ゴレスト到着
ゴレストに到着した帝国使節団の一行は、そのまま馬車でゴレスト領内のオンデンラルの森にある、共存エリアと呼ばれる場所へと案内される。
ラルスエルフが統治するオンデール領内には、ゴレストの高官や司祭達でも、そう簡単に入る事は許されていないらしく、オンデールとゴレストの交流の殆どは、共存エリアで行われているらしい。
共存エリアの入口に来ると、馬車の窓から、北方育ちのオーマが見たことも無い巨大な木々が生えた森が視界に入り、新鮮な空気を肺に送ってくれた。
その自然の壮大さを、オーマは口を開けっぱなしで眺めていた。
馬車がそのまま森に入ると、先程以上の新鮮な空気が開きっぱなしの口から入って来る。
その濃い青青とした空気を吸っただけで意識が覚醒し、オーマの気分は高揚した。
少し進むと、広く開けたエリアに出る。
そこには、ゴレストに入国した際にも目にした人間が造ったレンガや石造りの建築物の他、丸っこい形の木材の家や、何の素材でできているかオーマには分からない、クリーム色の艶のある建物やオブジェも目に入ってきた。
そして、歩く人の中にも、マガツ教の修道服を着た人間や、浅黒い肌に尖った耳を持つダークエルフが見られるようになってくる。
自然の偉大さ、新鮮な青い空気、自分の知らない文化と、種族の交流。
オーマは、まるで別世界に迷い込んだ気分だった。
良い気分で任務を忘れて瞳を輝かせていたが、浮かれた気分でいられたのは少しの間だけだった。
よくよくと歩く人たちの表情を見れば、オーマ達に冷たい視線を送っているのが分かった。
猜疑心、警戒心、敵愾心・・・etc、色々な感情が読み取れる。
だが、どの人物のどの表情からも、ポジティブな感情は見られない・・・。
(まあ、そりゃそうだ。歓迎はしないよな・・・・)
彼らの視線は、オーマの気分を現実に戻して、冷静にさせるのに十分な冷たい温度だった。
気持ちの冷めたオーマは、馬車に引っ込んでいようと、馬車のソファに再び背中を預けた。
そうして最後に、チラッと窓から外を見た時、魔導士の格好をした一人のダークエルフの少女と目が合った。
「・・・・・」
「・・・・・」
それは一瞬の事で、馬車はすぐに少女を通り過ぎた。だが、オーマには印象に残る少女だった。
(あの子の表情には、マイナスの感情が無かったな・・・子供だからか?・・・いや、他の子供には睨まれたりもしていた・・・何だったんだろう、あの子。身に着けている装備も、かなりの代物だったが・・・・・)
悪意も敵意も無い、そのダークエルフの少女に、少しだけ慰められたオーマは、今度こそソファにもたれかかり、馬車が目的地に到着するのを待った____。
それから数分後、馬車が止まった。
外に居る護衛がドアを開け、カスミからゆっくり馬車から降りる。その後に続いて、オーマ達も降りる。
周囲を見渡せば、広い囲いの中で、人間が経てたであろう大きな建物の前に居た。
案内役の騎兵から、ゴレストとオンデールの高官達が利用する議事堂だと教えられる。
議事堂の入り口は、大人三人分位の高さがある大きな扉だ。
その扉の前に二人いて、こちらに向かって歩いて来る。
一人は浅黒い肌に軽装鎧を着たダークエルフの青年。
もう一人は、白い甲冑に身を包み、長い黒髪に切れ長の目をした人間の女性だ。
女性の方には見覚えがあった。
(彼女は確か・・・西方連合に居たゴレストの指揮官・・・じゃー、彼女がプロトス卿の言っていた____)
二人はカスミの前に立つと、恭しく頭を下げて自己紹介した。
「ようこそお越しくださいました、ドネレイム帝国の皆様。私はゴレスト聖騎士団団長、デティット・ファイバーと申します」
「私はオンデール魔導戦士団団長、アラド・マイクス・オールズと申します。ゴレストとオンデールは、帝国の皆様を歓迎いたします。どうぞこちらへ」
使節団一同は、使用人と護衛の半分を残し、デティットとアラドによって議事堂の中へと案内された。
議事堂の玄関ホールは、広く明るい。
白塗りの壁に、彫刻の壁画が彫られていて、床と天井に神々しい絵が描かれている。
議事堂というよりは、大きな美術館といった風で、これもオーマの人生で見たことのない内装だった。
好奇心を刺激されたオーマは、下品にならないように周囲を見渡しながら、カスミの後ろを歩く。
一行はそのまま真っ直ぐ進み、中庭に出る。
中庭も見た事の無い花が咲いている花壇と、道中で見た何でできているか分からない素材の噴水があって、ここも幻想的で神々しい風景だ。
そして再び建物の中に入り、一番奥のゴレストとオンデールの要人が待つ部屋へと案内された。
こういう外交の場では、待たせる時間や、案内する道順と時間などで自分達の権威を示すという。
敢えて時間をかけて相手を待たせることで、自分達の立場が上である事を示したりするものだ。
オーマは政治家ではないので専門的な知識は無い。
だが、過去の軍事交渉の経験から、格下の相手ほど交渉の場で少しでも自分達を強く見せようと、小細工をしてきた覚えがある。
デティットとアラドの案内は真っ直ぐ最短であり、時間もほとんど掛けておらず、こちらの立場を下に置くといったような、強がる印象は受けなかった。
(今まで帝国の誘いを断ってきていたから、もっと高圧的な態度で来ると思っていたが、余裕があるな・・・)
変に強がっていない分、自信を感じ、頼もしく思えた。
部屋の中では、ゴレストとオンデールの要人二十人ほどが、大きな円卓の半分を囲って待っていた。
帝国の使者達が部屋に入って来ると、部屋の奥の真ん中に居る二人以外が立って出迎える。
未だ席に座っている二人のうち、一人は人間なら七十歳位の見た目をしたダークエルフの老婆。
そしてもう一人は、少し尖った耳に肌も少し日焼けしたような肌をした、人間にもダークエルフにも見える、オーマと同じ位の年のスポーツマン風の男が座っている。
(ハーフエルフ・・・ゴレスト王家はダークエルフの血が入っている混血と聞いていたが、この方がそうか・・・)
ハーフエルフのゴレスト王とダークエルフの老婆は、カスミ達帝国の使者全員が中に入り、自分達と向かい合うのを待ってから立ち上がった。
「ようこそ参られた帝国の方々。我がゴレスト王、ダルク・フレイバイ・ゴレストル六世である」
ゴレスト王のダルクは、スポーツマンの様な爽やかで快活な見た目と違う、低い威厳のある声で名乗った。
「お招き頂きありがとうございます、ゴレスト王。私は、ドネレイム帝国魔導大臣、アマノニダイ魔法戦術顧問のカスミ・ゲツレイです」
「おお!貴公がエリストエルフの才人、カスミ・ゲツレイか!」
「噂は聞いておりますわ、カスミ殿。ようこそ。わたくしはラルスエルフ族最長老のバノミア・ガイル・オジュンです」
ラルスエルフの代表だけあって、バノミアは凛とした力強さのある澄んだ声で名乗った。
「長旅で疲れているだろう。遠慮なく掛けてくれ」
ゴレスト王がそう言ってパンパンと手を鳴らすと、給仕の者たちがお茶と菓子を運んできた。
それに合わせて各国の高官達が席に座る。オーマ達サンダーラッツはカスミ達の後ろに立つ。
お茶と菓子が用意されたから、各国の高官達の自己紹介が始まった。
お互いにお世辞と世間話を交えた当たり障りない会話と自己紹介だが、どんな情報が自分の計画に役立つか分からないと考えているオーマは、集中してこの場の全員の顔と名前と役職はもちろん、会話の内容まで頭に叩き込む。
そうして、ゆっくり一時間半ほどの時間をかけて、各国の高官たちの自己紹介が終わる。
それから、ゴレスト滞在中の注意事項と約束事、現在組まれた帝国大使の歓迎の催し物のスケジュールが伝えられる。
オーマは当然それらも、気合を入れて頭に入れる。
そして、記憶の作業でオーマの脳が付かれ始めた頃、挨拶が終わり、初日の予定は終了した。
挨拶が終わった後に、オーマはナナリーと話し、ナナリーのネタが使えることを確認しておいた。
帝国使節団には、この共存エリヤにある一番高級なホテルを、宿泊施設として貸し切りで用意された。
ゴレストが外国の賓客を迎えるために建てた迎賓館では、この共存エリヤから離れており、オンデールとの交流が不便になるとのことだった。
ホテルの一室でオーマが頭を休めていると、ドアが一回コンッと小さくノックされた。
その音に反応してドアの方を見ると、ドアの下の隙間に紙が入れられている。
オーマが、その紙を取って見てみると、紙にはメモと地図が書いてあった。
「“プロトスの友人”・・・」
差出人が誰だか分かったオーマは、ヴァリネスに後の事を任せると、一人指定された場所へと向かった。
そして、来たばかりの街で多少迷いそうになりながらも、オーマは何とか指定された家に辿り着いた。
「確か、裏に回るんだよな・・・」
オーマは、手紙で指示された通りに、人目に付かないよう裏へと回り、裏口のドアをコンコン、コンコン、コンコン、と二回ノックを三回した。
すると、返事は無いが、返事の代わりに裏口のドアがギィと開いた。
中に入ると、食糧庫らしき場所で、待っていたのは予想通りデティットだった。
「ドアを閉めて付いて来い」
オーマは静かにドアを閉めて、大人しくデティットに付いて行く。
家は他に誰もおらず、食糧庫に食糧が無かったのもあって、人が住んでいる様子は感じなかった。
だが、部屋の中にはしっかりと家具も置かれているし、綺麗に掃除されてもいた。
そんな家のリビングまで案内されて、そこでようやくデティットは口を開いた。
「・・・久しぶりだな。私のことを覚えているか?」
「ええ。西方連合で、ゴレスト軍の指揮官をされていた」
「プロトス卿に反乱軍の話を聞いて、今日、首謀者のオーマ・ロブレムがあの時の帝国指揮官だと分かって、納得したよ」
「納得?」
「私を殺さなかった理由だよ。あの時、敗走した我々を追撃してこなかっただろ?反乱を起こすつもりだったから見逃したのだろう?」
「それは____」
少し事実と異なる。
オーマが反乱を決意したのは、西方連合との大戦の後だ。
ただ、あの時には既に帝国に愛想が尽きていたので、間違ってもいないだろう。
間違いでもないし、デティットも都合よく解釈してくれているので、細かく訂正する必要のないだろうと思った。
「___まあな」
「あの時、お前が追撃の指示を出していれば、この家の主人同様、私も生きてはいなかっただろう」
「この家の主人?」
「ロストという男だ。長年私の副官を務めてくれていた・・・」
「あの、しんがりに付いていた男か・・・・」
その時の事を思い出し、オーマの中でチクリと罪悪感が芽生え、顔を伏せた。
デティットは直ぐに、オーマが顔を伏せた理由を理解した。
「安心しろ。お前を恨んでなどいない。彼を殺したのはイロードの裏切り者共だしな」
「・・・だが、帝国が侵略していなければ、そもそも戦争自体起きてはいなかっただろう」
「ならば尚更お前を恨むのは筋違いだろう?お前はその帝国に反逆しようというのだから」
「・・・・・」
「それに、帝国のやり方は肯定できないが、主張そのものは理解できる。人類と魔王の戦いの歴史に対しては、いつか終止符を打たねばならないことだ。大局的に見て、ロストを亡くした事を嘆いて、お前に八つ当たりしている時ではない。暴走する帝国に対しても、魔王に対しても、一丸となって対抗する必要がある」
「あ・・・ああ」
デティットは真っ直ぐ澄んだ瞳でそう言った。
その表情には、今日馬車で見かけた少女同様に、恨みや憎しみといった負の感情が無い。
本当に、国のため、世のため人のために大局的にものを見て、自分の意思を示している。
私情にとらわれず、大義を全うしようとするその姿は、まさに高潔な騎士だった。
(・・・・俺もこんな風になりたかったな・・・・)
オーマはデティットの姿に感心し、その騎士道精神に嫉妬さえ覚えるのだった。
「感服しました、デティット将軍。貴方はプロトス卿から聞いていた以上の人物の様だ」
「フフッ・・・では、これからは、その評価が下がらないように、せいぜい励むとしよう。よろしく頼むオーマ団長」
デティットはニヤリと笑って、右手を差し出した。オーマは迷わずその手を取った。
「よろしくお願いします、デティット将軍。後、自分の事はオーマでいいです」
「そうか?なら、よろしくオーマ。私のこともデティットでいい」
「え?ですが、貴方は将軍でしょう?」
「反乱軍に加わったのだ。立場は関係あるまい?君は反乱軍の大将でもあるわけだしな」
「・・・分かった。改めてよろしく、デティット」
オーマとデティットは固い握手を交わす。
お互いが信頼するプロトスが仲介しているというのもあるが、デティットはオーマの帝国に反旗を翻すという気骨に、オーマはデティットの私情にとらわれない騎士道精神に好感を抱いた。
こうして二人は、お互い直ぐに認め合い、意気投合するのだった____。




