元魔王軍幹部ディディアル
タルトゥニドゥ探索で先行討伐隊を務めるオーマ達は、本隊でカスミの供をするジェネリー、レイン、ナナリーと別れ、先行討伐隊の集合場所である砦の入口へとやって来た。
オーマ達が入口に到着すると、そこにはすでにデティットとアラドとサレンの三人が居て、オーマ達を迎えてくれた。
「おはよう。・・お?皆、タルトゥニドゥは初めてなのに、良い表情じゃないか」
「準備は万全のようですね」
「まあね。タルトゥニドゥは初めてでも、山越えは遠征軍で何度もしているし、そこで魔獣や敵軍の強襲に対応したことだってあるわ。慣れたものよ」
「それは頼もしいな。よろしく頼む」
「わ、私も頑張ります!よ、よろしくお願いします!」
「よろしく、サレン」
「よろしくお願いいたしますね」
「よろー」
「ハハッ!サレンちゃん。そんなに緊張しなくても大丈夫だぜ。魔獣が出たら、このフランがやっつけるからさ!」
「タルトゥニドゥ探索の経験があるサレンが探索で緊張しているわけないだろ。サレンが緊張しているのはお前のせいじゃないのか?」
「んだと!?イワ!どういうことだよ!?この俺が女の子を緊張させるはずないだろ!」
「うそつけ」
「いや・・・“それ”だし」
「本当にもう・・・」
いつもながらのフランの発言に、いつもながらサンダーラッツ女性陣が呆れた表情を見せる。
「な!?・・・そ、そんな事ないよな?サレンちゃん?」
「ひぇ!?・・は・・・はぁ・・・」
「え?・・・サレンちゃん?」
「あ・・・・」
「えっと・・・」
「・・・・・」
「・・・そんな事あんのか~~~い!!」
「あ、いや、その、ごめんなさい!」
「いや、サレンは悪くないわよ」
「うん。悪いのはフラン」
「なんでだよーーー!!」
オーマはタルトゥニドゥ探索の話が決まった後、その準備期間の間にサンダーラッツの隊長達をサレンに紹介していた。
サレンにメンバーを紹介する約束をしていたというのも有るが、全くの初対面で命懸けの探索に同行させたくなかったのだ。
そこでオーマはデティットに相談を持ち掛け、探索前に先行討伐隊だけで集まって交流する、ミーティングとレクリエーションを実施した。
そして、その初顔合わせで、フラン以外のメンバーは上手くサレンと交流できて、一日が終わる頃にはある程度打ち解けていた。
だが、例によってというか、予想通りというか、フランはやらかしたのである。
フランとしては、いつも通りの接し方だったのだろうが、それはつまり、軽薄な態度であったわけで、サレンにはハマらなかったのだ。
むしろ警戒されて、最初より距離ができてしまった。
レクリエーションが終わった後、そのフランに対して、デティットとアラドは、「これから外の世界に出れば、フランのような人間とも接することになる」と言って大目に見てくれたが、サンダーラッツのメンバーは違った。
メンバー(特にヴァリネス)は、サンダーラッツの恥と言ってフランに説教したのだった。
ちなみにだが、オーマもヴァリネス達と同じ意見ではあったものの、サレンのフランに対するリアクションが、最初の頃の自分に対するリアクションと同じだったため、“ざまぁ(笑)”と心の中でほくそ笑んで、あまり怒らなかった。
そういったわけで、結局フランはサレンと距離を縮められないまま探索当日を迎えていた。
「くそう・・・こうなったら、このタルトゥニドゥ探索でサレンちゃんとお近づきに____ギッ!?」
___フランはヴァリネスにケツを蹴られた。
「何すんだよ!?副長!?」
「それを止めなさいっての!」
「よけいに嫌われる」
「それに、先ずは探索優先です」
「・・・オーマ。フランは大丈夫なんだろうな?」
遂にデティットもフランの態度に呆れ始めた。
「大丈夫だ、デティット。アイツはバカだが、そこまでバカじゃない。探索が始まったら、ちゃんと働くさ」
「そうか・・・なら、いいが。適当な事をしていたら、お前に代わって私が指導するぞ?」
「当然だろう。この先行討伐隊の隊長はデティットなんだからな」
「むしろ願ったりよ」
「根性を叩き直してあげてください」
「頼りにしてます。デティット隊長」
「・・・お手柔らかにお願いします。姉さん・・・」
「そうか。なら、そろそろ出発するぞ。皆、いいか?」
「大丈夫です」
「問題無し」
「いつでもどうぞ!」
「隊列や魔獣と遭遇したときのフォーメーションは覚えているな?」
「はい」
「任せて下さい」
「打ち合わせ通りに行けます」
「後は、実践してみてだな」
「よし!では、先行討伐隊、出発する!!」
「「了解!」」
こうしてオーマ達は、隊長のデティットの号令で、タルトゥニドゥ探索へと出発した___。
オーマ達先行討伐隊は砦を出発し、程なくしてタルトゥニドゥの山を登り始める。
その様子を、一匹のカラスが遠くから眺めていた。
そのカラスはオーマ達の様子を暫く観察した後、バサッと羽を広げて飛び去った___。
「___戻って来たか」
先程のカラスが飛び立った先には、知的で落ち着きのある声を発する者が居た。
そのカラスがその声の主の下に来ると、その声の主は腕を前に出して、カラスを自分の腕に留まらせてやる。
その声の主の腕は、人のモノでもエルフのモノでもない。
___いや、腕だけではなく、容姿も人では無い・・・・魔族だ。
体長は、人の身長をゆうに上回り、三メートルほども有る。
だが、身体は人より細く、木の幹から伸びた枝の様だった。
身体の色が灰白色なので、細い枯れ木にも見える。
頭部は人型だが、目、口、鼻、耳、全ての顔のパーツが無く、のっぺりしている。
一見すると、ひ弱そうな魔族だが、この魔族と出くわして、そう思う者はいないだろう。
何故ならその細身の魔族の周囲には、木の丸太にも付けられそうな大きなリングが五つ宙に浮いて、禍々しいオーラを放っており、魔導の道を歩む者ならば、そのリング一つに込められている膨大な魔力に足がすくんでしまうからだ。
並みの魔導士では、到底辿り着くことのない魔力を持つリング。
そのリングを五つ、己が周囲に侍らせるこの魔族は、ディディアルという召喚魔法を得意とする、上級魔族の中でも更に上位に位置する最上級魔族の上級悪魔だ。
ディディアルは自身の腕で羽を休めるカラスから、魔法でカラスが見た光景を頭の中に映し出していた。
「ふむ・・・人間が八匹に、ダークエルフが二匹。あの小娘の方が、リデルが言っていた“源流の英知”を持つヤツか・・・」
ダークエルフの少女のパッと見の印象はただの小娘だが、事前にリデルから話を聞いていたため、ディディアルは慎重に観察を続ける。
「リデルの話では、人間の方も、上級魔獣どもを相手にできる強さだという・・・やはりここは、慎重に相手の戦力分析からした方が良いな」
ディディアルは、得意の召喚魔法で多種多様な魔獣や精霊を召喚でき、その種類は魔界でもトップクラスに豊富である。
そのため、戦いのバリエーションも豊富で、隠密行動においては相手の戦力分析に長けている。
____それが、リデルがディディアルをサレンの噛ませ犬に抜擢した、二つの理由の内の一つである。
「この戦い・・・リデルが言う様に負けられぬ。もうすぐ誕生されるという魔王様のためにも、私が再び魔王軍の幹部に返り咲くためにも___」
ディディアルは元魔王軍の幹部で、かつては魔王軍の一軍を任されてもいた。
野心家でもあり、前魔王が敗北した後、死んだ魔王に成り代わり自らを魔王と名乗り、スカーマリスに拠点を置いて、魔族の軍勢を率いていた時期もある。
だが、スカーマリスの外へ侵攻しようとすると、帝国とアマノニダイの連合軍に阻まれ、どう足掻いても支配領域を広げることができなかった。
帝国とアマノニダイを打倒するため、戦力を増強しようとしたが、この地に馴染めぬ魔族は子孫を残せず、個体数を増やせなかった。
ディディアルが召喚魔法で数を増やそうとしても、魔王のように魔界から多数の魔族を召喚できるわけでもないため、数は減る一方だった。
そうしてディディアルの軍団は弱体化していき、逆に帝国とアマノニダイは魔法技術を発展させ、領土も広げて強化されていった。
さらに時が進むと、エルフや人間から、自身や配下の上級魔族に匹敵する個の存在も現れるようになった。
そして、自軍と相手の関係が、強者少数と弱者多数から、強者少数と強者多数・弱者多数の関係になった時、ディディアルは自身の野望を諦めた。
ディディアル軍は自然消滅し、それ以降ディディアルは、スカーマリスでくすぶり続けていたのだった。
「あの小娘の持つ“源流の英知”さえ奪えれば!___」
___状況は変わるだろう。
いや。ディディアルがこのまま何もしなくても、魔王が誕生すれば状況は変わる。
だが、ディディアルにとっては、それだけでは不十分だ。
今のままでは、魔王が誕生して魔王軍が結成されても、そこに自分の居場所は無い。
リデルの様に、大戦後も諜報活動を続け、その活動の最中で自身の力を増した者ならば存在価値は有るだろう。
「あの女・・・すっかり、私より強くなっていた・・・」
昔は自分の方が強かったが、約百年越しに再会したリデルは昔より強くなっており、百年間何もしないで弱体化した自分より遥か高みにいた。
百年の間に強化されたリデルと、百年の間に弱体化した自分____。
この事実は魔王誕生後に、ハッキリと明暗が分かれることだろう。
魔王軍の幹部となる者は、魔王が魔界から召喚する強者や、大戦後もこの地で腐らずに己を強化した強者達だ。
弱くなったディディアルが一軍を預かる事はないだろう。
だが、あのダークエルフの少女から“源流の英知”を奪うことができれば、ディディアルは昔の自分より遥かに強大な力を得られるだろう。
そうなれば、新たな魔王軍でも一軍を預かる幹部になり、魔界での地位が約束される。
いや、“源流の英知”の力ならば、魔王を倒し、ディディアルが魔王の座につくことだって可能かもしれない。
この戦いはディディアルにとって単に、“勇者の可能性を持つ者を消す”というだけではなく、“強大な力を手に入れて魔族の中で強者として返り咲く”ための戦でもある。
自身のアイデンティティの懸かった戦いなのであるのだ。
そのため、狡猾で野心家なディディアルは、十分に相手を見定めた上で必勝の策を練り、勝利すると誓うのだった____。




