準備は着々と進んで
「___それでさ、本当にすごいんだよ、ベルヘラの市場って。その市場に入る前から、屋台の美味しい香りが漂ってきて、どの料理も安いしさ、“よーし!今日はここで食い倒れてやる!”って気分になるんだよな」
「フフフッ♪何ですか?それ♪」
ゴレストの共存エリアのカフェで、オーマの話にサレンが穏やかな表情で笑っている____。
デティットとヴァリネスもさっきまで一緒にいて、四人でお茶を楽しんでいたのだが、途中でヴァリネスがお酒を買いたいと(オーマとサレンを二人きりにするために)言い出して、デティットと二人で今は席を外している。
それから、オーマとサレンの二人きりでの会話が続いていた。
オーマとサレン二人きりになっても、初対面で話した時のような固い雰囲気と緊張感は、今はもう無かった。
オーマ達がゴレストに来て数週間が経ち、暦は八月に入ろうかというところ、オーマは特訓の成果もあって、この数週間でサレンとの距離を縮める事に成功していた。
最初の頃は、特訓でも上手く立ち回れなかったため、軟派な態度と硬派な態度のバランスが取れず、軽薄な口調で、“痛いナンパ野郎”みたいになったり、軍指揮官みたいな口調で、“ミリタリーマニアのおっさん”みたいになったりしては、デティットやヴァリネスに怒られ、更にはアラドからもダメだしされる始末だった。
だが、それでもオーマはめげず(というよりヴァリネスにめげさせてもらず)ヴァリネスの特訓→サレンとの実践を繰り返していくうちに段々と慣れていき、それに応じてサレンの警戒心も解けて、日常会話で笑顔を見せ合える距離になっていた。
最も、オーマにとっては、これからが肝心。
そのため、表情には出さないが内心では緊張し、慎重に気を回していた。
「ベルヘラですかぁ。良いですねぇ・・・デティットもヴァリネスも楽しい所だと言っていたので、興味あります。今は海水浴のシーズンなのですよね?海かぁ・・・行ってみないなぁ・・・」
「そうだな。俺も夏の海を楽しんでみたい。みんなで行けたら良いな。俺達と、デティットとアラドとサレンの皆でさ」
「わぁ♪良いですねぇ♪にぎやかで楽しそうです!」
「ああ。きっと楽しいだろう。そうだ!その時はゴレストやオンデールを案内してくれたお礼に何かプレゼントするよ。そうだな___」
オーマは、距離を縮めるためのプレゼントの中身を、頭の中で考える。
(水着はセクハラになるから論外だろう。なら、服か?ベルヘラでレインとデートした時に、レインが着ていたサマードレスなんてどうだろう?いや、あれはちょっと露出高めだから、年の離れた男がプレゼントすると引くか?・・・なら、帽子やサンダルは?いや、ファッション自体避けた方が無難か?食事とかの方が・・・でも、それは既に、ここでしているし・・・皆で旅行に行くのだから、もう少し踏み込みたいところ・・・)
ヴァリネスの特訓(中でもクシナにセクハラ発言した時の事)を参考にしながら、サレンと自分との立場と距離を計算して、品物を選んだ。
「____帽子なんてどうだ?普段、森に居るから日差し除けで、帽子をかぶる機会はあまり無いだろ?」
オーマは結局、ファッション系の中で一番色気のなさそうな帽子を選んだ。
「え?でも悪いですよ」
返って来たサレンの反応は、喜びではなく、遠慮だった。そのことに少しショックを受ける。
だが、このまま引き下がっても進展しないため、しつこくならない様に言葉を選びながら押してみる。
「そうか?でも、ベルヘラは日差しが強いから、あった方が良いと思うぞ?そんで、デティットやヴァリネスと一緒に、それに似合う服を選んでもらうと良い。女性陣曰く、皆でワイワイ騒いで服を選ぶのは、旅行の醍醐味らしいぞ?サレンはそういうの嫌か?」
「いえ・・・してみたいです」
「なら、そうしろよ。皆で楽しく買い物するんだ。俺の提案は、それに少しだけ俺も交ぜてくれって話だよ」
「せっかく一緒なのに、少しで良いんですか?」
「ああ・・・。ずっとだと疲れる」
「フフッ♪・・・・何か分かります。オーマさん、そういうの苦手そうです」
「分かるか?」
「はい。何となくですけど」
「そうか。なら、尚の事、遠慮なんかするな。俺は女に気を使える男じゃないからな、だから女も俺の財布に気を使わなくでいてくれた方が気楽だ」
そう言って、おどけて見せたオーマに、サレンはフフフッと笑ってくれる。
本当に旅行に行くことになるかは分からないが、会話自体は楽しんでもらえているようだった。
「気を遣えないなんて、そんな事無いですよ。オーマさん、最初はちょっと怖かったですけど、今は真面目で優しい方だと思っています」
「こ、怖かったのか?俺が?」
自分が予期せぬ悪印象を持たれていたと分かり、オーマはショックを受けた。
「少しですよ。軍人の方だけあって、立ち姿にスキがなくて迫力がありましたし・・・それに・・・」
「そ、それに?」
「それに、最初に会ったばかりの頃は、ちょっと挙動が怪しかったというか・・・急にテンション上げて、ナンパな態度で話をしたり、延々と固い表情で真面目な話をしたりして・・・なんか無理をされている様でした」
「___グフッ!!」
図星を突かれて、オーマは血反吐を吐いた。
「あ!?い、いえ!あの・・ちがっ!・・・で、でも途中で、それは私達との距離を縮めようとしてくださっているのだと分かって、それからは、怖くなくなりました」
「ほ・・・・本当ですか?」
「本当です。それからは、なんかむしろ可愛かったです。」
「___グフッ!!」
“可愛い”と言われ、オーマは再び血反吐を吐いた。
「あ~~、ご、ごめんなさい!大人の男性に可愛いとか言ってしまって!」
「い・・・いや、大丈夫だ」
若い女の子に、“可愛い”などと言われたことが無いオーマは、受け身が取れなかった。
「で、でも本当に嬉しかったんですよ?帝国から使者の方が来ると聞いた時は、どんな人が来るのか不安だったんですけど、オーマさんもヴァリネスも良くしてくださって・・・二人に出会えて本当に良かったです。お二人は、外の世界で初めてできた友人です」
サレンに友人と言われて、オーマの心が弾む。計画とは関係なく、素直に嬉しかった。
障害が多かったため、ジェネリーやレインより時間が掛かったが、一ヵ月ほどでオーマは“友人”に昇格できた。
「そうか、こっちとしても、誠意が伝わって良かった。変なおっさんと思われたままだったら、使者がどうのという以前に、人として普通に落ち込む。・・・仲間達にもイジられるだろうしな」
「お仲間の皆さん・・・サンダーラッツの皆さんですね。お見かけしたことはありますが、会ってお話したことは無いです」
「近い内に紹介するよ。大丈夫だ。全員、俺より社交性が有るから、直ぐに仲良くなれるよ」
「フフッ。・・・どんな方々なんですか?」
「ん?そうだな・・・そういえば、仲間の事はあまり話してなかったっけ?」
「詳しくは聞いたことないです。たまにオーマさんの昔話に出てくるくらいで」
まだ反乱軍に誘う前段階なので、軍事関連の話題を避けてきた。
そのため、オーマとサレンとの会話に、サンダーラッツのメンバーが登場することは稀だった。
(そういえば、あいつ等とはもう長い付き合いなのに、プライデートな付き合いって少ないよな・・・会議や任務が終わった後に酒や食事をするくらいだ・・・)
サレンと会話しつつ、心の中でもっとメンバーとプライベートな付き合いがあった方が良いかな?とも思うが、“上司にプライベートな時間に付き合わされるのは、今の時代どうだろう?”なんてことも思ってしまう。
「デティットとアラドから、イワナミさんとフランさんの話は良く聞くんです。軍の方からも。お二人はゴレストやオンデールの軍事訓練に参加しているらしくて、お酒を飲みに行ったりもしているそうです」
「おお?どんな調子だ?あの二人は上手くやれているか?」
「えっと・・・イワナミさんは、とても大柄な方で、最初は怖い印象があったそうですが、今は面倒見の良い方だと評判です。・・・フランさんも、“男性の兵士”の皆さんからはフレンドリーで面白い方だと評判なのですが・・・・」
「・・・な、なのですが?」
オーマは、サレンの“男性の兵士”という言い方に嫌な予感を覚えた。
「女性の兵士の皆さんの間では、その・・・なんというか・・・賛否両論あるようで・・・何と言ったら良いか・・・・」
「あ、いや、大丈夫・・・・それで分かったよ、サレン。ありがとう」
間違いなく、嫌な予感が当たっているのだと分かり、帰ったら説教すると決めた。
「ま、まあウチで問題起こしそうなのは、そいつくらいだ。フラン以外のメンバーは、自信もって紹介できるから、楽しみにしていてくれ」
「あ・・・はい♪」
サレンの返事は、今までのオーマとの会話で一番明るく嬉しそうな返事だった。
オーマは何がそんなに嬉しかったのか気になり、サレンに聞こうとしたが、サレンの方からぽつぽつと話始めてくれた。
「サンダーラッツの皆さんとも仲良く成れたら良いですね。もちろん私だけじゃなく、他の方とも。デティットから聞いたのですが、各国の高官の皆様も交流は良好だそうです。このまま皆が仲好しになれば、お互いに争わなくて済みますね」
「・・・そうだな」
サレンが嬉しくなったのは、どうやら四か国の交流が順調で、争いを回避できそうだと思ったからのようだ。
オーマはそれが分かると、サレンの心の優しい性格に好感を持つと同時に、自分に対しては、まだあんな表情を見せていないことが気になった。
(・・・やはり、まだ距離があるんだな・・・サレンの友好的な態度は、あくまで“オンデールのエルフとして、争いを避けるため”というのが残っていて、友好的で誠意もあるが作られたものだ。“友人”という言葉は出たが、まだ“親しい人物との自然な距離”じゃないな・・・)
さっきの友人発言に喜んだのも束の間、オーマは冷静に自分とサレンの距離を把握する。
サレンの言動からも、距離感の曖昧さが見られることから、恐らく現在は、お互いの立場を超えたり超えなかったりという微妙な距離なのだろうと考える。
そして、お互いの距離を把握すると、今後の展開に対して思う事があった。
(サレンはタルトゥニドゥ探索の事についてはどう思っているのだろう?もう耳には入っているはずだ。アラドから聞いた限りじゃ、前に参加しているから、今回も参加はするだろうが、好意的なのか義務的なのか・・・本心が知りたいな。詮索していると思われない様に、上手く会話を誘導できれば・・・やってみるか?)
オーマは、これから更に距離を縮める上で、一番のイベントになるであろう、タルトゥニドゥ探索におけるサレンの思いを探ってみることにした。
「俺は付き添いみたいなもんだから、高官達の交流の詳しい事は知らないんだが、サレンは何か聞いているか?」
「あ、はい。デティットやアラドだけじゃなくて、長老たちからも聞いていますが、友好的な交流が行われているそうですよ。ゴレストやオンデールからも、帝国やアマノニダイに使節団を送ることにもなりましたし、四か国で交易を結ぶ話や、共同事業を行う話も出ているそうです」
「共同事業?この四か国で、どんなことをするんだ?」
「タルトゥニドゥにあるドワーフ遺跡の発掘です。ゴレストの高官の方々が積極的に誘っているらしくて、一番話が進んでいるらしいです」
「へぇー・・・ゴレストが言い出したのか?」
「はい。長老が言うには、ゴレストは他の三カ国に比べて国力や魔法技術が劣っているから、自分達主導で事業を立ち上げて、主導権を握りたいのだとか・・・」
「ふーん・・・」
ナナリー達から順調だと報告を受けてはいたが、相手側がどう思っているのか分からないでいたため、オンデール側からのオーマ達の工作活動の話が聞けて内心喜んだ。
(どうやらオンデールの連中も、話がゴレストから出たからタルトゥニドゥの共同発掘に疑問は持っていないようだ)
それならば後はサレンの気持ちを探るだけだと、オーマは話を進めた。
「もし、タルトゥニドゥの共同探索をするとなったら、サレンも参加するのか?」
「はい。そのつもりです」
「お、おお・・・そうか」
「どうしましたか?」
「いや・・・やけにあっさり言ったから、正直意外だった。サレンの事は、争い事が嫌いな子だと思っていたから、探索とはいえ命懸けの戦闘が行われる場所には行きたがらないんじゃないかなって思っていた」
オーマがそう言うと、サレンは先程までの柔らかい笑顔と雰囲気を捨てて、凛とした表情と姿勢でオーマと向き合って答えてくれた。
「確かに争いは苦手ですが、戦う事が苦手なわけではありません。自国の者でも、他国の方でも、人々が傷つくことが嫌なのです。人々を守るためなら私は戦います。タルトゥニドゥの探索は危険ですし、正直、最初は乗り気ではありませんでした。ですが、探索に行ったときに魔獣と遭遇して、私が行った方が被害が減ると分かりました」
オーマは、サレンは争いが嫌なのだと思っていたが、正確に言うと、争いによって人々が傷つくのが嫌いという事らしい。
争いが嫌いと、人々が傷つくのが嫌いは、ほとんど似た意味だが、少し違う。
この少しの違いは、オーマにとって重要な事だった。
何故なら、人々が傷つくのを止めるためならば、サレンは戦場に立つ覚悟があることを意味しているからだ。
争いを嫌って、傷つく人々を放って置く気はサレンには無いということだ。
(___やはり勇者候補だな)
サレンは、臆病者なのではない。
ジェネリーやレイン同様、世のため人のためならば、戦う勇気を持っている。
個性は違えど、二人同様に勇者となれる人格があると、オーマは感じた。
サレンの示した意志に、オーマは関心を寄せ、改めて頼りになる信頼できる人物だと思った。
そして同時に、“付け込まれるだろうな”とも思うのだった・・・。
サレンの示した意志は、言い換えれば、“人々が傷つかないようにするためなら戦う”という事にもなるだろう。
クラース達第一貴族なら、世間知らずで純真なサレンを相手に、戦う理由を用意して言いくるめ、自分達の都合通りに戦場で利用するなど、造作もないことだろう。
オーマは、そんな第一貴族達からサレンを守ってやりたいと思うと同時に、第一貴族と同じ様な手段でサレンを反乱軍に加えるつもりでいる自分が居る事にも気付いていた。
勇者候補の女の子が第一貴族に利用されない様に、自分が勇者候補を利用するという、己の矛盾に複雑な思いを抱くのであった___。




