向けた。


「トッシュは間違いなく喜ぶと思いますよ。まぁ…あいつのことだから、シエナ様の言う通り、顔には出さないかもしれませんが」


 その理由を述べなさい。というより、いつから聞いていたの?ルシアはオイラーを問いただしたい気持ちでいっぱいになるが、では、ビューマーが喜んだとして、自分の感情はどういうものになるのか。というふりだしに戻ってしまう。

 

 ニコリネが自分のために編んでくれたペンダントということは素直にうれしい。ここは2目、こっちは5目などときちんと頭の中で設計図を描きながら編んでくれている。どうすれば石の美しさが引き立ち、包み編みの強度が保たれ、バランスよく見えるか熟考したうえでつくられていることを知っているから。


 夫や恋人の瞳の色や髪色のものを。という習慣はとても素敵だと思う。でも、同じ色の組み合わせの人物が身近に複数いたらどうなるのだろう?シエナがゲオルグ殿下の色を身に着けたら?ゲオルグ殿下にお会いしたことのない人間が見たら、シエナがアキュレスを慕っていると誤解をするかもしれない。


「…でも、一番目立つ石は僕の髪色ですよね。瞳の色もトッシュと僕は似ているし」


 オイラーはいたずらっぽく笑って、ウィンクをした。確かにそうだ。今、何も知らない人が私たちを見たら、私がこの人を好きだと判断するのだろうか。ルシアは更に困惑する。


「色のことも、人の目も気にせず…ルシアさんが気に入っているのでしたら、深く考えずにいていいのではないですか?」


 実は僕もちょっとうれしかったりしますしね。付け加えられた言葉にルシアはたじろいでしまう。


 人の気持ちというのは、よくわからないものだ。そう、ですか。と、ルシアはちいさく返した。

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