ボーイ・ミーツ・ガール
少女は追われていた。
闖入者たちは、少女の身柄を押さえんと血眼になって探し回っている。
少女は走った。
勝手知ったるいつもの城の中のはずが、見覚えのない迷路のように錯覚された。
逃げないと。隠れないと。
少女は目についた扉に飛びついた。廊下、曲がり角を確認して、扉を閉めて、
自ら逃げ場のない倉庫へと隠れた。
少女は、自分と外を隔てるものが扉一枚しかないことに不安を覚えた。
少しでも隙間を埋めようと、扉の前に障害物を積み上げようとして、
『取り扱い注意*サワルナ*』
何やら大仰にお札の貼られた函が視界に入った。
なんだろうこの箱――ええいままよ。
少女は封を破りとり、函を開けた。
少女:
「なに……。鞄……?けほ。埃っぽい……」
バン。乱暴に蹴り破られる扉。暗い倉庫内に入り込む廊下からの照明。
暗闇に慣れつつあったその瞳。咳き込む少女は思わず目を瞑る。
兵:
「いたぞ!囲め!」
足音、号令。沢山の足音。
少女は咄嗟に鞄を手に取り、壁際まで下がった。
じりじりと、人と槍の壁が押し迫ってくる。
少女は、古びた鞄に手を突っ込み――ナニカを掴み取った感触――、
少女:
「くそッ!何とかなれーッ!!」
投げつけたそれは肉の塊。
びちゃ。と兵の一人の顔面に張り付いた。
兵:
「きっしょ……なんだこれ」
その兵は肉塊を床に投げ捨てると、
兵:
「舐めた真似してんじゃねーぞオラァ!」
少女の顔を目掛けて槍を突き出した。
少女:
「ひっ――――」
少女は辛くも反応したが、頬を掠めた傷が血を流しはじめる。
カチカチと。恐怖に歯の叩音を鳴らす少女に嗜虐心をそそられた兵は、追撃しようとし――――
刺―――背中を押されたのだと思った。
肢――自分の腹から腕が生えたのだと思った。
死―血と臓物が溢れ出た。
屍。
「不味いなぁ……不味い。……男の血など飲めたものではない」
嫌そうに付着した血を舐めとる少年がいた。
さっきまでいなかったはずの少年が。
本能が嫌悪感を抱く――この少年は。いてはいけない存在である、と。
残りの兵たちは、仲間が死んだというのに呆気に取られ動かなかった。
あるいはその悍ましさに思考を麻痺させられ動けなかった。
少年は兵たちなど眼中にないと、少女のもとへ歩む。
震える少女の顎を指で押し上げ、血を流す頬に舌を這わせる。
「お嬢ちゃん――――。処女かい」
―― 処女厨 『ジョルジュ・ヴァルドレ』 ――
少年はニタリと笑った。
少女は思わず頷いてしまった――。悪魔との契約に。
ジョルジュ:
「よきかな。汝の名は?」
少女:
「わ、私はロイ。ロイ・マオハルト=ワールウィンドと言います……」
―― 魔王の血 『ロイ・マオハルト=ワールウィンド』 ――
ジョルジュ:
「嗚呼――――善き哉」
ジョルジュは跪いた。
ロイの手を取り、手の甲に口づけをする。
ロイ:
「きっしょ……あ……ごめんなさい……」
ロイは全身が総毛立つのを感じた。
ジョルジュは跪いたまま勃っていた。
ワールウィンド公国、公都。
かつて栄華を誇った都は戦禍に呑まれ、城下は壊滅。至るところで、瓦礫の隙間から黒い煙の立ち昇る有様であった。
ユーシア王国及び神聖ミークリッド教国連合からの、宣戦布告。
ワールウィンド公国とユーシア王国は国境を隣接している。
両国は長きにわたって緊張関係にありながらも争いは起きてこなかったのであるが――、
神聖ミークリッド教国の台頭により、均衡は崩れ去った。
宣戦布告を受けたワールウィンド公国が対応に動く猶予を与えず、連合軍は烈火の如く侵攻し疾風の如く進行した。破竹の勢いのままに本城を制圧される寸前であったところ。
ロイとジョルジュは出会った。