先行討伐隊の探索(1)
オーマ達が山登りを始めてから暫く経ち、今は赤々とした西からの光が大地を橙色に染め上げている。
まだタルトゥニドゥの深くには入っていないことに加え、一度探索を経験しているデティット達のおかげで、先行討伐隊の山登りはこれまで順調に進んでいた。
そして、もうすぐ日が暮れて、タルトゥニドゥ探索の初日が終わろうとしていた。
「そろそろ、野営する頃か?」
「そうですね。日が落ちて暗くなる前に、天幕や食事の支度をしたいですしね」
「でも、さすがにまだ早くないか?」
「あまり先行し過ぎても、本隊と距離ができてしまうだろう」
先行討伐隊の役目は、本隊ができるだけ魔族に襲われない様にすることなので、本隊との距離は近すぎても、遠すぎても意味は無い。
「クシナ、本隊と連絡を取ってくれ。野営のために、お互いの距離を確認したいと」
「分かりました。デティット隊長」
デティットの指示で、クシナは通信魔法を使用し、本隊のナナリーと連絡を取る。
今回の探索で、本隊と先行隊との連絡には、帝国の使節団が持ってきていた通信魔道具が使われている。
ゴレストとオンデールにも通信魔道具はあるが、やはり帝国の物の方が高性能なためだ。
そのため、オンデール製の通信魔法は緊急用としている。
ちなみに、オンデール製の通信魔道具を使う場合の通信役はサレンが担当してくれる。
「デティット隊長。本隊は我々の後方、約五キロ地点だそうです」
「結構、離れましたね」
「魔族の襲撃も無く、これといってトラブルも無かったからな」
「順調なのは結構ですが、役割を果たせているか不安になりますね・・・」
「本隊の方も、魔物とは遭遇していないそうですよ」
「了解した。では我々は今日はここまでとし、野営すると伝えてくれ」
「分かりました」
「よし!皆!今日はここで野営する!オーマとサレン様は正面、ロジとクシナは後ろを見張れ。残りは私とアラドの指示に従い、野営の準備だ」
「「了解!」」
デティットは、さりげなくオーマとサレンを同じ組にした。
オーマはそのデティットの厚意に甘え、メンバーが野営の準備を始める中、サレンと二人で見張りをしながら会話を始めた。
「サレン。初日は無事に終わりそうだな」
「そうですね。魔物に襲われるといった事も有りませんでした」
「ああ。一安心だな。できることなら、このまま本隊も俺達も襲われることなく行きたいものだ」
「そうですね。でも、襲われても多分大丈夫だと思います」
「そうか?自信あるな。サレン」
「いえ、私ではなくて・・。やはり皆さん大陸一の遠征軍の方だけあって、慣れていらっしゃるなと思ったのです。一緒に居て安心感があります」
「サレンにそう言ってもらえると自信が持てるな。でもサレンだってラルスエルフなんだ。森の生活でサバイバルには慣れているだろ?」
「アラドはそうですけど、私はそこまでではありません。探索や狩りにはあまり行きませんし、戦闘訓練も魔法ばかりです。サバイバル能力はアラドほどじゃありません」
「ああ。確かにアラドはスゴイな。さすがオンデール軍の長って感じだ」
「フフッ。そうですね」
とはいえ、オーマから見れば、サレンも十分サバイバル慣れしている。
今日一緒に探索して、遠征慣れしているオーマ達とそう変わらない様に感じていた。
そこは、人間とは違い、森の中で生活するエルフ基準なのだろうと察する。
アラドを褒めてサレンが嬉しそうにしたのを見て、オーマは共通の友人の話題で距離を縮めようと考え、更にアラドの話を広げた。
「アラドは普段、よくキャンプとかしているのか?」
「はい。タルトゥニドゥまでは足を運びませんが、オンデンラルの魔物が住み着いているエリアには、よくキャンプしに行っています」
「ま、魔獣が住み着いているエリアでキャンプするのか?」
オーマ達もできなくは無いだろうが、自ら進んでやろうとは思わず、話を聞いて少し顔が引きつった。
そんな様子のオーマをサレンは気にすることなく、アラドにとっては当たり前といった態度だった。
「はい。訓練も兼ねているそうです。それに、魔獣は魔法の素材としても重宝しますから、一石二鳥だと言ってました」
「紳士的な態度だから、もっと知的な生活態度だと思っていたが、意外にワイルドな生活を送っているんだな」
「アラドはオンデールで一番の狩人ですから。サバイバルやキャンプのキャリアは六十年くらいあります」
「ろ?ろくじゅ!?・・・はぁ・・・」
見た目が若いので、エルフが長寿であることをオーマはすっかり忘れていた。
アラドは八十歳くらいで、サレンの様に二十歳から軍に入っていれば、軍人や狩人の経歴は確かに六十年くらいになる・・・オーマの人生の倍近い年数である。
オーマの人生の倍近くのサバイバル経験があれば、それはオーマ達より優れていて当然だろう。
「そんなアラドと比べたら私なんて、てんでダメです」
「そんなアラドと比べる必要は無いと思うが・・・サレンは、キャンプとかは全くしないのか?」
「うーん・・・たまに、川で釣りをする時にキャンプすることもありますね」
「おお!釣りか!サレンは釣りが好きなのか?」
「はい。実は____!?」
「___!?」
二人で会話を楽しんでいる最中、サレンとオーマ共に魔獣の獰猛な気配を察知し、二人ほぼ同時に武器を構えて周囲を警戒する。
ところが、どこを見渡しても魔獣どころか動く物さえ無い。
耳を澄ましても、聞こえてくるのは仲間たちの天幕を張る作業と雑談の声だけだった。
だが____
「____下!?」
突然、ボコォッ!ボコォッ!と音を鳴らして、体長一メートルほどもある黒光りした大型の土竜が五匹、地中の中から現れて、オーマとサレンに襲い掛かって来た。
「___アイアンモールか!?」
「___ハイクラス・アクアウェイブ!」
魔獣アイアンモールに突然下から襲われたが、オーマは即座に反応し、アイアンモールが突き立ててきた鋭利な爪を躱した。
サレンに至っては、水属性の攻撃魔法を発動し、幅十メートルほどもある津波でアイアンモール達を押し流し、迎撃して見せた。
(___うお!?速い!)
突然襲い掛かってきた相手に、上級攻撃魔法でカウンターを入れる___。
攻撃に対する反応速度も、魔法の術式展開速度も速くないと実現不可能な高等技術だ。
(あの一瞬で、あのレベルの魔法を繰り出せるとは・・・それに、あの反応速度・・・この子は魔法のセンスだけじゃない!戦闘センスもある!)
オーマがサレンの戦闘を見るのはこれが初めてだったが、初めて見るサレンの戦う姿は、普段の大人しい姿からは想像できないほど勇ましく、即断即決の行動力を持った優秀な戦士だった。
(戦闘センスもフレイス並みかもしれない・・・・)
一瞬の出来事だったが、オーマはそう判断する。
___いや、一瞬で出た咄嗟の判断と行動だからこそ、そう判断した。
オーマは、ここでようやくカスミ達のサレンに対する評価___フレイスに並び、真の勇者の本命という評価に納得するのだった。
そして、あの一瞬でサレンを評価したのは、オーマだけではない。
アイアンモールに攻撃命令を出したディディアルもまた、サレンに高評価を付けていた。
「反応速度、術式速度ともに良し。・・・やるな。水属性を選んだのは偶然か?“源流の英知”を持つ者は、四属性全ての属性を扱えるはず・・・。四つの中から敢えて水属性を選んだのなら____」
地中に潜む魔物に襲われた場合、水属性で迎撃するのは良い判断である。
地中に潜む魔物は、目よりも耳が優れている魔物が多く、大地の震動の音や、地下水や川などの水の流れる音などに敏感だ。
だから、もしも地中にまだ伏兵が居た場合、水属性の魔法で地表に影響を与えるのは良い牽制になる。
炎や風では効果的ではないし、土属性だと影響を与えすぎて、他の地中の生物を巻き込んでしまう恐れがある。
もしサレンがそこまで考えて、水属性の魔法で迎撃したとするなら___
「___判断力も良しだ。幼いながら、“源流の英知”を持つだけの事はある。そして、隣にいた男・・・ダークエルフの小娘の様に魔法で迎撃するといった事は出来なかったが、それでも良い反応だった・・・」
アイアンモールはその名前の通り、鉄のように固い体毛を持っている。
そして、その体毛は鉄の様に固いだけではなく、熱も遮断する。
そのため、レベルの低い探知魔法では生命探知できないほど生体反応が薄く、気配を察知しにくい。
「負けないまでも、襲われれば大抵の者は傷を負うのだが、無傷で避けおった・・・。その回りの連中も、慌てた様子もなく即座に陣形を整え、他の魔獣の警戒をしている・・・。こ奴ら相手に、強襲作戦は通じぬか・・・かといって、真正面からでは危険な相手だ・・・私の召喚魔法にも限界がある。奴ら相手では、心許無い・・・。ならば、罠を張って待ち伏せは?奴らの目的地が分かれば、大掛かりな仕掛けも出来よう・・・ここは、この地の魔族に協力を要請してみるか・・・」
サレンだけではなく、オーマ達も強敵と判断したディディアルは、このタルトゥニドゥに住み着いている魔族達を利用することを考え始める。
そしてディディアルは、アイアンモールではサレン達相手にこれ以上は実力を引き出せないだろうと判断したのか、それ以上戦いを見守ることなく、ブツブツと策を練りながら、その場を離れるのだった____。
オーマ達とアイアンモール達の戦いは、ディディアルが予想した通りになる。
サレンの津波でアイアンモール達を押し流したことによって、オーマ達が態勢を立て直し、迎え撃つのに十分な距離と時間が稼げた。
アイアンモール達はそれを気にすることなく、召喚主の命令通りオーマとサレンに襲い掛かったが、オーマとサレンはこれを全く寄せ付けず、アイアンモール達を圧倒し、戦闘は終了した___。
戦闘終了後、一度サレンがアース・ソナーで地中を索敵して問題がないことを確認する。
その後は、特にアイアンモール達に襲われた事に疑問を抱くことは無く、本隊に報告だけしてキャンプの作業を再開した。
そして、日が落ちた後に、火を囲んで夕食を食べ終えると、交代で見張りをしながら眠りについた。
先行討伐隊の探索初日は、こうして終了した____。