デティットと作戦会議
オーマとデティットの二人は、ロストの家で会ったばかりだったが、直ぐに意気投合した。
そして、そのまま今後の動きについて話し合うのだった___。
「さて、オーマ。これからゴレストとオンデールの者達を反乱軍に引き入れていくわけだが、帝国の使節団はどのくらい滞在する?」
「一応、二ヵ月を予定している。だが、勇者候補を引き入れるまでは滞在するだろう。その後は、帝国とアマノニダイの高官達を残して、カスミと俺達は帰還する予定だ」
「勇者候補・・・サレン様か」
「俺に下されている作戦命令については、プロトス卿から聞いているのか?」
「ああ」
そう言うと、デティットはあからさまに嫌な顔をした。
その態度にオーマは引け目を感じ、“申し訳ない”という感情と、“仕方が無いだろう”という感情が入り乱れる。
そして、言い訳を口にしようとしたが、デティットが先に口を開いた。
「ろうらく作戦か・・・全くふざけた作戦だな。一国の将として、調略は理解できるが・・・女としては生理的に無理だな」
「そ、そうだな・・・」
「お前も大変だな、オーマ」
「え?」
「こんな命令をされて・・・やりたくは無かったのだろう?」
「あ、ああ!それは、もちろん!できることならな!」
自分の立場と気持ちを察してくれるデティットに嬉しさがこみ上げてくる。
「ありがとう。軽蔑されると思っていた」
「何で作戦を強制されている者を軽蔑するんだ?そいつが嬉々としてやっているのなら話は別だが、オーマは違うだろう?」
「察してくれて嬉しいよ、デティット。良く分かったな」
「そりゃあ・・・オーマの態度を見ていれば、女の扱いが上手いようには思えないからな」
「う・・・そ、そうか?」
「・・・・童貞か?」
「ちげーよ!一応したことはある!」
「一応?・・・・ああ、なんだ、そうか。素人童貞か」
「ほっとけ!」
淡白に自分の恥部を指摘され、嬉しかった気持ちが吹き飛ぶ。
そしてオーマは、さっさと話題を変えるのだった。
「それで?ゴレストとオンデールの者達は、反乱軍に引き入れられそうなのか?」
「・・・・難しいな」
デティットから帰って来た返事は、意外なものだった。
「難しいのか?プロトス卿から聞いた話では、ゴレストもオンデールも信仰心が強いから、帝国の暴力に屈する者は少なく、反発する者が多いそうだが?」
「それは、その通りだ。今回の外交でも、仲介役のアマノニダイの顔を立てて使者を迎え入れはしたが、ゴレストとオンデール共に帝国に妥協する気は一切ない。仲間に入れづらい理由は反乱軍の方にある」
「俺達の方?」
「そうだ。主人を裏切って反乱を起こそうなどという者は、そいつはそいつで信用されないという話だ。信仰心は神、つまり主人に対する忠誠心といっていい。忠誠心を持たぬ者を、ゴレストとオンデールの者達は直ぐには信用すまい」
「じゃー、彼らを直ぐに反乱軍に引き入れるのは無理か?・・・ちなみに今は、誰か誘っているのか?」
「アラドだけだ。彼は反乱軍に参加する」
「アラド・・・今日一緒に居た、オンデール軍の団長だな?」
「そうだ。彼は友人で信用できるし、協力してくれると分かっていたから誘った」
「それなら、ゴレスト軍の指揮官と、オンデール軍の指揮官が反乱軍に入るから、軍が使えるのでは?」
「いや。他の国ならそうかもしれないが、ゴレストとオンデールではきびしい。良くも悪くも宗教国家だからな。兵士達に対しても、軍の指揮官より教団の司祭達の方が、影響力がある。つまり、軍を掌握するなら、マガツ教の司祭達を抱き込む必要がある」
「マガツ教の司祭達・・・・」
「そして、この者達が一番頑固な連中だ。帝国には絶対肩入れしないだろうが、反乱軍に対しても頑なな態度を取るだろう」
帝国の味方にも、こちらの味方にも成りづらいという事なのだろう。
頑固者と聞いていたが、予想以上に一筋縄ではいかないようだった。
「・・・どうすればいい?」
「信頼関係を築いてから仲間にするのは諦めろ。先ずは搦め手でも良いから、こちらに引き入れろ。信頼を築くのはそれからの方が良い。時間が必要だからな」
「搦め手・・・卑怯な真似をして、それで信用してもらえるようになるか?」
「その後の言動が誠実であれば大丈夫だろう。オーマ次第だ。ああ、もっとも、搦め手の内容にもよるがな。・・・何か手が有るのか?」
「ウチの団員に、昔、イロードで娼婦をしていた団員が居るのだが、そこでイロードに立ち寄ったゴレストの者達を相手にしていたそうだ」
「なるほど・・・聖騎士や司祭だったら良い脅しのネタになるな。ちょうどいいじゃないか」
オーマの中では、割と意を決して言ったつもりだったが、デティットはあっさりと受け入れた。
「・・・意外とあっさりしているんだな。ろうらく作戦に嫌な顔をしたから、嫌がると思ったが・・・」
「あぁん?そりゃー、ろうらく作戦と違って、その脅しの内容は彼らの自業自得だろ?それに、私も兵を預かる指揮官だ。そういった事情は理解しているつもりだ。オーマは違うのか?」
「いや。同意見だ」
「素人童貞でしな♪」
「うっせぇな!」
「ちなみに私は、そういう店は利用してない。そういう事情を理解しているだけだ。誤解するなよ?」
「あ?・・・ああ。別に、デティットがそういう店を利用しているなんて思っていない。というより女が、そういう店を利用するなんて_____」
“居ないだろう”と言い切る前に、ノリノリではしゃぐヴァリネスの姿がオーマの脳裏に浮かんだ。
「_____まあ、居るか・・・普通に」
「うん?」
「いや、気にしないでくれ。とにかく、こういうネタで脅してでも、マガツ教の司祭達を引き入れる必要があるんだな。他に重要な事は?」
「___ある。一番重要なことだ」
デティットは、さっきまでの軽口を言っていた雰囲気からは一転、真剣な表情になった。
「・・・何だ?」
「サレン様だ」
「!?」
「あの方は“神の子”と呼ばれ、その影響力は先に述べた司祭達以上だ。帝国との戦争の可能性が浮上した時、ゴレストは当然一国では対抗できないので、オンデール・・特にサレン様の参戦を望んでいた。ゴレストはオンデールに何かを要求できる立場ではないので、誰も口には出さなかったが、皆サレン様に期待する視線を向けていた。オンデールの者達も、ゴレストに協力したい気持ちはあれど、やはり躊躇う者が多かった。だが、そんな者たちも、サレン様が参戦するならば、という気持ちがあってサレン様の顔色を窺っていた。サレン様はその頃から、両方のそんな視線に晒され続けて心労を溜めていらっしゃる・・・」
「それほどの影響力か・・・」
「ああ・・・・・」
大の大人達が、寄ってたかって一人の少女を当てにする_____。
何とも情けない話だが、オーマも同じ様にサレンの力を当てにしている立場だ。何も言えない。
「俺にその大人達を攻める資格は無いが、その子に掛かるプレッシャーを思うと不憫だな・・・」
「同感だ。私も、これに関しては完全に持て余している。まあ、とにかく、そんなわけでゴレストとオンデールのカギを握るのはサレン様だ。あの方を引き入れなければ始まらんのだが・・・」
「それで?サレンに反乱軍の事を話したのか?」
「いや・・・話して無い」
先程と打って変わって、デティットは暗い表情で顔を伏せてしまった。
その明らかな弱気な態度にオーマは疑問を抱き、質問を投げかける。
「サレンとデティットは、気軽に話ができる間柄じゃないのか?」
「いや、仲好しだ。周りからは姉妹の様だと言われていて、私も実の妹のように思っている。サレン様の人間関係で、恐らく私が一番近い距離に居る」
「・・・なら、デティットが誘えば、反乱軍に加わってくれるんじゃないか?」
オーマは薄々、デティットがサレンを誘っていない理由・・・いや、“誘いたくない理由”を察したが、それでも問うた。
なぜなら、もしデティットがサレンを誘って、サレンが参加してくれるなら、ろうらく作戦は成功という事にでき、サレンを籠絡する必要がなくなるからだ。
元々やりたい作戦じゃない上に、今回の相手は少女だ。
少女を騙す趣味が無いオーマは、問わずにはいられなかった。
「・・・・・」
だが、そんなオーマの質問に対するデティットの返事は無言だった。
そのデティットの態度の意味に、オーマはやはり察しがついていた____
「・・・・実の妹のように思っているサレンを、戦場に立たせたくないんだな?」
「・・・・そうだ」
____予想通りだった。
「本音を言えば、サレン様を巻き込むことなく、帝国の問題も、魔王の問題も解決したい。だが、それは無理だろう。無理だと分かっていて、サレン様を頼るほかないのは、頭では理解しているのだ。それに、私が誘えばサレン様が戦場に立ってくださるのも分かっている。・・・でも・・・いや、だからこそ言えないのだ」
「・・・・デティットが誘えば、サレンは断れず、嫌々でも参加するからか?」
「そうだ・・・・自分勝手なのは理解している・・・だが、すまない・・・・」
「別に謝る必要は無い。誰だって、好き好んで少女を戦いに巻き込みたいとは思わないだろう」
一軍の将として、国を守りたいという気持ち。
騎士として、魔王の脅威を無くし、世を平和にしたいと思う気持ち。
姉として、サレンを戦いに巻き込みたくないという気持ち。
デティットのそれらの気持ちは、オーマには良く分かる気持ちだった。
オーマだって、本当は勇者候補の子達だけじゃなく、サンダーラッツの者達だって巻き込みたくはなかった。
それに、帝国軍に入ったのだって、この世から争いを無くしたいからだ。
だから、デティットのその複雑な心中を察することができた。
巻き込みたくないという気持ちは同じだ。
だが、オーマとデティットでは、一つ違う点が有る。
「___サレンに会わせてくれないか?」
「え?」
「俺からの誘いだったら、サレンが本気で嫌なら拒絶できるだろ?」
「それはそうだが・・・オーマだって巻き込みたくはないのだろう?」
「その通りだ。その気持ちに嘘はない。だが、俺はデティットと違って、もう巻き込んだ人間だ。仲間を巻き込み、既に勇者候補を二人ろうらくして、反乱軍まで組織した・・・後戻りはできない」
「オーマ・・・」
そう、オーマとデティットの違う点は、既にオーマは周りを巻き込んでいるという事。
そうである以上、もう立ち止まることは許されない。
ここで立ち止まることは、巻き込んだ者達に対する裏切りにもなるからだ。
「デティット・・・実は、サレンが真の勇者の可能性が高いんだ」
「なんだと!?」
「少なくとも現在、帝国はそう判断している。それとアマノニダイの事もあって、帝国は、ゴレストとオンデールに強気な姿勢を取れないんだ。だが、それだけに絶対に帝国はサレンを諦めない。必ず、彼女を傀儡にしようとするだろう」
「・・・・・」
「そして、サレンが本当に真の勇者だった場合、間違いなく魔王と戦う運命にもなるだろう」
「・・・・・」
「よく考えてみてくれ、デティット。サレンは帝国に目を付けられていて、魔族からも目を付けられる可能性が有る。そんなサレンを守るにはどうしたら良い?」
「・・・・帝国軍や魔王軍にも負けない勢力に加わってもらう、だ」
「そうだ。実を言うと俺は、最初は自分の身を守れればそれでいいと思っていて、反乱軍まで組織する気は無かった。だが、途中で考えを改めた。もし、自分が籠絡した勇者候補の中に本物の勇者が居た場合、その子は魔王軍と戦う運命だ。なら、その子を巻き込んだ俺が、帝国に代わってその子を一人で戦わせず、一緒に魔王軍と戦う軍勢を用意する責任があるんじゃないかって、そう思ったんだ」
「じゃー、反乱軍は・・・」
「帝国に対抗するためだけじゃない。勇者と共に魔王軍と戦うためでもある。周りの人間を巻き込んだ責任として、帝国軍や魔王軍から自分だけじゃなく、皆を守るために結成したんだ。デティット・・・俺は、サレンを巻き込んだら、その責任を取る!だからチャンスをくれ!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・」
しばしの間、二人に沈黙が流れる____。
それから少しして、デティットが観念したように溜息をついて、口を開いた。
「ふぅ・・・分かった。サレン様に会わせよう。やってみろ、オーマ」
「ありがとう。デティット」
オーマは力強く頷いた、デティットに感謝した。
こうして、オーマはデティットからサレンと会う機会を得たのだった____。




