ろうらく作戦会議:サレン編(2)
フラン、ウェイフィー、イワナミの、ろうらく作戦を仕掛けるべきという考えと、ナナリー、クシナ、ロジの、ろうらく作戦は仕掛けず反乱軍に誘うべきという考えで、意見が二つに割れる。
その隊長達の意見を、ヴァリネスは一度整理する。
「えーと・・・つまり、口説かないで反乱軍に誘えば、どこまで親しくなってもサレンを萎縮させて失敗する可能性が有って、ろうらく作戦を実行すれば、勘づかれて失敗する可能性があるのと、後にろうらく作戦が判明した場合に離れる可能性が有ると・・・・」
無論、これが全てではないが、サレンの性格上、どの手段でも失敗する可能性が今までで一番高い相手だった。
そのことをサンダーラッツの全員が感じ取って、口を閉じてしまった。
ロストの家のリビングに沈黙が流れる。
それを破って、口を開いたのはクシナだった。
「私はやはり、口説かずに反乱軍に誘うべきだと思います」
「感情論?」
「否定はしないわ、ウェイフィー。でも、先に反乱軍の話を出せば、萎縮させても可能性が無くなるわけではありません。その後も誠実に根気強く向き合えば、仲間にできるかもしれません。ですが、口説いてから反乱軍に誘って、口説いたのが彼女の力目当てだと分かった時に拒絶されたら取返しがつきません」
「ろうらく作戦を実行する方が、リスクが高いと言いたいのね」
「はい」
「クシナらしい意見。でもいいかも」
「ウェイフィー」
反対意見を持っていたウェイフィーがクシナの意見に賛成し、その事で会議の流れが変わった。
「そうだな。どっちも決め手に欠くし、どっちにもリスクがある。ならば、一番リスクが低い手段でいいかもしれない」
「周囲の状況も、あまり危険な真似ができる状況じゃないしなー。いいんじゃね?」
クシナのこの意見で、真面目に反乱軍に誘うか、口説いた後に反乱軍に誘うかという話は、真面目に反乱軍に誘うという方向でまとまった。
「そうなると、反乱軍の話をどのタイミングで持ち出すかが重要になりますね」
「そうね。今日のサレンの感じだと、いきなり誘っても間違いなく萎縮させちゃうだろうし、だからといって親しくなり過ぎてからだと、誘った時に“自分に近づいて来ていたのは自分の力が目当てだったんだ”って思われちゃうかもしれないし・・・」
ロジとヴァリネスのやり取りに、フランは疑問を抱いて割って入ってきた。
「でもよ。デティットの姉さんが誘えば、嫌々でも反乱軍には加わってくれるんだろ?なら、もしもの時はデティット姉さんに頼ればいいじゃんか。そんなに頭を悩ませることか?」
「それはダメよ。サレンの加入はあくまでも私達の手で行う必要が有るわ」
「何でだよ。姉さんに頼まれたからって、そこまでして筋を通す必要は___」
「あるわよ。ろうらく作戦は、私達が勇者や勇者候補と敵対する可能性を防ぐためでもあるんだから、団長を中心に、私達との間にも絆を深める必要があるわ。デティットやアラドを通じて反乱軍に参加させても、私達とサレンの間に絆はできないでしょ?デティットとアラドとの関係はあくまで、利害が一致しているだけ。デティットとアラドに任せたら、万が一デティットとアラドと意見が割れたときにサレンと敵対するかもしれない。第一貴族が、何故、団長を生贄にしてでも勇者に楔を打とうとしているのか考えてみなさい」
「サレンさんと敵対する可能性を無くすには、デティット将軍やアラド団長経由ではなく、ボク達が直接サレンさんとの間に絆を持つ必要があるんですね」
「そういうこと。だから私達は自力でサレンを籠絡しなくちゃいけないの」
「え!?ちょっと待って下さい!」
ヴァリネスの言葉に、クシナは思わず声を荒げた。
「何?クシナ。静かにしない。私に静かにしろと注意したのはあなたよ?」
「サレンさんを籠絡するんですか?さっき籠絡はしないって____」
「それは反乱軍に誘う段階の話よ。最終的には籠絡して、敵対しないように楔を打つわ」
「そ、それでは第一貴族の連中と同じでは・・・」
「今更ね・・・そうよ。だって、金、地位、物、色じゃ帝国に敵わないんだから、私達が勇者を繋ぎとめる方法は“情”しか無いの」
「ですが・・・・」
「良心が痛む?」
「はい・・・副長は痛まないのですか?」
「痛むわね。でも、この件では良心より保身か勝るわ」
「う・・・」
ヴァリネスの言葉と表情には有無を言わせぬモノがあり、クシナは何も言えなくなってしまった。
絶句したクシナを気遣ったのか、指揮官として非情な発言をしたヴァリネスを気遣ったのかは分からないが、イワナミが嫌な空気が流れないように、直ぐに話題を変えた。
「だが難しいでしょうね。彼女は内向的な性格のようですし、国柄もある」
「お国柄ですか?ゴレストやオンデールという国自体に、サレンさんを内向的にさせて、作戦の弊害になる要素があるのですか?」
「その通りだ、ロジ。ゴレストもオンデールも保守的で鎖国的だ。今日、デティット将軍と街を回って感じただろう?」
「え、ええ・・・」
「ああ」
「確かに」
今日のデティット将軍との交流を思い出して、イワナミが言わんとしている事を皆が察した。
「国民の殆どが、我々を歓迎する様子が無かった。あれではサレンも表立って我々と仲良く交流するのは難しいだろう」
「確かにそうね。私と団長がサレンに会った時も周囲の視線はそうだったわ。本人には気にする様子が無かったけど、だからといって、そのまま交流していたらトラブルが起きるかもね」
「何か公に、サレンが私達と行動を共にする大義名分があった方が良い」
「そうね。あの子は“神の子”と呼ばれるくらい影響力の有る子だし、上手くやるなら国民感情を考慮した方が良いかもしれないわね」
「国民感情を考慮しなければならないのは、サレンだけじゃない。ゴレストとオンデールの高官達もだ。いや、彼らにこそ気を使うべきだろう」
「国民があの雰囲気じゃ、高官達も弱気な態度は見せられない。だから直ぐに友好的にとはいかない。もっとも、高官達も友好的にする気が無い。普通に調略すのはムズイ」
「そういや、デティットの姉さんもそんなこと言ってたっけ・・・」
「なら、やっぱりデティットが言う様に、高官達の調略は内密に搦め手でいきましょう。ナナリー、行けるんでしょ?」
「はい。初日の挨拶で、もう何人か私に気付いた者が居ります」
「じゃあ、高官達の調略の基本方針は決定ね。___で、やっぱり問題はサレンよね」
一旦、話がゴレストとオンデールの高官達の調略の方に逸れたが、そちらは直ぐに方針が決まり、議題は再びサレンに戻ってきた。
「さっきの話の途中で出ましたけど、何か公でサレンさんと行動を共にできる大義名分があった方が良いと思います。彼女は“神の子”と呼ばれるほどこの国で認知され、影響力があるといっても、役職を持っているわけではないので、使者の私達と一緒に居るのは不自然ですから」
「そうね。その方が甲斐性無しの団長も、サレンと話易くなるでしょうし・・・皆、今、何か思いつく?サレンと私達が一緒に居ても不自然じゃない言い分とか、イベントとか・・・」
「「う~ん・・・」」
突発的に上がった議題に一同は直ぐには案が出せず、再びロスト家のリビングに沈黙が流れる___。
今度、それを破って、口を開いたのはフランだった。
「やっぱ、ほら、あれじゃね?お祭りとか、パーッと大騒ぎするようなイベントが良いんじゃね?誰が誰といてもいいようなさ?」
「良いですね!高官の方達はもちろん、国民の皆さんとも親しくなれれば、サレンさんといても違和感が無いですよね!」
「そうそう!国を挙げて大々的なお祭りをやるんだよ!」
「却下」
「反対です」
「同じく、だ」
フランの提案にロジか乗って、会話が一瞬盛り上がるも、ウェイフィー、クシナ、イワナミに速攻で反対された。
ヴァリネスも三人と同じ意見だったが、ロジが賛成していたので口では反対しなかったが、苦笑いを浮かべていた。
「な・・何でだよ・・・そりゃー酒が飲めるとか、ナンパのチャンスとかも思ったけど、ちゃんと真面目に考えたんだぞ・・・」
「ナンパとか・・・・そんなこと考えていたのですか・・・」
「この状況でよくも考えれたものだな・・・」
「真面目でも下心でも、お祭りはダメ。却下」
「ど、どうしてですか?」
疑問を持つロジに、ヴァリネスが罪悪感を顔に出して説明した。
「うーん。ごめんね、ロジくん。ロジくんの意見を否定したくは無いんだけど、宗教国家で祭りを行うのは、よろしくないの」
「そうなのですか?」
「うん。お祭りって、本来は神を祀る行事だからね。私達が勝手にこの国で祭りを開けば、“我らが主神マガツマを否定する行いだ!”って、マガツ教に批判されちゃうかもしれないのよ」
「場合によっては、私達が入信することになる。最悪、既成事実として“入信した”ことにされる」
「そんなわけで、宗教国家で神様が絡む言い分やイベントは、火種になるからダメなのよ」
「そうでしたか・・・」
「むう・・・・」
ヴァリネス達の説明にロジは納得の様子だったが、フランは少し拗ねて、皆を煽ってきた。
「じゃー、どんな手だったら良いんだよ。お前らには、何か意見があるのか?」
「「う~ん・・・」」
フランにそう返されて、ヴァリネス達は黙ってしまう。
フランの意見を否定したものの、自分達に対案があるわけではなかった。
「うーむ。祭りがダメだという意見を変える気は無いが、確かに俺達にも良案があるわけじゃない・・・」
「そうよねー。政治も宗教も絡む内容だし・・・」
「そう簡単には思い浮かばないですね・・・」
「むずい」
「「う~ん・・・」」
再びリビングに沈黙が流れる___。
今日の会議は進みが悪いようだった。
その一番の原因は、議題ではなく、会議に参加せず、落ち込んで黙っているオーマのせいだった。
その事をオーマ以外のメンバーは内心で分かっていた。
そして、会議に参加しないオーマにストレスを溜める者も出始めるのだった____。




