探索本隊VSディディアル軍(2)
朝の支度を終えて、探索本隊は行軍を開始する。
隊列は、先頭がオンデール軍、中央には非戦闘員を囲むようにゴレスト軍が配置され、殿は帝国軍が務めている。
隊長のカスミとジェネリー達は、非戦闘員の最後尾に居て、帝国兵とゴレスト兵の間の位置だ。
探索初日から変らず、ずっと変わらずこの隊列だ。
カスミは、ディディアルが魔獣部隊を差し向けてくると分かっていながら、それに対応する隊列に変えようとはしなかった。
理由は二つ。一つは、この隊列が汎用性に優れている事だ。
この隊列は、各勢力の特徴を鑑みて考案された隊列で、様々な状況に対応できる。
それに、本隊も先行討伐隊同様に各勢力が混在する部隊なので、不慣れな事や、急な作戦・隊列変更は混乱を招く恐れがある。
軍事の専門家ではないカスミは、それを踏まえて隊列変更する軍術も、混在部隊をまとめ上げる優れた指揮能力も持っていない。
ならば、このままの方が良いだろうとカスミは考えた。
二つ目の理由は、こちらが魔獣の強襲を察知していることを、敵に悟られたくないからだ。
もし、今朝だけいきなり隊列変更をしたら、敵は自分達の行動が筒抜けだったと勘づくかもしれない。
そうなれば、カスミの索敵・偵察能力をある程度敵に知られてしまう。
カスミは、それを避けたかった。
ちなみに、この場合の“敵”とは、ディディアルの事では無い。
ディディアル自身には、カスミの能力を知られても問題は無い。
仮に、ディディアルが自分の行動を把握されていたと知って、作戦を断念したとしても、スカーマリスを拠点にしていると分かっている以上、クラースに報告すれば何時でも狩ることができる。
問題___つまり、この場合の“敵”とは、ディディアルにサレンの情報を流した者のことだ。
その者は、帝国が勇者を探している事まで知っている可能性が高い上、こちらは正体を掴めていない。
そして、サレンの事を知って、ディディアルをここに差し向けてきた以上、今も“見ている”可能性が有る。
ならば、そう簡単には自分の手の内は見せられない。
帝国にとって本当に厄介なのは、その“敵”なのだから。
そういった訳で、カスミとしては、ディディアルの背後に居る“敵”に、自分の手の内を見せることなく、この襲撃に対処したいところだった。
そして、その秘策は有る____。
本隊が行軍を開始して一刻ほど経った___。
もうすぐ、ディディアルの襲撃ポイントに差し掛かるというところで、カスミはその秘策に声を掛けた。
「ジェネリーさん。少しよろしいですか?」
「はい、カスミ様。どのようなご用件でしょう?」
「今さっき、上空を何かが飛んでいたように見えました。お手数ですが、それを確認して来て頂けませんか?」
「空ですか?」
「何か飛んでいましたっけ?」
「いえ、申し訳ありません。私には見えませんでした」
カスミの発言に、ジェネリー、レイン、ナナリーの三人とも首を傾げた。
「ええ。皆さんの言う通り、私の見間違いかもしれません。だからこそ、他の者を偵察に行かせるのは気が引けるのです。でも、ここは魔物の生息圏ですから、万が一の事があってはならないでしょう?」
「なるほど。分かりました。私が見てきましょう。それはどちらへ飛んで行きましたか?」
「北東の方なので、進行ルートをそのまま進んでください」
「分かりました。では、行ってきます」
「ありがとうございます。お気を付けて」
ジェネリーは三人に見送られながら、本隊の先頭まで走って行った。
カスミはそれを見送ると、直ぐにもう一人の秘策にも声を掛けた。
「あの・・・実はレインさんにも、お願いがあるのです」
「私にもですか?何でしょう?」
「非戦闘員の方々の様子を見て来てくださいませんか?探索四日目で魔物の生息圏にいますから、彼らの気力と体力が心配です。本当は今朝、私が野営中に自分で声を掛けるつもりでしたが、本国との連絡に時間を取られてできませんでした。行軍中は隊長として迂闊に動けませんし、代わりにお願いできませんか?」
「分かりました。カスミ所長の代わりが私に務まるかは分かりませんが、行ってきましょう」
「フフ♪レインさんの明るさに触れたら、皆が元気になるでしょうから、むしろ私より向いていますよ」
「えへへ♪そうですか?では、ちょっと皆さんを励ましてきます!」
「お願いします」
カスミに褒められてうれしかったのか、レインは軽い足取りで非戦闘員の人ごみに紛れて行った。
(これで、準備良し。・・・勇者候補がいると簡単ですね・・・)
適当な理由を付けて、勇者候補の二人を配置に付かせた。
二人なら上手くやるだろう。後は事が起こるのを待つだけだ。
そして、それは直ぐに起こった____。
カスミから指示を受けたジェネリーが、先頭を歩くオンデールの部隊を追い越して三十メートルほど先を進んだ時、道の右側と左側の岩壁から一体ずつ、岩壁に擬態していた魔獣が目と口を開けて姿を現した。
「___ッ!?」
「「ゴォァアアアアア!!」」
___ゴウッ!!
左右からのポイズンブレスがジェネリーを挟み撃ちにする。
空を見て走っていたジェネリーは、完璧に油断してブレスの直撃を受けてしまった。
「ま、魔物!?」
「て、て、敵襲ーーーー!!」
隊の先頭に居たオンデール兵士達が、魔獣に襲われたジェネリーを見て叫ぶ。
それと同時にそのオンデール兵士達の隊長が上空に信号弾(魔道具)を打ち上げた。
「敵襲!?」
「防御陣形だ!急げ!」
「周囲の警戒!!」
「了解!!」
「ナナリーさん。周囲の索敵をお願いします」
「かしこまりました」
「___!」
「!!」
「_____!?」
襲撃を伝える信号弾に反応して、他の兵士達やカスミ、非戦闘員達が打ち合わせ通り防御態勢を取り、他の魔物の襲撃に備え、周囲を警戒する。
危険を伝えた先頭のオンデール兵士達は周囲を警戒しつつ、ジェネリーとジェネリーを襲った魔獣の様子を窺っている。
「な、何だあれは!?まさか、あれが先行討伐隊の報告にあったストーンバジリスクか!?」
「ジェ、ジェネリーさんは大丈夫なのか!?」
「直撃だったぞ・・・」
「た、助けに行かないと!!」
「バカ!!よせ!!報告じゃ触っただけで毒に感染すると言っていた!」
「じゃ、じゃー、ジェネリーさんはもう・・・」
「助からないな・・・可哀想に」
「全員!気落ちしている暇はないぞ!次は我々だ!」
ストーンバジリスクの餌食になったジェネリーに同情と心配の声が上がるも、オンデール軍の隊長の声で兵士達は我に返る。
___そうだ。ジェネリーがやられたという事は、次は自分達がアレの相手をするのだ。
見れば、ストーンバジリスクは二体とも、ゴゴゴゴゴと地鳴りを起こして立ち上がり、こちらを見ている。
「___来る!」
ストーンバジリスクと目が合ったオンデール兵士達が、命をとした戦いを覚悟して身構える。
「弓を構えろ!!」
そこから更に、オンデール軍の隊長達の指示で兵士達が弓を引いて、射撃態勢を取る。
それに反応したストーンバジリスク達が、オンデール兵士達に向かって土埃を立てて走り出した。
だが、そうやってストーンバジリスクが突進を始めた、その瞬間____
____ボゴォオオ!!____ズンッッッ!!
「「____!?」」
いきなりポイズンブレスの毒の霧から現れたジェネリーが、すさまじい音を鳴らした。
ストーンバジリスクの一体を殴り飛ばし、岩壁に衝突させた音なのだが、突然の事と音でオンデール兵士達も、もう一体のストーンバジリスクも驚いてしまい、理解が追い付いていなかった。
ジェネリーは、周囲が呆気に取られている間に、残ったもう一体のストーンバジリスクとの距離を詰める。
そのストーンバジリスクがそれに気付いた時にはもう、ジェネリーは攻撃態勢に入っていた。
「___フッ!」
_____ブンッ!!____ボゴォオオ!!
ジェネリーは足を振り上げて、ストーンバジリスクの顎を蹴り上げた。
素人から見れば様に見える蹴りだが、レインの様な格闘家から見れば未熟で無造作な蹴りだっただろう。
だが、勇者候補ジェネリーの潜在魔法で強化されたその蹴りは非常識に強力で、ストーンバジリスクの顎を砕き、その巨体を一瞬宙に浮かせたのだった。
「ゴォァア・・・」
「ゴォァア・・・」
ストーンバジリスクは二体とも戦意を失い、怯えるような鳴き声を上げて後退る・・・。
オーマ達は、一体のストーンバジリスクの心を折るのに、オーマ、ヴァリネス、フランの三人が、それぞれ自身の最強レベルの攻撃を各二発ずつ行う必要があった。
だが、ジェネリーは二体のストーンバジリスクを相手に、無造作なパンチとキック一発ずつでストーンバジリスクの心をへし折ってしまった。
この所業に、やられたストーンバジリスクはもちろん、オンデール兵士達も驚いている。
だが一番驚いていたのは、遠くから見ていたディディアルだった。
「な、何だ!?あいつは!?潜在魔法!?あの魔力量、“源流の英知”の娘に匹敵するではないか!?」
ディディアルは悲鳴のような声を上げる。
強力な個の存在が居る可能性は考慮していたが、リデルから他の勇者候補の存在を聞いていないディディアルは、まさかサレンと比肩できるレベルの個が居るとは想像すらしていなかったのだ。
驚愕の表情(顔は無いが)を浮かべながら頭の中で、“アレとどう戦う?”、“他にもアレと同等の存在が居るのか?”、“居るとしたら何人?それ以上の存在は?”などと、ぐるぐると考えを巡らせる。
分析している・思案しているというより、驚きの気持ちを整理しているといった感じだ。
そして、気持ちが落ち着いて冷静になってくると、頭の片隅で、源流の英知を奪う決戦では、“この本隊が到着する前に先行部隊を倒す”という作戦にする事にほぼ決まった。
それから、本隊と戦う事を放棄すると決めながらも、生物の本能として、もうこれ以上強力な個が居ない事を願いながら、魔獣部隊の戦いを見守るのだった___。




