カスミの釣り針
タルトゥニドゥ探索当日___。
探索当日の朝を迎え、オーマ達はタルトゥニドゥ山脈麓に一番近いオンデール砦に集まっていた。
普段は数十人位しか居ない砦に、今日は千人を超える人とエルフが集まっている。
そして、物資もどんどん砦の中に搬入されている。
前線基地を作るための野営道具に、柵や塀を作る木材、食料や水など、一般的な軍の野営物資の他、魔法が付与されていると思われる、芸術品の様な造形物も視界に入っていた。
オーマは、そこから少し離れた櫓の上で一人、それらを眺めていた。
眺めながら、今回の部隊と前線基地の規模と設備の内容を推測する。
「常駐する人数は、約二百人といったところか?あの見慣れない魔道具以外は普通の設備だな。あの魔道具次第だが、帝国遠征軍の野営ほどではないか?」
「___そうですね。私もそう思います」
オーマの独り言に返事が返って来た。
振り向いてみれば、カスミが搬入作業の様子を見ながら、オーマの横に並んできた。
「カスミ様!?護衛も連れずに出歩いてよろしいのですか!?」
大使という立場の有る身にも拘らず、一人でフラフラとオーマの所にやって来たカスミに、オーマは警戒以上に驚きを露にした。
「フフッ・・・よいではないですか。ここは安全ですし、これから暫くは護衛を連れて歩く窮屈な旅が始まるのですから、それまで一人で羽を伸ばしたいのです」
「は、はぁ・・・」
「それより、あの魔道具は結界を作るための物ですね。造形は独特ですが、魔法術式はアマノニダイの物と似ています。変っているのは見た目だけで、そこまで珍しい物ではありません。ですが、あっちの塗料は珍しいです」
言われて、カスミの指差す方を見てみれば、濁った青緑の液体が入っている大き目の透明な瓶が数十本、荷台に積まれているのが見えた。
「あの塗料が何か?あれにも何か魔法が込められているのですか?」
「と、いうよりも、あの塗料そのものが、魔法によって錬成された物でしょう。魔法によって色が変わるようです。基地の柵や塀に塗って、周囲と同化させる保護色として使うのでしょう。他にも音を遮断する魔道具や、知覚を鈍らせる結界を張る魔道具など、基地を隠すための魔道具が揃っています。他の戦闘用の迎撃設備の魔道具には、見るべきものは在りませんが、あの隠蔽用の魔道具には、帝国には無い技術が使われていますので、興味が湧いてきます」
「はー・・・」
カスミに対して警戒心は有るものの、その解説には感心してしまう。
「凄いですね。よく一目見ただけで、隠蔽用の魔道具だと分かりましたね」
「“一目見ただけ”という訳ではないですよ。こっちに来てから、ただ、偉い人達と世間話をしていただけではありません。ゴレストとオンデール双方の街や軍の設備を見て回っていましたし、高官達からそれとなく聞き出していました。それらの情報と、自分の魔法研究の経験でおおよそ見当がついただけです」
「いえ、とんでもありません。十分すごい事です」
「フフッ。そんなお世辞では、何も出ませんよ?」
「本心です」
本当にオーマの本心だった。
ゴレストに来て約一ヵ月。サレンの事で頭が一杯だったとはいえ、一軍を預かる指揮官として、見るべきものは見てきたつもりだった。
だが、一般に出回っているような魔道具や簡易的な魔法術式ならば、多少はどういう効果が有るのか判断できるが、今まで見たことの無い物に関しては、どういう効果が有るのか見当もつかない。
そのため、カスミほどハッキリと、搬入されている魔道具の判別はできなかった。
外交しながらも、そこまで判別できるカスミには、素直に尊敬の念を抱けるのだった。
「見たことが無い魔法技術に触れられるのは、やはり良いですね。来てよかったです。探索も待ち遠しい」
「魔獣の相手はお任せください。カスミ様が研究に集中できるように、安全を確保いたします。ジェネリーとレインも引き続きそばに置いてお役立てください」
「頼りにしてよいのですか?」
「もちろんです。我ら雷鼠戦士団の現在の任務は、カスミ様の魔法研究のサポートですから」
「クス・・そうでしたね。・・・では、ものは相談なのですが___」
「はい。なんでしょう?」
「魔獣の捕獲はできますか?特に上級クラスの魔獣です」
「バッ!?_____」
“バカ言ってんじゃねぇ!!”と、口から出そうになったが、オーマはこれをなんとか抑えた。
討伐ならともかく、上級魔獣の捕獲など、命がいくつあっても足りはしないだろう。
勇者候補の子達が居たとしても、現在の彼女たちの実力では難しいはずだ。
とはいえ、第一貴族からの相談を無下にできるわけもないため、必然的にオーマの返事は決まる。
「か、可能な限り、善処いたします・・・」
「フフフ・・・ごめんなさい。さすがに無茶でしたね」
「あ、いえ、あの・・・」
「気にしないでください。魔族の捕獲は自分でやるから大丈夫です」
「えっ!?カスミ様が魔族の捕獲をなさるのですか!?」
「ええ。せっかく、この地に滞在するのですから、魔族の研究だってしたいじゃないですか」
“するのか?”ではなく、“できるのか?”と問いたかったのだが、どうやら愚問らしい。
遠回しに、オーマ達の力など当てにしていないとでも言う様な嫌味を言われ、(カスミが意図して言ったかは分からない)気分を害したオーマは話題を変えた。
「滞在ですか?もしかして、カスミ様は前線基地ができたら、そこに残られるおつもりですか?」
「もちろんです。そうでなければ、研究者として参加する意味がありません。ゴレストとオンデールとの交流は、残った高官達に任せます」
「な!?・・・だ、大丈夫なのですか?なんというか・・その、帝国を離れても・・・」
「大丈夫ですよ。すでに本国から許しは得ています。帝国第一貴族としての立場はありますが、それはあくまで魔法研究のための立場です。クラース達が私に望むものも、私自身ではなく、研究成果ですから、帝国を留守にしても問題ありません」
「は、はぁ・・・」
「むしろ、この新たな環境で、帝国では得られない新たな知識を得られる方が、私にとっても帝国にとってもメリットになります」
「なるほど・・・」
ただ自分の作戦に利用するためだけのタルトゥニドゥ探索だったが、第一貴族達の中でここまで話が膨らむとは思っていなかったため、オーマは内心でかなり驚いていた。
だが、改めて考えると、大国でありながら、この柔軟かつ素早い行動力こそ、帝国の恐ろしさと言える。
「その行動力も、カスミ様の魔法に対する探求心の成せる技なのですね。すごいと思います」
敵の立場とはいえ、見習うべきだと思い、オーマは素直に感心の言葉を口にした。
「オーマ殿は、私の魔法に対する探求心を認めてくださるのですか?」
「はい。見習うべきところが多く、尊敬致します」
「・・・では、やはり貴方を頼りにしてもよろしいですか?」
「え?・・・ま、魔獣の捕獲ですか?」
「それは、まだ頼りにするのは難しいでしょう。勇者候補の子達が、もう少し成長しなければならない筈です。私がオーマ殿に頼りたいのは、私にとっての“未知”です」
「“未知”・・・カスミ様の知らない魔法に関する知識を、集めるのですか?」
「そうです。今回の件といい、オーマ殿はろうらく作戦のために、世界中に足を運ぶことになります。そして、その先で、帝国には無い私の知らない魔法に関する知識を得るはずです。それを私に提供して頂きたいのです」
「なるほど____」
____オーマは、自分の頭を高速で働かせる。
普通に考えれば、敵の立場の者に、得た知識を伝える必要なんて無い。
正式な命令ではないし、勇者候補の籠絡が最優先なのだから、いくらでも断る言い訳はできる。
適当に了承して流せばいい。
だが____
(カスミに近づくチャンスじゃないか?)
ゴレストに来る道中から度々感じていた、カスミと第一貴族の仲につけ入る隙。
その隙を突く、チャンスではないだろうか?
(この探索の後、カスミがタルトゥニドゥに残って研究に没頭するなら、クラース達の目の届かない場所でカスミに会うことができる。この話に乗るのは、カスミに会う良い口実になる)
周囲に怪しまれず、誰も居ないところでカスミに会えるチャンスだと、オーマは考える。
(何か新しい知識を得る度に、カスミに会いに行けば____)
クラースとカスミ、帝国とアマノニダイを切り離すチャンスが来るかもしれない。
「____分かりました。カスミ様が新たな魔法の知識を得るというのは、帝国の魔法技術の発展へと繋がり、我ら末端の兵士の恩恵となるもの。喜んでお引き受け致しましょう」
「ありがとうございます。オーマ殿」
そうお礼を言ったカスミは柔らかい笑顔を浮かべていて、第一貴族らしくなく、本心から喜んでいるようにオーマには見えた。
搬入作業が進み、出発時刻も近づいて来たため、オーマとカスミは世間話を切り上げ、オーマは仲間の所に戻ると言って頭を下げ、その場から立ち去って行った____。
カスミは、サンダーラッツの所に戻るオーマの背中を見送った後も、一人その場に残っていた。
「これで後は、前線基地を作れば、一先ず私の任務は終わる。オーマは私の垂らした釣り針にかかって、会いに来てくれるようになるかしら?念の為、この作戦が終わった後に、もう一度仕掛けておきましょう。・・・まあ、個人的には、掛かっても掛からなくても、どちらでも良いのですが・・・・・フフッ」
正直、クラースから頼まれた帝国大使役もオーマを釣る役も、カスミにとっては面倒でしかなかった。
だが、オーマがタルトゥニドゥ探索を提案してくれたことで、魔法研究の楽しみができた。
これでさらにオーマが乗ってくれば、他国の魔法知識や勇者候補を研究する機会を得られるかもしれない。
そう思うと、嬉しさがこみ上げてくる。
本音を言えば、オーマの事も帝国の事も、魔法の研究さえできれば、カスミにとって、どうでもよい事だった。
だが、オーマにとっては不幸にも、オーマの提案でカスミは楽しみができて、自分に与えられた役割に本気になってしまっていた___。




