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「…随分と派手にやったらしいな?」


 宣戦布告の後。ストームスのお膝元、近所の屋台(ルシアのいつもの行きつけ)にルシアの酒の席は移されていた。酒呑みのご機嫌を取るのにシエナはくたびれていたのに、今度は噂の色男の登場だ。


 強力な魔力(シエナにしては、だ)を使ったあとは貧血のような目眩がするので、すぐにでも帰りたかったが、歩くのも限界だったシエナはルシアの言うままにベンチに座っていた。いっそ、瞬間移動の技をあみ出してくれないかとも思うが、それはまだ開発中らしい。


「…随分と耳が早いじゃないか、色男」


 シエナがいやみったらしく返すと、まぁな。などと返したビューマーはルシアを見て眉をひそめる。


「昼間っから飲んでんのか?」


 …朝からだよ。黙ったままのルシアの代わりに応えたシエナは頭を抱える。あははと豪快に笑った声はこの屋台のおかみだ。


「ルシアちゃんはいっつもだよ。夜は真面目に働いてんだ。許してやってくれ。…けど、ルシアちゃん、旦那の前でいいのかい?」


「…愛想つかされて他の女に移ってもらったって、ぜんっぜん、かまわないもの」


 『ご寵愛』の件はそれなりに広い街であるにもかかわらず、瞬く間に広がったらしい。まだ一刻も経っていないのにストームスのお膝元の屋台のおかみまで知っている。暗に示された宣戦布告よりも目に見える色恋沙汰に世間は興味津々だ。


 普通はエールが入れられるジョッキになみなみと注がれたワインをルシアは水でも飲むかのように飲んでいる。


「馬鹿だね。…そういうのが余計に男を煽るんだよ」


 言ったシエナはルシアとの間を空けてビューマーに座るように示す。仕事中だ。と言わんばかりの表情にシエナは諭すように言う。


「…どうせ昨夜もろくに寝てないんだろ?ルシアに回復してもらいなよ」


「…回復ならホルンにしてもらって」


 まぁまぁ副団長さん、お茶でもどうぞ。というおかみの言葉に、ビューマーはありがとうございます。と、やっと座った。アキュレスならまた今度にしようなどとすました顔をして決して座らないだろう。シエナは思って意外といい奴じゃないかと二人を見守ることにする。が。


「…アイリーンは?」


「え…?」


 シエナはルシアから出た名前にまた心身穏やかでいられなくなる。結界は張っていない。噂の副団長とルシアが並んで座っているという状況で、注目の的だ。そんな状況で発していい名前じゃない。


「いるぞ。…何度も聞くが、本当に、こいつフロストウルフなのか?」


 なんともないというふうにビューマーは答えて、襟元を緩めた。もぞもぞと動く気配のあと、彼の胸元から真っ白な犬がひょこっと顔を出した。


「そうよ。犬みたいだけどフロストウルフ。…アイリーン、いらっしゃい」


 わん!ビューマーの胸元から元気よく飛び出した真っ白な犬はルシアに飛びついてじゃれだす。


「そうじゃなくて…フロストウルフなのにどうしてこんなに寒がるんだ?寒さに強いんじゃないのか?…アイリーン、爪を立てるなよ」


 大丈夫よ。ルシアは何でもないというふうに白い犬から視線をそらさない。彼女の膝の上でお座りをして、右、左と挙げられる手に合わせて、ちいさな白い手を合わせている。


「毛が銀色に生え変わるまでは親が温めてあげないといけないの。今はあなたがアイリーンの親代わりでしょう?」


「…ごめん、ちょっと…待って。…理解が追いつかないんだけど。…アイ…リーンって、なに?」


 シエナが二人の会話に割り込むと、何かを察したようにビューマーは押し黙り、紅茶茶碗を傾ける。


「このコ…彼が元いた国の死んだお姫様の生まれ変わり、なんですって」


 わん!ルシアが言うと、そうだよ!と返事をするかのように犬のアイリーンが答える。くくくっと隣でビューマーが笑って、ルシアの膝にいる犬の頭を撫でた。


「…つまり、その犬、が、アイ…リーン…?」


「ウルフよ」

「ウルフだ」


 息ぴったりだねぇ。いい夫婦になりそうだ。おかみがうんうん。と、満足気に頷く。ルシアは憮然とした表情をして押しだまり、ビューマーはまんざらでもないといった顔をする。


 今朝の話からすると、ルシアの正体をビューマーは気がついていたという。気がついているのに手なづけた犬(ウルフと言われても、犬にしか見えない)にアイリーンと名付けた。一体どういうことなのかシエナには全く理解できない。


「…アイリーン、戻れ。そろそろ帰るぞ」


 ルシアに撫でられ、うっとりした表情をしていたアイリーンにビューマーが言って立ち上がる。すかさずおかみが差し入れにと大きなバスケットを持たせている。ストームス商会で支援するという公言はつまり、ストームスのもとで商売をしている人間もまた彼らを支援するということだ。


「…ビューマー、今夜はちゃんと寝なさいね。アイリーンをゆっくり寝かせてあげて」


「ルシアも、な」


「…私は、今夜はシエナ姫の代わりに店番だから」


 無理はするなよ。言ったビューマーはシエナに目を向けた。淀みのない琥珀色の瞳に射抜かれて、シエナは思わず目をそらしてしまった。彼の行動を理解したルシアが指をパチンと鳴らして、ビューマーとシエナだけの結界を張った。


「…シエナ様、迷惑をかけました。ありがとうございます」

 

 背を正し、頭を下げる様は、先程とは打って変わって、騎士そのものの姿だ。


「…礼ならあんたの嫁に言うんだね。私は命じられた通りに啖呵きってケンカを売ってきただけだ。…事態を混乱させて裏でいろんなものを操ったのは、あんたの嫁だよ」


 嫁…。と、ビューマーはつぶやいてから苦笑いをする。それはまだ早いです。と。


「ルシアの面倒を見たのはシエナ様だと」


「…私は、ゲオルグ殿下を守ってくれれば、それだけでいいから」


 ハッと、短く答え、再度頭を下げたビューマーはルシアの肩に手を乗せる。また。と、告げ、背中を向けて歩き出した。


「…なんで、まだ早いんだよ」


「…何が?」


 おかみに焼き菓子を注文しながらルシアは聞き返す。みんなの土産に買って帰る。と、さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、鼻歌まで歌いながら菓子を選んでいる。


「ルシアを嫁にって言ったらまだ早いって」


「また余計なこと言って…。当たり前じゃない。…彼、まだ18よ?」


「…28の間違いじゃなくて?」


「私の鑑定に狂いなどないわ」


「…鑑定って狂うものなの?」


 ふふふ…。ルシアは意味深な笑いを浮かべて、私を誰だと思ってるの?などと、楽しそうに笑った。







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