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 ストームスの朝は早い。が、約一名を除く場合が多い。嫌な予感がし、いつもより早く起きたシエナはカウンター席で機嫌悪くしているルシアを見つけて深く息を吐いた。


「…朝っぱらから飲んでんじゃないよ」


「朝まで仕事してたのに、いつ飲めって言うのよ」


「ビューマー殿はそのまま働いているみたいだがな」


 なにかあったの?主のアキュレスに表情だけで訊いて、ルシアの隣に腰を下ろす。すでに湯浴みは済ませているらしく、いつものルシアの香りをシエナは感じる。


 こんなふうにルシアがアキュレスに絡んでいる時は獣の匂いがしたり、泥や獣の血にまみれていることが多い。


「…フロストウルフの群れから、街を救ってくれたらしい」


「その話じゃないって、さっきから何度も言ってるでしょう?」


 何度言わせる気なの?アキュレス。言ったルシアは、バチバチっと荒々しく魔力を発動させて人払いの結界を築いた。普段は、主さまだとかアキュレスさまだなんて猫をかぶって言っている彼女だが、ひとたびすると、こうなのだ。

 

「…ゲオルグ殿下をお守りするための騎士団なのでしょう?なんだってあんな惨めな生活をさせているの?このフロストウルフの毛皮があれば、なんとか全員で冬をしのげますと団長様が泣いていたのよ?挙げ句の果てには、ウルフの肉があればまともなメシを食わせてやれますって」


 ゲオルグはこの国の第六王子兼北部領の領主だ。第六とは言え、実質彼以外に王を継げる人材はいない。その他の王子は病床についているか、幼すぎて無理だ。成人の健康な男子はゲオルグしかいない。

 

 この国の王子の順番の付け方は少し変わっている。変わっているというか、直系に男子が恵まれないとか、恵まれても極端に弱くうまれてきてしまうから遠い親戚のそのまた従兄弟くらいの遠縁まで王子の順番がつけられている。


 シエナの記憶が正しければ、今の国王とゲオルグの間には血のつながりはほぼ無く、国王の甥と姪の子どもがそれぞれ第一王子と第二王子で、その他は各領地の領主を継承権を持った王子が担っている。が、実質領主を立派に務めているのはゲオルグくらいだ。西部領の王子は病床にはついているものの後見の貴族は立てず王家だけで領を治めており、東と南部は王子の後見を務めている貴族がそれぞれの領地を治めている。


「…ゲオルグ殿下は謹慎中だ。下手に騎士団に金を使ってみろ。謹慎が更に長くなる可能性だってあるんだ」


 自分が国王になることはなんとか避けたいゲオルグは、今のところ健康体である第三王子(まだ三つなのだが)を次期王にするべく動いていた。それを第一王子派閥の重鎮に目をつけられ、反逆罪として訴えられたのだ。罪として問われず、謹慎ですんだのは第二王子派と第三王子派のおかげだ。ちなみに、第四と第五王子派は中立の立場でだんまりを決めこんでいるから、今後の脅威となる場合もあるかもしれない。が、脅威となるのは、おそらく、ゲオルグが王になることを望んだ場合だ。


「寄せ集めの騎士団に守られているゲオルグ第六王子っていうマヌケな構図で、アグスティン様はご満足なのかしら?あなたはお兄様をただただ貶めているだけじゃなくって?なんのために身分を偽って、アキュレス・ストームス何て名乗ってまで、ストームス商会の主をやっているの?…ファルケンベリ商会のエロ親父に恐れをなしている場合ではないのではなくって?」


「…なぜファルケンベリが出てくる」


 エロ親父も含めて、さすがに言い過ぎな気がする。シエナはルシアの口の悪さに(自分のことは棚にあげておいて)はらはらする。


「元の暮らしのほうがマシな騎士団の窮状を改善すべく頭の良い副団長サマは動いていたのでしょうよ。…ゲオルク殿下が追い込まれた理由のひとつがファルケンベリ商会だという情報を動くうちに掴んだのよ」


 グラスを空けたルシアはアキュレスにグラスを向ける。苦々しい表情で彼は酒を継ぎ足して、魔法で作った氷をグラスに落とす。新たな酒で唇を湿らせた彼女は苦々しく吐き捨てる。


「情報の裏付けがしたかったのでしょうね。…この私に、股を開けと言ったのよ?…あのエロ親父に」


 ジェイク・ファルケンベリ、ファルケンベリ商会会頭。この街でストームス商会と肩を並べる大商会だ。というより、ストームスが急成長して、ファルケンベリと肩を並べさせてもらっている。といった方が正しい。ちなみにエロ親父というのは、完全にルシアの偏見だ。普通の娘なら、ステキなお方…。と頬を染めるような色男だ。無論、シエナも普通の娘ではないから、ジェイクに一切の興味はない。


 それにしても。あのビューマーがそんなことを?ルシアに熱っぽい視線を常に送っているような彼が?シエナは思わず口を挟んでしまう。


「…まずは自分に股を開いて欲しくてたまらないくせに?」


「…シエナ、話をすり替えないで」


「それも含めて、好きにしていいと言ってある…つもりだ」


「だから」


 人の話、聞いてる?言ったルシアは結界の中でアキュレスに雷を放った。もちろん、なんの耐性もないシエナには特別な結界を施した上で、だ。ルシアの怒りの火に油を注いでしまったようだが、もうシエナには見守ることしかできない。


「ファルケンベリぐらいに手をこまねいているようじゃ、この先、ゲオルグ殿下をお守りすることなんて、できなくってよ?アキュレス。」


 黙ったままのアキュレスは視線を手元に落とした。彼は彼なりによくやっている。ゲオルグの受け売りの言葉だが、それはそうだとシエナも思っている。けれど、ルシアの言うことも正しい。…正しいが、本当に言いすぎだ。


「ウチの国、ぶっ潰しておいてこの醜態。許さないわ。…ゲオルグ殿下の騎士団を乗っ取って私が自ら国を再建してもいいのよ?」


 シエナ姫。などと普段からからかうように言っているが、本当はルシアが姫様なのだ。ただこんな酒グセも口も悪い姫様は他にはいないだろう。とはいえ、お姫様の頃はこんな醜態を晒すことなどなかったのだろう。


 脅されて酒を足すことがないようにアキュレスの手元からそっと酒瓶を引き寄せて、シエナは瓶を守るように抱えた。


 かの国の姫、アイリーンは戦乱の最中に現れたアイスドラゴンと戦い、激しい戦闘ののち、ドラゴンと相討ちし死亡した。アイスドラゴンからは国を守ったが、隣国により国は滅んだ。という事になっている。


 実は生きてましたー!と、今になって現れたら、元国民はおろか、今この国の情勢に不満を持っている者は奮起するだろう。悲劇のヒロインであり、勇ましく美しい姫様の力になりたいと思うのは、ビューマーだけではないはずだ。少なくともシエナを含めたアキュレスを除くストームスの全員がアイリーン姫を支持するだろう。おそらく、姫にエロ親父などと蔑まれているファルケンベリも、だ。ルシアがその気になってアイリーン姫として立ち上がれば、反乱などたやすいことなのだ。


「なんだと…?」


「ビューマーは気づいていた。…というより、彼は元国民だったから知っていたのよ。…大魔術師アイリーン姫のことをね」


 彼を鑑定したから元国民であることは間違いない。言ったルシアはさらに酒とアキュレスを煽る。


「よく聞きなさい。アグスティン。騎士団はおろか民を大切にしない国はいずれ滅びます。とても簡単な事だから誰も教えちゃくれないだろうけど、根本よ。…大切にしていなかった国は驚くほど簡単に滅ぼせたでしょう?」


 あんな国滅んで当然よ。…滅ぶべきだったのよ。まるで自分に言い聞かせるようにルシアは言って、銀色の瞳を金色に変化させる。また大きな雷が落ちる。結界に守られているものの、シエナは身構える。


「だから私はあなたたちの味方をした。…あれ以上民が苦しむのを見たくなかったから」


 それなのに。バチバチっと体内にためた怒りとともに雷を纏うルシアの髪の毛が広がる。まるで雷神が降臨したかのようだ。


「自国でこんな現状を生み出してしまうなんてね。…我が国を滅ぼしたときに失われた命の償い…今、ここでするがいいわ」


 私と一緒に今、ここで死んでもらう。


 まずは軽めの一発。といったところか、結界の中に稲妻がほとばしった。苦痛に顔を歪めたアキュレスはそれでも抵抗はしない。


 冗談じゃない。都市ではないにしろ、王子のいる街だ。そんな街で王族が死んだなんて物騒な事件を起こされたらたまったもんじゃない。


 シエナは抱えていた酒瓶に口をつけ口いっぱいに酒を含む。瓶をカウンターにおいてルシアの肩を抱き寄せて、乱暴にその顎をすくった。上から覆いかぶさるようにして唇を奪い、こぼれないよう、ゆっくりと酒を流し込む。ルシアは目を見開くが、抵抗することなく、ゆっくりと注がれる強い酒を飲み込んだ。


「…私を、酔わせて、なにするつもり…?」


 強い酒に抗うように言ったルシアに、シエナは魅了の微笑みを見せる。


「…いいコト、だよ」


 つつとその形のよい美しい顎をなぞる。ゆっくりと焦らすように。シエナは改めて酒を含み、ルシアに口づけた。


「うれ、しい…」


 うっとりと言ったルシアは余剰の雷をアキュレスに落とし、結界をすべて解いてからカウンターに突っ伏した。



「やっぱりねぇ。…またルシアがご乱心?」


「…アキュレス様、治療を」


 結界に張り付くように待機していたのだろうニコリネは呆れたように言って、ホルンは素早くぐったりとしているアキュレスのもとに駆け寄る。


「アキュレス様、どうして抵抗しなかったんです?」


「…アキュレス様が、全部、悪いからだよ」


 シエナが吐き捨てるとホルンは回復の魔力を封じた。


「ならば、回復はご自分で。…シエナ、ルシアはどうしますか?」


 ストームスの女性たちは若い主に大変手厳しい。


「僕がお部屋まで運びます!アイシャは水差しを用意して!マーゴは扉を開けるの手伝ってね?」


 オーリは妹と新しい妹に言ってルシアをひょいと抱き上げる。最近背がぐっと伸びてきた11才のオーリはまだまだ子どもらしさは残るが頼もしい男手だ。


「…アキュレス様、ルシア姉様をどうかお許しください」


 爽やかにオーリは言って、その隣でマーゴはぴょこんと頭を下げた。…うん。とアキュレスは短く答え、頼もしい背中を見送った。


「さすが、ウチの子達はしっかりしてるわねぇ」


 ニコリネがうっとり言ってホルンがうなずく。ストームス直系のエイダは朝食の準備が遅れてしまうことに機嫌を損ねている。


「どこに出しても恥ずかしくないようにしっかり育てているからね。…シエナ、飲みなさい」


 水を差し出されたシエナは一気に飲み干し、息を吐く。


「エイダさん、手伝います。…ルシアが申し訳ありませんでした」


 一瞬、エイダは目を見開いてから大きく笑った。


「ルシアとシエナがやらかすのはいつものことでしょう。そのぶん儲かれば、私は文句などないわ」


 しっかり稼いでくれないと!そばでうなだれている、けが人であるアキュレスの背中をバシバシと叩いてエイダは笑った。


「ウチは女と子どもが強すぎる…」


「アキュレス様が打たれ弱いだけです」

 

 ホルンは切り捨てるように言って、仕方なくと言う表情で回復魔法をアキュレスに施す。


「…やることきちんとやらないと、今度はルシアに消し炭にされますよ」


「雷でお仕置きされたことには感謝しないとねぇ」


 ニコリネがにこやかに言って、その場の全員が頷く。炎だと本当にアキュレスが消し炭になってしまうし、水や氷だと床が水浸しになる。いつだったかは、店の中が土砂だらけになったこともあった。その時はエイダがルシアを叱った。後片付けのことも考えなさい!と。アキュレスに魔法攻撃をしたことを咎めなかったのはなんともエイダらしい。その時は憮然とした表情で土砂を様々な魔法を駆使して片付けるルシアをシエナは見守った。


 光魔法だと闇の属性を持つアキュレスには効きすぎてしまうし、闇だと耐性があるから難しいし、風は苦手な属性だから制御が効かずキケン。なので雷か、光をうまく制御するしかない。ホルンの扱う聖魔法は回復に特化している属性なので攻撃には向かない。それに、光魔法はアキュレスと同じく闇属性のシエナにも影響が出てしまうかもしれない。と、主を殺さずに懲らしめる魔法を考えるべく、難しい顔してルシアはひとりでブツブツと作戦を日々練っている。


 ホルンの回復魔法とアキュレスの自己回復が終わるころ、朝食の準備が整った。主と店子が並ぶ朝食は賑やかだ。仕事の話や巷の噂話など、情報共有の場でもある。昼と夜は全員別々に時間もまちまちでとることが多い。子どもたち三人は必ず誰か大人と一緒に。という決まりはあるが、ほぼ昼は夜の店番であるニコリネとシエナが子どもたちとともにしている。


 もくもくと機械的に手と口を動かしていたアキュレスがシエナをじっと見つめた。昼の仕事を命じるのだろう。


「私にできる事なら、なんでも」


 言われる前にシエナが察して言うとアキュレスは頷いて、ホルンに顔を向けた。


「朝食が済んだら、ルシアを起こしてくれ。…機嫌を損ねない程度で酔いを覚ますように。完全に覚ますと、暴れるかもしれないから」















混乱を招くかもしれませんので補足を…

アキュレス = アグスティン 

同一人物です。


今回のルシアたんはひどく酔っ払っているので、彼を呼ぶ名前がごちゃまぜとなっております。



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