タルトゥニドゥ出発前
オーマはカスミと別れた後、頭の中でカスミと帝国を切り離す案を考えながら、皆が集まっている砦の食堂へと向かう。
食堂の中に入ると、皆がテーブルで団欒していたが、オーマに気付いたレインが席を立って声を掛けてきた。
「あー!兄様!どこに行ってたんですか!?」
てててて、と歩み寄って来るレインの姿は、家に帰ってきた主人に寄り添ってくれる人懐っこい猫のようで、オーマは少し照れながらも癒された。
「ああ・・ちょっと、準備の様子を見て来たんだ」
「ぶー・・なら、ご一緒したかったです。ゴレストに来てから、ずっとカスミとご主人様と一緒で、兄様とお話ししていません」
「私をご主人様と言うな」
「ああ・・ごめんなさい。ずっと公の場でご主人様って呼んでいたから、馴染んじゃって」
「すまないな、二人共。損な役回りをさせてしまって。でも、二人が高官達の相手をしてくれているおかげで、俺達は安心して動けている。ありがとう」
「えへへ♪じゃー、帝都に戻ったらデートしましょうね♪私との約束、覚えていますか?」
「ああ。覚えている。今度は、俺が帝都の街を案内するって約束だろ?」
「ムッ・・・デート・・・」
オーマとのデートの約束を喜ぶレインに、ジェネリーは眉間にシワを寄せて嫉妬を露にした。
「フン!貴様、この任務を何だと思っている!?ご褒美をねだるなどと・・・しかもデートなんて。なんと羨ま・・浅ましい」
「え?いいじゃないですか別に。打ち上げですよ、打ち上げ。仕事が終わった後の打ち上げの話くらいしたって・・・私、結構頑張ってますし」
「頑張ってるぅ?どこがだ?使用人として、私の後ろで突っ立っていただけだろ。高官達の相手は毎回私だったじゃないか!」
「あ!ひど~い!私だって頑張ってます!」
「お前が頑張っているなら、私はもっと頑張っている!だから、団長とデートするのに相応しいのは私だ!」
「あ~~!本音が出ましたね!?結局、そういう事じゃないですか!」
「だが、事実だろ!」
「そんな事無いです!むしろ私の方が、頑張っています!」
「そんなワケあるか!」
レインが、カスミの見張りをしている事を知らないジェネリーは、ギャアギャアとレインに食って掛かる。
その様子を見ていて、オーマの中でチクリと罪悪感が芽生えた。
(ジェネリーには、反乱計画の事も、ろうらく作戦の事も、何も話してないからなぁ・・・)
これまで、ジェネリーには事情を話さなかったりレインには事情を話したりと、状況に応じて打ち明ける情報と相手を決めてきた。
良く言えば臨機応変だが、悪く言えば場当たり的な対応だろう。
プロトスと反乱軍を立ち上げ、デティットやアラドも参加して、これからも人を増やすことを考えると、ジェネリーに対しては、上手い対応だったとは言えないかもしれない。
ジェネリーを口説いている時は、オーマはまだ反乱軍を立ち上げる気にはなっていなかったので、仕方が無い事ではあるが、今後のため一度話を整理しなければならないように感じた。
そうでなければ、事情を知っている者とそうでない者とで、いつか食い違いが起こり、事故が起こるだろう。
特にジェネリーは、今はレインとの痴話喧嘩で済んでいるが、ろうらく作戦や反乱計画の知り方次第では、関係に溝ができるかもしれない。
(この辺の事は、一度副長と相談した方が良いな。・・・・てか、今現在は、誰がどこまで知っているんだっけ?)
オーマは頭の中で生まれた疑問について、ジェネリーとレインの痴話喧嘩を眺めながら整理する____。
オーマとヴァリネス:魔王誕生の事、ろうらく作戦の事、反乱計画の事、全てを知っている。ろうらく作戦の実行役。反乱計画の首謀者。
クラース達第一貴族:魔王誕生の事、ろうらく作戦の事を知っている。ろうらく作戦の首謀者。反乱計画は知らないが、オーマを疑っている(とオーマは思っている)。
サンダーラッツ隊長達:魔王誕生の事、ろうらく作戦の事、反乱計画の事、全てを知っている。
サンダーラッツ通信兵:魔王誕生の事、ろうらく作戦の事、反乱計画の事、全てを知っている。
サンダーラッツ団員:魔王誕生の事、ろうらく作戦の事、反乱計画の事、全て知らない。現在の任務は、ウーグスのサポートだと思っている。
ジェネリー:魔王誕生の事は知っている。ろうらく作戦の事、反乱計画の事は知らない。現在の任務は、ウーグスのサポート(魔王対策)だと思っている。
レインとプロトス:魔王誕生の事、ろうらく作戦の事、反乱計画の事、全てを知っている。
デティットとアラド:魔王誕生の事、ろうらく作戦の事、反乱計画の事、全てを知っている。
サレン:まだ何も知らないが、これから反乱計画の事は話して、反乱軍に加入させる。魔王誕生の事は状況によって話す。ろうらく作戦の事は伝えない予定。
____と、状況を整理すると、こんなところだ。
(よく考えてみたら、主要なメンバーで事情をほとんど知らないのはジェネリーだけなんだな・・・)
そう思うと、芽生えた罪悪感がさらに膨らむのだった。
「ジェネリー。すまないな。苦労を掛ける」
「えっ!?ど、どうしたのですか!?オーマ団長!?」
突然のオーマの労いの言葉に、ジェネリーは驚き、レインとの喧嘩どころではなくなった。
オーマはジェネリーに対して、事情を隠している罪悪感を抱いていて、せめて任務での働きには労いの言葉くらい言わないと気が済まなくなっていた。
「いや、ジェネリーはこういう貴族の立場を使う様な事は好きじゃないだろ?そんな中で、本当に良くやってくれていると思ってな。それに俺は、ジェネリーが第一貴族に対して苦手意識が有るのを知ってて、カスミと行動するよう命じたし・・・」
本当に申し訳ないと思っていたからか、オーマの言葉の最後の方はトーンが落ちていた。
そのオーマの様子に、ジェネリーは労わるような眼差しを向けた。
「お気になさらないでください団長。今回、私は前回よりお役に立てないと思っていたので、自分に役目があって良かったです。それに、第一貴族は確かに苦手ですが、カスミ所長は第一貴族でも異質な方で、一緒に居るのは緊張しますが、嫌ではありません」
「そうなのか?カスミが異質って・・他の第一貴族とどう違うんだ?」
「上手く言えませんが、立ち振る舞いに違和感がないと言いますか・・・他の第一貴族の様に、褒め言葉を言ってくださったり気遣いをしてくださったりしても無関心に感じたり、謙遜したような態度でも高圧的に感じたりといった事が無いのです。無口なのも単に口数が少ないだけで、相手を探っているような感じも有りませんから・・貴族や政治家というより、本当に研究者という印象です」
「へぇー・・・そうなんだな」
言葉では受け流したが、心の中ではジェネリーに同意だった。
(にしても、第一貴族の裏の顔を知らないのに、第一貴族達の言動に違和感を持てるジェネリーはすごいな)
ジェネリーの感受性の豊かさに感心を抱きつつ、そんなジェネリーでも違和感を抱くことのないカスミという人物に、オーマは益々興味を持った。
「レインはどうだ?カスミの印象は?」
「概ねご主・・ジェネリーと同意見です。良くも悪くも研究者で、周りに関心が無いという印象です」
「そうか・・・」
ゴレストに来る道中から芽生えていた感情が膨らみ、いよいよ行動に出る現実味を帯びてきていた。
(俺だけじゃなく、二人もカスミに対してこんな風に思っているんだ。これは本当に、離間の計を考えて良いかもしれん。ジェネリーの事だけじゃなく、カスミの事についても副長に相談するか・・・)
カスミを離反させられそうだと感じつつも、相手は第一貴族であることを忘れず、オーマは慎重になって、先ずは仲間(特に最も頼りにしているヴァリネス)に相談すると決めた。
そう考えがまとまって、何気なくサンダーラッツのメンバーの方を見ると、皆は世間話をしつつも、こちらの様子を気に掛けてくれているのが分かった。
どうやら勇者候補の二人のために、遠慮してくれていたようだ。
出発時刻も近づいて来ているため、オーマは他のメンバーともコミュニケーションを取るべく、皆のテーブルに二人を連れて近寄り声を掛けた。
「物資の搬入作業は順調に進んでいた。程なくして出発になると思うが、準備はできているか?」
「はい」
「大丈夫ですわ」
「ばっちりです」
「とっくにできているわよ」
「準備は全て終えました」
「問題無し」
「いつでも行けるぜ」
メンバーから力強い返事が返って来る。
余裕はあるが油断は無い。気合が入っているが気負っていない。そんな充実した状態だ。
オーマは長い付き合いで、メンバーがベストコンディションだと分かった。
「さすがだな」
「皆さん落ち着いてますね。私なんかもう、興奮しっぱなしです」
「おい、レイン。遊びじゃないんだぞ。油断するなよ」
「分かっていますよ。ジェネリーこそ、気合が入り過ぎて体が硬くなっていませんか?」
「む。そんなことは・・・いや。あの、皆さん。私、気負ってますでしょうか?」
「ええ。二人ともハッキリ言って、浮足立っているわよ」
「副長・・・ハッキリ言い過ぎです・・・」
「いや。こういう事はちゃんと伝えてあげた方が良い」
「生死に係る」
「まあ、そうだな。ジェネリーちゃんとレインちゃんには悪いが、事故が起きてからじゃ遅いからな」
「ナナリーさん。ジェネリーさんとレインさんは実力者ですが、こういった事は初めてです。フォローしてあげてくださいね」
「心得ておりますわ。レンデル隊長」
「そうだな。帝都で演習をしたといっても、二人はこういう行軍は未経験だしな。今回は、装備も帝国の物じゃないし___皆は大丈夫か?」
今回の探索用の装備は、鎧や武器は身に着けていたが、野営用のキャンプ道具は帝国から持ってくる時間がなく、オンデール軍の物を与えられていた。
「問題ありません。アラド団長がキャンプ道具の使い方をレクチャーしてくださいましたし、実際に数日キャンプをして練習しています」
「帝国の装備ほど便利じゃないけど、探索に支障が出るほどではないです」
「はー・・・」
「・・・・・」
「どうしたの?二人共?」
「いえ、やっぱり皆さんは、大陸最強の軍隊といわれる帝国遠征軍の人なんだな、って・・・」
「はい。単純な戦闘力だけじゃなくて、皆さんの様に、こういった事にも対応できるようにならないといけませんね」
如何に勇者の素質が有るとはいえ、それはあくまで戦闘力(特に魔法)においてだ。
他の事に関しては、凡人と変わらない。
そのため、行軍を演習でしか経験していないジェネリーとレインの二人は、このタルトゥニドゥ探索での装備などの勝手の違いに対応しきれておらず、サンダーラッツの隊長達が遠征の場数を踏んだ経験値で直ぐに対応した事に感心していた。
「二人共これからだ。焦る必要は無い」
「そうよ。これから私達がちゃんと必要なことは教育してあげるし、今回はナナリーがサポートするわ」
「はい。お二人共、お任せください」
「あ・・・はい!」
「ありがとうございます!」
オーマ達の励ましに、二人は元気な返事を返す。
その表情は、浮足立っていた時と違う、地に足が着いた表情だった。
オーマはそれを見て、二人の心の準備もできたと察し、出発の号令を出した。
「よし!皆、準備はできたな?そろそろ時間だ。出発するぞ!」
「「了解!」」
オーマの号令に、サンダーラッツ全員が気合の入った返事を返した。
そして、タルトゥニドゥへ出発するべくオーマの後に続いた_____。




