ろうらく作戦会議:ゲスト二人(2)
「タルトゥニドゥの探索についてだが、デティット、どこまで分かっている?知っていることを説明してくれ」
「___分かった」
タルトゥニドゥの探索は、今日の会議で決まったことなので、サンダーラッツの一同は詳細を知らない。
なので、会議に参加していたデティットに説明を求めた。
「本日、ダルク王とバノミア最長老、そして、カスミ大使の三人で行われた代表会談で、ゴレスト、オンデール、ドネレイム、アマノニダイの四か国共同で、タルトゥニドゥ探索事業を行うことが決定した。その後、高官達の会議で、十日後にタルトゥニドゥへ探索隊を派遣することが決まった。サンダーラッツの皆のも、明日にはカスミ大使から伝え聞くだろう」
「十日後ですか?」
「意外とゆっくりだな」
「少数精鋭の部隊だったら、そんな日数必要ない」
「・・・デティット。それだけの準備期間が有るという事は、探索隊は結構な規模になるのか?」
「その通りだ。というのも、会議の結果、今回の探索ではタルトゥニドゥ山脈に長期で探索・発掘を行うための前線基地を置くのが目標だからだ」
「前線基地ですか・・・」
「俺達からしたら、サレンちゃんを含む、少数でよかったんだがなぁ」
「話が大きくなりましたね」
「仕方ないわね。事業として成果を上げるなら、それ位しないと。ちまちま探索隊を送っても、発掘作業は進まないもの」
「基地を作ってしまった方が、結果として、時間も予算も抑えられる」
「でも、決定して直ぐに前線基地を置くなんて、ずいぶん思い切ったな」
「それは一度、ゴレストとオンデールだけで探索をしていたのが大きな要因です。その時の探索で、ドワーフ遺跡も見つけていますし、そこまでのルートも分かっていますから」
「でも、そのドワーフ遺跡って、住居区画だったんですよね?」
「住居が在るなら、その近くに他の施設も在るでしょう」
「なるほど。今回の探索はそのルートを辿って、そのドワーフ遺跡付近に基地を設置するのが目的なんだな」
「そうだ。だから、基地の設置と維持が可能な人員が導入され、魔道具も搬入される。そのため、探索隊の総員は、千を超える人数が動員される予定だ。そして、その探索隊の隊長、つまり責任者はカスミ大使だ」
「「はぁ!?」」
探索隊の隊長がカスミと聞き、サンダーラッツ一同は驚きの声を上げた。
「カスミもタルトゥニドゥに行くのか!?」
「そうだ」
「な、なんで、わざわざ・・・」
「自分の立場分かってんのかしら?」
「団長が、カスミはタルトゥニドゥ探索に食いつくだろうと言ってましたが、まさか参加までするとは・・・」
「食い付き過ぎ。邪魔」
「だなぁ・・・」
カスミも一緒に参加する事が分かると、皆はやりづらさを感じたのだろう、不満をこぼし始めた。
「まいったなぁ・・・これじゃー、カスミの能力を探れないし、サレンに反乱軍の話を持ち出すこともできない」
中でもオーマは、この事態を深刻に悩む。
このタルトゥニドゥ探索でのオーマ達の目的が、“カスミの能力を暴く”と、“サレンと距離を縮め、反乱軍に加える”の二つだ。
だが、どちらも達成するのが難しくなった。オーマが悩むのも無理はない。
デティットはそんなオーマを見て、やれやれといった表情で話し掛けた。
「落ち着け、お前達。私の話はまだ終わっていない。カスミ大使が隊長に名乗りを上げた時に、こちらの作戦の弊害になると思って、ちゃんと手は打った」
「そうなの?」
「デティット。本当か?」
「本当だ」
「さすが姉さん。で、どうしたんだ?」
「別動隊の編成を提案した。前線基地を置くための部隊編成なら、建設作業をする非戦闘員の職人も連れて行く事になる。そんな探索隊が魔獣に襲われたら被害が大きくなる。そこで、被害を減らすために、索敵班とは別で、ドワーフ遺跡までのルートを先行して道中の魔物を狩る、魔獣討伐隊の編成を提案し、カスミ大使はこれを許可した。メンバーは四か国の精鋭。つまり、ここに居る者達とサレン様だ」
「では、我々はサレンと一緒に行動できて、カスミとは別行動を取れるのですね?」
「そうだ」
デティットの報告を聞いて、その場に安堵の空気が流れた。
「何だよ。そういう事なら、先に言ってくれよ」
「お前達が話を最後まで聞かず、早とちりしたのだろう?」
「でもデティット、よくその提案通せたわね。周りから何か言われなかった?」
通常、複数勢力が混在した部隊編成を提案したら、大概はあらぬ疑いを招く。
探索先で、魔獣の襲撃に見せかけ暗殺するだの、囮として利用しようとするだの、人材の引き抜きをするだの、色々勘ぐられたり、邪魔されたりするのが普通だ。
「いや。言われる前に、カスミが話に乗って来たからな。そのカスミも事情を知っているからか、こちらの言う事に何も言ってこなかった」
「じゃー、周りにもカスミにも邪魔されず、条件も付けられず部隊編成できるってこと?」
「そういうことだ」
「・・・・・」
「どうしたの?団長?」
「いや、カスミの裏が読めなくてな。デティットの話じゃ、カスミはただ本当にタルトゥニドゥの探索をしたいだけみたいだろ?」
「それは私も思ったぞ。お前達から話を聞いていたから、会議の時に何か言われると思ったが、奴は探索に参加する事以外で何かを言ってくることは無かった」
デティットにそう言われ、オーマは更に眉間にシワを寄せた。
「本当に探索したいだけとか?」
「いや、ウェイフィーちゃん。さすがに無いんじゃないか?」
「エルフの魔法研究者とはいえ、三大貴族と共に行動する第一貴族ですしね」
「仮に、本当にカスミが探索に行きたいだけだったとしても、そうと決めつけて行動するのは軽率だろう」
「石橋を叩いて渡るべきですね」
「となると、やはり、ジェネリーとレインには引き続き、カスミを見張ってもらう必要があるな」
オーマの声は明らかにトーンダウンした。
上級の魔物も出没するような場所には、二人も行動を共にして欲しかった。
「大幅に戦力ダウンね」
「でも、サレンちゃんは一緒だろ?」
「サレン様が居るからと油断するなよ?タルトゥニドゥは本当に危険な場所だ」
「もちろんです。ベヒーモスなどの上級魔獣も出る場所で、油断などしません」
「イワの言う通りよ、デティット。ウチには上級魔族相手に油断するバカも、ビビるバカも居ないわ。そうでしょ?皆?」
「はい!」
「心得ております」
「もちろんだぜ」
「お任せ」
「ほぉ・・・」
「素晴らしいですね」
メンバーは皆、気合の入った表情で意思表示し、デティットもアラドもそれに感心した。
カスミの思惑やタルトゥニドゥの危険度など、サレン以外の不安材料に対しても、メンバーの士気が高いことにオーマは安堵した。
「それじゃ後は、サレンをどうやって反乱軍に加えるか、って話ね」
タルトゥニドゥ探索の内容を把握し、皆の意志も確認できたので、ヴァリネスが残った最後の議題を持ち出した。
「えーと。親しくなり過ぎる前に、反乱軍に誘うんだっけか?」
「そうだ。親しくなる前だと、萎縮させて距離を置かれる可能性が有り、親しくなり過ぎた後だと、自分の力を当てにして近づいたと思われて距離ができたら、関係を修復できなくなる可能性が有る」
「実際どうなんだ?サレンちゃんって、そういう所は敏感なの?」
「敏感だな」
フランからの質問に、デティットは即答した。
「特に最近は、周囲も明らかにサレン様を当てにしていますしね」
「では、どれくらいの距離感なら誘えるのでしょう?」
「デティットとアラドはどう思う?団長はどれくらいの距離とタイミングで、サレンを反乱軍に誘うべき?」
ヴァリネスに聞かれ、アドバイザーの二人は、二人とも目を閉じ、腕を組んで、考え始めた。
少しの間の後、先に目と口を開いたのはアラドの方だった。
「正直、分かりません。戦争の事と、自分を当てにされている事は、サレン様の中でかなりデリケートな問題になっています」
「そうだな。私やアラドも、その手の話題は避けている。オーマやヴァリネスがサレン様と距離を縮められたのは、二人が帝国の人間で、自分の事を当てにする気など無いと思っていたから、気楽に接することができたというのも有ると思っている。だから、そのお前達がその手の話をするのは、かなりサレン様を落ち込ませることになるだろう」
アラドに続いて、デティットも目と口を開いて、そう告げた。
「なら、どのタイミングで話をしても、リスクがありますね」
「なんだよ。それじゃー、サレンちゃんを反乱軍に誘うこと自体、難しいじゃねーか」
「「うーん・・・」」
サレン攻略のアドバイザーの二人にそう言われて、一同は悩み込んでしまった。
「思わず反乱軍の話に乗ってしまう状況を作るとか?」
「それって、どんな状況ですか?副長?」
「いや、ゴメン。思い浮かばない。タイミングがダメなら、シチュエーションかなって思っただけ」
「でも、せっかく一緒にタルトゥニドゥで行動するのですから、その状況は利用したいですね」
「ジェネリーちゃんの時みたいに、ピンチを演出して恩を売るのは?古典的だけど、効果は有ったじゃん?」
「いや、無理だろ。あの時はジェネリーが、まだ未熟だったからできたんだ。サレンは現時点で俺達より強い」
「そうね。自分達より遥かに強い相手には、使えないわね」
「むしろ助けてもらって、恩を売られる側」
「才能を自覚してなかったジェネリーさん。才能を自覚しているけど、上手く使えないでいたレインさん。二人と違って、サレンさんは自分の才能を自覚していて、ある程度開花もさせていますからね」
「魔法や戦闘に関して、我々が助言したり、恩を売ったりできる相手ではないな」
「なんだよ。なら、そもそも、団長の得意分野でアピールできない相手じゃんか」
サレンの性格上、反乱軍に誘う良いタイミングは無い。
さらに、タルトゥニドゥ探索というシチュエーションを活かそうにも、サレンが魔導士としてオーマ達より格上のため、戦いで良いところを見せるのは難しい。
なかなか良い案が出てこない。
サレン攻略の難しさに皆が頭を抱え、時間だけが過ぎて行った。
しばらくして、フランが諦めた様に口を開いた。
「なー?やっぱり、俺達じゃなくて、姉さん達から誘ってもらった方が良くないか?」
「む・・・」
「ん・・・」
「ちょ、ちょっと!?フラン!?」
「いや、姉さんの気持ちも分かるぜ?自主的というか、嫌々は良くないって感じ?同感だよ。でも、反乱軍に絶対入れるなら、リスクの有るやり方より確実な手が有るなら、そっちの方が良くないか?気持ちの問題は反乱軍に入れてから、ってことで」
「そんな・・デティット将軍とアラド団長の気持ちも考えましょう。フラン」
「でも、一理ある」
確実に仲間にできる手段があるのに、わざわざリスクのある手段を使う必要は無い。
そのフランの意見はもっともだった。
だからこそ、デティットもアラドも、気まずくても反論はしないのだ。
だが、二人の心中は複雑だろう。デティットは特にだ。
アラドは同族ゆえ、まだ“国のために”と割り切れるだろうが、デティットはそうはいかない。
反乱軍の事、ろうらく作戦の事、帝国の脅威、魔王の脅威、これらの事全てにおいて、デティットはサレンに対して罪悪感を募らせている。
オーマは、サレンだけじゃなく、そんなデティットに対しても、巻き込んだ責任を取ってやりたいと感じ、なんとかデティット自らサレンを戦場に誘わなくて済むように取り計ろうとして、ある考えが浮かんだ。
「____なら、こちらの意図が見透かされない様に、反乱軍の話を出すか?」
「団長。どういうこと?」
「俺達からではなく、デティットから反乱軍の話を持ち出してもらうんだ」
「?サレンちゃんの勧誘を姉さんにしてもらうってことだろ?」
「いや、違う。サレンの居る場で、デティットが俺に対して、“お前が反乱軍のリーダーだろ?”って、話を持ち出すんだ」
「ああ、なるほど。デティットが反乱軍の存在を知っていたことにして、団長が首謀者だとサレンの前で暴いて見せるのね」
「そうだ。デティットがサレンの前で俺にそう指摘してくれれば、それ以降で俺達は、“サレンを巻き込みたくない”というスタンスが取れる。サレンに反乱軍の事を知ってもらった上で、俺達はこのスタンスを取りつつ、サレンが自主的に反乱軍に入るよう促していくんだ」
「なるほど。それならリスクを背負う事無く、サレンにアプローチできますね」
「でも、アプローチとしては弱くなるでしょ?それで反乱軍に入れられる?」
「俺は入ると思う。サレンは戦う事が嫌いなのではなく、人々が傷つくのが嫌いと言っていた。サレンには、勇者としての人格が備わっているんだ。人々が傷つく中で、帝国や魔王の問題を避ける子ではないと思う」
「フム・・・。団長はこう言っているけど、デティット、アラド。二人から見てどう?」
「オーマさんと同意見ですね。サレン様は、大人しく見えても芯の強い方ですから」
「アラドと同意見だ」
デティットもアラドも、はっきりとオーマの提案に賛成の意思を示した。
「・・・じゃー、決まりか?」
「そうね。デティット?いいんでしょ?」
「ああ。サレン様を嫌々戦場に連れ出すよりは、遥かにマシだ」
「よし!なら、サレンを反乱軍に誘う基本方針はできた。これから、その詳細を詰める____」
こうして、サレン攻略の方向性が決まった。
この基本方針を軸に、オーマ達は探索での役割や立ち回りなど、綿密な作戦を立てていくのだった___。




