俺の名前は「ねこ」ではない「きくち」だ
窓辺で外を見るのが好きだ。
お日様はぽかぽか暖かいし、窓が開いていれば風を感じることも出来るし、鳥や虫、たまに他のやつが見えたりする。
窓辺はシゲキテキだ。
だがひとつだけ許せない事がある。
窓辺にいると俺に気づくヤツがいる。
そして外から俺を呼ぶ。
そいつらが俺の名前を知らない事だ。
俺の名前は「ねこさん」じゃない。
「きくち」だ。
正確に言えば「わたし の かわいい きくち さん」だ。
「わたし」は飼い主が自分の事を「わたし」と言っているので、たぶん苗字である。
「の」と「かわいい」と「きくち」と「さん」は別々だったりセットだったりしている。
必ず呼ばれるのは「きくち」なので、俺の名前は「きくち」だ。
「わたし」はよく
「きくちー!きくちさん、わたしのかわいいきくちさんはどこかなー?」
そう言って俺を呼ぶ。
窓辺にいるのに。
テーブルの上にいるのに。
床にいるのに。
ソファーにいるのに。
目が合っているのに。
「きくちさん、いたいた!いつもかわいいねぇ」
そう言って俺のまあるい頭を撫でる。
この時、俺は少し上を向いてやる。
すると「わたし」が喉元を撫でやすくなるからだ。
そして「わたし」が喉元を撫でたら、俺はごろごろと喉を鳴らしてやる。
こうしてやると「わたし」が喜ぶのを知っている。
「わたし」を喜ばせるのは簡単だ。
「わたし」が俺を呼ぶ時、返事をしてやるのも「わたし」が喜ぶと知っている。
なので呼ばれたら返事をする。
「きくちー」
「にゃーん」
「きくちさーん」
「にゃーん」
「わたしのかわいいきくちさーん」
「にゃーん」
「きくちー」
返事は3回までだ。
ご飯の時間を忘れないのも重要な仕事だ。
前に「わたし」がご飯の時間を10分くらい忘れた。
「わたし」が何かに夢中で、俺のご飯の時間を過ぎてしまったのだ。
これは由々しき事態である。
それから「わたし」が忘れないように俺が気をつけている。
ご飯の時間になると「わたし」に教えてやるのだ。
「にゃーん」
「あれ?もうそんな時間?きくちの腹時計は正確だね。じゃあご飯にしよう」
また忘れていたのか。やれやれ。
「わたし」の元気がない時がある。
「わたし」がベッドに顔を埋めて動かない時がある。
そんな時、俺は黙って寄り添ってやる。
「わたし」のそばにいる事が俺の役目だからだ。
「わたし」が俺の体温を感じることができるよう、どこか体の一部を「わたし」にくっつけてやる。
すると「わたし」が安心すると知っている。
世話が焼ける「わたし」のため、出来るだけ長くそばにいてやろうと心に決めている。
俺は「ねこ」ではない。
「きくち」である。
窓から外を眺めるのが好きだ。
たまに小さな子どもが「あ!ねこさん!」と言うが違う。
俺の名前は「わたしのかわいいきくちさん」だ。