なろう友達(交流者)を作ろう!
※ 『小説家になろう』に登録してもうすぐ二年。私がこれまで“なろう”で実感した事を述べます。
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二年近く小説やエッセイを投稿してきましたが、一番良かったと思うのは交流者ができたことです。
少数ですが、私にとって交流者の人たちとのつながりが、とてもありがたい存在になっています。月並みですが、もしもこの人たちがいなかったら『今、私は作品を書いてるんかな?』って疑問に思ったので今回書いてみました。
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小説を書くというのは想像以上に大変でした。
特に連載小説を書くために大変な時間と労力を使ってきました。
長編小説ならなおさらです。
拙作とはいえども、何作も継続して書き続けるのも大変です。
自分の調子の良い時は独りボッチでも平気です。
頭の中の妄想を文章にしてコツコツ書いていけばいい。
それだけで十分満足。
書き始めると、不思議な事に拙い処女作を読んでくれる人まで現れました。
その発見ったら!
その驚きと嬉しさといったら!
天にも昇るような気持ちでした。
(*^。^*)
ツキがある時は、ただただ書くのが楽しい。
物語を自由に創れることが楽しい。
毎日夢中で小説を書いていたら、時間があっという間に過ぎました。
でもね、それが突然プッツンと停止したんです。
書いていてもちっとも面白くない。
なんだか集中できない。
他の事についつい意識をもっていかれる。
──だめだ。このままではエタっちゃう!
ヤバいと思った私は、己を鼓舞してなんとか数話を投稿しました。
でも『あらら誰~も読んでくれない、もちろん誰~も評価しない……』
と今度は非情なる現実が待ち受けていました。
あうう……。
最初のきらきらした創作意欲はどこへいったのやら。
──ああ、なんだかもうイイやって。
こうして投稿は簡単にストップしました。
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哀しいけれど、なろうではよくあるパターンではないでしょうか。
冷酷ですが『小説家になろう』で読んでくれないのは、ごくごく当たり前かなって。
ご存じの通り、なろうサイトは毎日ベルトコンベアーみたいに、何千と作品が生まれては、あっという間に奥へ奥へと本が順々に積まれていく、
つまり殆どの“名もなき作者の作品”が埋もれていくのです。
想像するだけで恐ろしい──。
いい方は悪いけど、なろうは『大量生産小説工場』です。
表頁の作品しか目に止まらない。
各ジャンル、上位ランキングしか読まれない。
それでも新人の私は、なんとか少しでも読んで欲しくて、活動報告(割烹)で自分の作品を宣伝したり、本文の後書きと前書きで読者とのコミュニケーションをとったりしました。
時にはエッセイを投稿したりして、小説ではなく書き手の自分自身を売り込みました。
つまりエッセイで興味を持たせていくのです。
そうやって地道な活動をしていくと、不思議な事に一人か二人は興味を持ってくれる人が現れます。
そこから少しずつ私の作品も読まれていきました。
多分運のいい人、もともと小説書きの才があって面白い作品が創れる人以外は、私と同じように一旦は凹むんじゃないかな~て勝手に思ってます。
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でも一番いいのは、たった一人でいいから交流者を作る事です。
特に登録したばかりで、なろうに不安を抱えている人は。
たとえ自称コミュ症(私)だと自覚してる人でも、ボッチでは前途多難ですよ。
(~_~;)
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ただ誤解なきよう申しますが、けっして読み合いを勧めている訳ではありません。
結果論として、いっときは読み合いになったとしても最初はそれでいいと思う。
お試し期間というのかしら。
交流者の作品を読むというのはマイナスではなくプラスに作用する。
良いのも悪いのも、自分に合う合わないのも小説を書く上で参考になる。
そこから自分がいいと思った人と、長いお付き合いをしていけばいい。
まあ、まるで恋愛みたい……(笑)
なろう世界に一人でも信頼できる交流者を持った人は幸福です。その人がいるだけで自分の投稿活動の精神状態はとても安定します。
多分、なろう世界ではボッチだと長くは続かないでしょう。
私の経験上、ボッチで描き続けるよりは交流者がいると、いざという時に、その方の価値が凄く分かります。
これがボッチだった一年目の自分と、交流者ができた二年目の自分との違いです。
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最後に現在私と交流してくれる方々、いつもお世話になっております。
m(__)m
多分、私ばかり一方的に交流者に甘えてばかりですみません。
もし、何か私にご不満がおありでしたら、そっとメールでお教えくださいね。
できる限り改善させていただきます。
これからも何とぞ、どうかよろしくお願い致します。
※ 最後までお読みくださりありがとうございました。
m(__)m
※2026/1/31 一部修正済




