絡み合う事情
ロストの家でデティットに会った次の日、オーマはサレンに会う予定を報告するべく、カスミが滞在しているホテルの部屋に来ていた。
「___もう、サレンと会えるようになったのですか?」
普段無表情のカスミが少しだけ眉を上げた。
昨日の今日で、もうターゲットに接近する機会を得たオーマに驚いている様子だった。
「早いですね・・・・一体どうやったのですか?」
カスミが何気なくそう聞いてくる。
だがオーマは、カスミが怪しんで探りを入れている気がして、慎重に答えた。
「実は、サレンの友人であるデティット将軍は、西方連合の戦で、私に借りがあると思っているのです」
「借りがあると・・“思っている”・・とは?向こうが勝手に思っているという事ですか?」
「はい。西方の戦いで勝敗が決して、ゴレスト軍が撤退する際、我々はポーラの包囲を優先して、ゴレストを追撃しませんでした。彼女はそれを“見逃してもらった”と誤解し、恩を感じていたようです」
「・・・そうですか」
カスミが納得しているのかは分からないが、辻褄は合うだろうと思い、オーマは話を進める。
「そういうわけで、我々はターゲットに接近するべく、今日は別行動を取らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろん、それは構いません。それがあなた方の役目なのですから。行くのは全員ですか?割り振りはどうなっていますか?」
「ハッ。サレンに会うのは私と、副長のヴァリネス・イザイアの二名です。デティット将軍の友人であるアラド氏の案内で、オンデール軍の見学という名目で、オンデール領内の砦に入り、そこで紹介してもらいます。後のメンバーは、この共存エリアを把握するべく、デティット将軍に案内をしてもらいます。貴族のジェネリー嬢だけ、使用人のレインと共にカスミ所長たちとご一緒させていただいて、各国の高官の皆様と交流させようと考えておりますが、構わないでしょうか?」
「それで結構です。ただ一つだけ、個人的なお願いがあります」
「私にできることでしたら、何なりとお申し付けください」
オーマは内心でイラッときたが、断れるわけもなく、平然とした態度で即答した。
「オンデール領内で珍しい魔法などを見たら教えてください。特にサレンが魔法を行使した場合は、どんな些細な事でも報告を上げてください」
「かしこまりました」
「では、下がって結構です」
「失礼します」
オーマは丁寧に頭を下げて部屋を出ると、ヴァリネスと合流するべくホテルの廊下を歩く。
(・・・・サレンの力を見たら報告しろ、か。自分じゃできないのか?魔法の観測をしているのは、カスミで間違いないと思うが・・・特定の条件が必要なのか?広範囲での魔力の観測ができるのだから、その可能性は高いが・・・せっかく、カスミと一緒に居るんだ。ストレスを溜めるだけじゃなくて、奴の力の一端でも知りたいものだ・・・)
帝国の魔法技術の根幹を支えるカスミの力を解明する事は、反乱を起こす上で重要なことだとオーマは考えている。
特に、魔王の誕生を予測したり、勇者に成れそうな素質ある者を見つけたり、魔力を観測・分析したりといったカスミの諜報力はバグスのカラス兄弟以上で、反乱軍にとって脅威となる。
ろうらく作戦を行う上でも、カスミの“目”を掻い潜って実行しなければならない。
そのために、ジェネリーをカスミに同行させて、事情を知るレインにカスミを見張るように頼んだのだ。
カスミの魔導士としての力の底は見えないが、レインとジェネリーの二人なら、万が一にもカスミと戦闘になったとしても大丈夫だろう。
(レインが何か見つけてくれればいいけど、期待は薄い。そう簡単にカスミは手の内を見せないだろうからな・・・せっかくエルフの里に行くのだから、俺の方でも何か調べられるかもしれない・・・アラドさんに聞いてみよう)
そんな事を考え、オーマはヴァリネスと合流した後、アラドの待つ集合場所へと向かうのだった____。
共存エリアのオンデール側の出入り口で、アラドと合流したオーマとヴァリネスは、サレンの居る砦へと向かう。
オンデールは広大な樹海だが、軍事施設は国の外周に点在しているため、共存エリアからは近く、歩いて行ける距離だとアラドは言う。
これは、オンデールが国外への軍の派遣を考えておらず、自国の防衛だけを考えており、防衛・見張り・巡回が軍事行動のメインとなるためだ。
複数の砦が国境に点在しており、そこから見張り塔が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、オンデールを守る結界となっているそうだ。
「結界か・・・アラドさん、見張りや巡回をする際は、索敵のために何か特殊な魔法を使ったりするのか?」
「すまない、オーマさん。反乱軍に加わったからと言って、軍事機密までは今はまだ言えない。教えられるのは、一般に公開されている情報だけだ」
「謝ることじゃないわよ、アラド。団長も無茶なこと聞かないでよ」
「そうか・・・・そりゃそうだな」
「何か気になることでもあるのですか?」
アラドから相談に乗るような素振りを見せてくれたので、オーマはカスミの事について相談してみようと思った。
「カスミがどうやって、サレンの才能を発見したのか気になっていてな・・・人間やエリストエルフの勇者候補なら分かるが、ラルスエルフはゴレスト神国以外とは交流が無いだろ?」
「確かに・・・それに、サレン様はオンデールとゴレストの者達としか交流していません。カスミはサレン様と会ってもいないのに、その力に気付いたことになりますね」
「カスミの力は謎が多いんだ」
「魔王の誕生を予測したり、勇者候補を探し出したりね」
「ラルスエルフの魔法技術ならカスミの能力について、何か分かるんじゃないかって・・・」
言われてアラドは考え始める。どうやら、オーマの相談内容にアラドも興味を持ったようだ。
「・・・・サレン様の能力を見つけたのは、カスミという人物で間違いないのですか?」
「まず、間違いない」
「正解かどうかは断言できませんが、魔導士が帝国からオンデールに居るサレン様の力を観測できるとしたら、千里眼という魔法を使用した可能性が考えられます」
「千里眼?」
「かなり遠く離れた距離から、発生した魔法の魔力とその属性なんかを観測する魔法だそうです」
「へー・・・聞いたことないわ。ラルスエルフはそんな魔法が使えるの?」
「いえ、使える者は居りません。ただ、その魔法を使用できるヴァサーゴという上級悪魔の存在を知っているだけです」
オーマもヴァリネスも聞いたことのない魔族の名前に、眉をひそめた。
「ヴァサーゴ・・・聞いたことないな」
「カスミはその千里眼って魔法が使えるのかしら?」
「それは無いでしょう。カスミという人物がどれ程かは分かりませんが、エルフ族では無理だと思いますよ。本当にごく一部の上級魔族しか使えないらしいですから」
「本人が使えなくても、使える存在を召喚できるかもしれないぞ」
「そんな・・・彼女はそれほどの存在なのですか?」
「可能性は有るわよ。勇者候補を除けば、エリストエルフで一番の魔導士なんだし」
「まさか・・・・」
アラドは信じられないといった表情で、否定的な態度を見せる。
オーマも否定したいところだが、カスミは魔法に関しては得体が知れなさ過ぎて、否定しきれない。
とは言え、現状ではこの話は先に進まないと考え、話の方向を変える。
「アラドさん。千里眼とやらの対策って何かないか?」
「何時、何処で、どこから見ているか分からないものなんて、見つからないように魔法を使用しない、というくらいしか対策できません。ですが魔法である以上、その魔法の効果を阻害したり、打ち消したりすることで、対策が可能だと思います」
「そういう事ができる人物や魔道具に心当たりは?」
「・・・お一人だけ、いらっしゃいます」
「・・・・サレンか?」
「はい・・・。あの方の静寂の力ならば、千里眼を防げると思います」
「魔法の効果そのものを打ち消す力ね・・・・とびっきりのチート技よね。これは是が非でも、反乱軍に加わってもらいたいわね」
「ああ。そうだな」
「よろしくお願いします」
「あら?アラドはサレンを加えることに賛成なの?団長の話じゃ、デティットは躊躇いがあったらしいけど?」
ヴァリネスの質問に、アラドはこの話をした時のデティットと同じ様な複雑な表情を見せて、口を開いた。
「そうですね。確かにサレン様を戦場に立たせたくはありません。ですが、デティット将軍から西方連合の戦いの話を聞いて、考えが変わりました。今、帝国を中心に、人間は急速に魔法技術を発展させています。エルフの方が長寿で魔術に長けるからと高を括って、閉鎖的な国のままでは魔法技術で後れを取る日が来るでしょう。そうなれば、オンデールは弱小国となり、再び迫害を受ける恐れがあります。今のオンデールは、良い伝統を残しつつ、古い考えを捨てて、国を発展させるべき時期だと思います。そして、そういう方向に国を導くには、英雄と呼ばれる先駆者が必要です」
アラドは真剣な眼差しをオーマに向けて話す。
アラドもデティットと同じように、個人としてはサレンを巻き込みたくはないようだが、国を思えばサレンが必要で、戦場に立ってもらわなければと、考えているようだ。
アラドはデティットと違い、サレンと同国の同族だからか、国の問題は自分と同じ様にサレンの問題でもあると見ているのだろう。
サレンを当事者として見ているのだ。そこがデティットとの違いなのだろう。
「なるほど。アラドさんはサレンが無関係だと思っていないんだな」
「当然です。ラルスエルフの皆のために、私に役目がある様に、サレン様にも役目があるはずです。そういった意味で、反乱軍のお話は転機だと思いました。だから応援しますよ、オーマさん」
「あ、ああ・・・・」
アラドにそう言われ、緊張してきたオーマは強張った表情を浮かべた。
「・・・どうされました?」
「気にしないで、アラド。団長は女性とコミュニケーションを取るのが苦手なの」
「は?え、でも雷鼠戦士団には女性の方いますよね?それに、勇者候補のお二人を籠絡したのでは?」
「メンバーは付き合いが長いだけだ・・・ジェネリーとレインは、皆が手を貸してくれたからだし・・・」
「あーもう!まったく!二人口説いているのに、まだ自信が持てないの?この素人童貞!」
「うっせぇ!」
逆ギレするオーマに、ヴァリネスは“仕方がないなぁ”といった風に盛大にため息をついて、オーマを励ます。
「はぁ・・・もう。大丈夫よ。私も居るし、アラドだって応援するって言ってんだから」
「そう、それだ。いいのか?アラド?」
「はあ・・・私も、サレン様には自分の意志で反乱軍に入って頂きたいですし、別に本当に口説き落とすのではないのでしょう?あくまで、帝国の目をごまかすための建前だと思っているのですが・・・」
「それはそうだけど、もし本気になっちゃったらどうすんの?」
「それはもちろん、オーマさんに責任を取ってもらいます」
アラドはきっぱりと言い切った。
「え?」
「“え?”では、ないでしょう?何を驚いているのですか?デティット将軍も私も、オーマさんが責任を取るというから、サレン様を紹介するのですよ?」
「団長・・・そうだったの?」
「え?え?あ・・・いや、その・・・・・・・はっ!!」
言われて昨日のデティットとの会話を思い出す。
確かにオーマはあの時、“巻き込んだら責任を取る”と言った。
(いや・・・・あれは、戦いに巻き込んだら、って意味だったんだが・・・そっちの意味にも取ったのか?ど、どうする?・・誤解を・・・・)
誤解を解こうとアラドの顔を見れば、アラドは有無を言わせぬ表情をしている。
(・・・・だめだ。とても誤解だとか言える雰囲気じゃない・・・)
誤解だと言ったら、どうなるか分からない雰囲気をアラドから感じ取る。
そして、アラドがこの調子なら、デティットはもっと言える雰囲気ではないだろう。
「あ。砦が見えてきましたね。それではオーマさん、よろしくお願いします」
「頑張ってね。団長」
「あ・・・うあ・・・・ああ」
ビビったオーマは、結局その話は切り出せないまま、ラルスエルフの砦に到着する。
(なんか、ベルヘラから、どんどん別の意味で追い詰められていっている気がする・・・・)
話がややこしくなり、オーマは不安で頭を抱えつつ、砦の中へと入った___。




