クラースが苛立つ理由(後半)
カスミが退室して、ドアが閉まる____。
カツカツと足音が遠くなっていくのを聞きながら、オーマは気持ちを落ち着かせる。
「・・・滑稽だとは思わないか?」
「は?」
気持ちを落ち着かせたい時に、一番一緒に居てはいけない人物と一緒に居たのを思い出す。
「大陸一の軍事大国と呼ばれる我々が、小娘一人二人のために右往左往して・・他国に借りまで作っている」
「・・・・・」
オーマは黙ってしまう。今、クラースに何と言えば良いか分からない。
(そういえば、コイツの愚痴を聞くのなんて初めてだ・・・)
クラースが苦しむのは結構なことだが、それを自分に吐き出されても対応に困る。
嫌いな上司の愚痴なんて、気を遣わないといけない面倒な作業だ。
オーマが内心で、“やめろ・・・もう帰らせてくれ”と思っている最中も、クラースの愚痴は続く。
「____そもそも、このサレンとかいう小娘のせいで、ラルス地方の攻略を一から変更しなければいけなくなったのだ。それがどういうことか分かるか?」
「・・・多くの予算と時間を浪費する事になります」
「そうだ。さらに言えば、私を含め、多くの高官たちがその作業に追われるせいで、他の作業が滞るのだ。うんざりするな」
「は・・・」
“じゃー、侵略するのやめろよ”としか思わない。だが、当然そんなこと言えない。
かといって、気の利いた他の言葉なんて出てこない。
「うんざりすることではあるが、世界の平和のためには、諦めるわけにはいかん」
「は・・・」
____どの口が、“世界の平和”なんて言っているのだろう・・・。
「我々が人類同士の戦いも、魔王との戦いも終わらせてやろうというのに、周囲はまるで理解しない。君に分かるか?この苦労が」
“俺に話を振るんじゃねぇ!”と、表には出さないが心の中でストレスが大爆発している。
話を聞いているだけでもしんどいのに、同意と気遣いの言葉を用意しなくてはいけなくなった___。
「___クラース様の心労は、私ごときでは察するに余りあります。ですが、周囲に無能が多い中でもクラース様の英知のおかげで、帝国の大陸制覇は着実に進んでおります。私も、クラース様の負担を少しでも軽くできるよう、今後も奮迅努力いたします」
歯がゾワゾワと浮いてしまう言葉を並べ、オーマは、“もう帰らせてくれ!”という気持ちで一礼する。
そのオーマの態度に冷静さが戻ったのか、クラースはフゥッと一息ついて、いつもの落ち着いた態度に戻った。
「___すまないな。見苦しい態度を見せてしまった」
「とんでもない事でございます。私ごときでクラース様の気が晴れるならば、いくらでも」
「いや。下の者に不満を漏らすなど、上に立つ人間のすることではない。まして、貴君のように成果を上げている者の貴重な時間を奪って愚痴をこぼすなど、愚かなことだ」
「過分なるお言葉、痛み入ります」
落ち着いたいつもの調子のクラースを見て、ようやく帰れるとホッとする。
「いや、過分などではない。正当な評価だ。君は間違いなく優秀だよ。戦だけじゃなく、謀においてもな」
「ありがとうございます」
「その謀においても実力者である君に頼みがある。聞いてくれるか?」
____まだ帰れそうにない。どころか、新しい任務があるという・・・・・嫌な予感しかしなかった。
「この身はクラース様と帝国のもの。何なりとお申し付けください」
____何にも頼まず帰してほしい。辟易しながらオーマは頭を下げたが、その瞬間緊張が走る___。
クラースの雰囲気が変わった____。
下げた頭を戻して見たクラースの顔は、先程の愚痴をこぼしていた時とは違い、殺気漂う真剣な表情だった。
「う・・・」
その迫力に一瞬、背筋が凍る。
「オーマ・ロブレム。君にカスミ・ゲツレイの監視を命ずる」
「は!?」
意外な命令内容に、思わず声が出た。
まさか、第一貴族から第一貴族を監視しろと命令が出るとは思わなかった。
「・・・・カ、カスミ所長が帝国を裏切るとお考えなのですか?」
「その言い方は正しくない。彼女はあくまでも協力者だ。利害関係でしかない。今までは、魔法研究において利害が一致していたが、オンデールの魔法技術、そしてサレンという研究素材は彼女にとって魅力的だろう」
「そ、それだけで___」
「___それだけではない」
「!?」
「彼女はアマノニダイのエルフだ。そしてアマノニダイは、同族のオンデールとは交流こそ少ないが友好関係にある。もし、帝国がゴレストと共にオンデールも敵に回した場合、アマノニダイはオンデール側に付いて帝国と敵対する可能性が有る。ゴレストはともかく、アマノニダイとオンデールが組めば、帝国にとってココチア連邦より厄介な勢力が出来上がる」
「・・・・」
なるほど、とオーマは納得する。
今までクラースが、ゴレストに対してずっと友好路線で外交していた一番の理由がこれだろう。
ラルスエルフとエリストエルフの共闘_____。
これこそ、クラースが最も恐れている事態なのだろう。
エルフは人間よりも魔術に長けた者が多い。
昔、エルフを支配下に置いていた国が在ったといっても、数の暴力によるもの。
だが、アマノニダイとオンデールは両国とも支配領域が広いため人数も多い。
人間国家と同等の国力がある。
加えて、アマノニダイにもオンデールにも勇者候補が居る。
これだけでも帝国の脅威となるが、サレンはウーグスが真の勇者とみている存在。
もし、本当にサレンが真の勇者なら、帝国の敗北すら有り得る。
今まで帝国に協力してきたカスミを監視するというのは、不義理で胸糞悪いが、クラースが警戒する気持ちは十分に理解できた。
「クラース様は、今回、アマノニダイも外交に関わることに対して、不快感を抱いていらっしゃるご様子でしたが、その理由は___」
「エリストエルフとラルスエルフを引き合わせたくなかったからだ。特に、ラルスエルフは人間から迫害を受けた歴史もあるから、ゴレスト以外の人間に対して牙をむく事もあり得る。万が一にも、アマノニダイも加わって、決起させるわけにはいかないのだ。分かるよな?」
「はい・・・・」
もし、そんなことになったら、全ての人間国家にとっての脅威だ。
人間対エルフの大戦争になる。
そして、そんな戦争が起きれば、魔王の誕生をさらに早めることになるだろう。
人間、エルフ、魔族の三つ巴の大混乱になる。
クラースに命令されたという事を抜きにしても、断れない話だった・・・。
「どんな些細な事でも構わない。見聞きしたことは全て報告しろ。いいな?」
「畏まりました」
「結構。では下がっていい」
「失礼します・・・」
そう言ってオーマはクラースの政務室を出て、直ぐに城も出た。
クラースが苛立っていたり、愚痴をこぼしたりと、珍しいものが見れたが、終わってみれば今まで以上に疲れる内容だった・・・。
(まさか、味方の監視を命じられるとは・・・)
反乱軍として帝国を探り、ろうらく作戦のために他国を探り、帝国のために帝国を探ることになってしまった。
(俺は何処の敏腕スパイだ?ただの軍人だったのに・・・どんどん陰謀にのまれている気がする・・・クソッ!これも全部クラース達、第一貴族のせいだ!)
心の中で毒を吐き捨てながら、気持ちを落ち着かせ、冷静さを取り戻す。
(だが、同時にチャンスかもしれない・・・もし、アマノニダイがオンデールと組む可能性が有るなら、帝国からアマノニダイを引きはがせるかもしれない。場合によっては、カスミを味方にできるかも・・・)
とはいえ、カスミの真意が分からないと危険だろう。
だがクラースの様子からも、カスミ、サレン、アマノニダイ、オンデールは帝国にとって危険な存在なのは間違いない。
今回の作戦を上手くやれれば、帝国からの独立・・・いや、打倒さえ現実味を帯びてくるだろう。
そう思うと、気力は尽きているが、気分は盛り上がる。
そんな事を考えつつ、足早に第一区画を出て、いつものレムザン通りに戻って来た。
(だが、今日はもう疲労もストレスも限界だ・・・考えるのは明日からにして、リデルの所に行こう。ベルヘラから戻って来た時に一回行ったが、また遠出するようなら出発前にもう一度来てほしいって言われていたし・・・・・アソコも限界だし)
クラースとの面会で、いつものように限界を迎えたオーマは、癒しを求めてフラフラとリデルの居る“昏酔の魔女”へと足を向けるのだった_____。
少し時を戻して、オーマが政務室を退室した直後____。
カスミもオーマも退室して一人残ったクラースは、仕事をするでもなく豪華で座り心地の良い椅子に腰掛け、ぼんやりしていた。
そして____
「____クッ♪」
クラースの顔が歪み、冷酷な笑みが表れる。
「クハハハハ♪・・・オーマの奴め、この私に嫌味を言えるようになるとは成長したじゃないか!」
先の面会で“わざと”苛立った際に、オーマが見せた表情を思い出し、クラースは吹き出してしまった。
「胆力は中々に付いた・・・だが、洞察力はまだまだだな。あの様子なら、カスミの監視命令も本気にしているだろう」
クラースがオーマに命じたカスミの監視は、クラースがオーマの真意を探るための罠だった。
カスミをわざわざ呼んだのも、わざと苛立つ素振りを見せ、クラースの監視命令に説得力を持たせるため、一緒に一芝居打ってもらうためだ。
「私が、第一貴族の監視など貴様に頼むわけがなかろうに・・・」
仮に第一貴族の誰かを疑い、監視をするなら、クラースは自分自らやるだろう。
そんな大事な案件は、他人には任せない。
「これで、オーマの真意が分かれば良いが・・・」
もしオーマがこちらの意図(オーマを最終的に殺す)を察して反旗を翻すつもりなら、カスミに近づく可能性が有る。
カスミにもゴレスト訪問中、それとなくスキを見せるように指示してある。
「一番の理想は、オーマがカスミに近づいて、オーマと魔族の関係が判明することだが・・・」
クラースは、マサノリとカラス兄弟が帝都に戻って来た際、ベルヘラでの魔獣事件の報告を受けた。
報告を受けて、クラースもこの事件はオーマと魔族が組んでいる可能性が高いと考えた。
今回、この罠を張った一番の目的は、オーマと魔族の関係を探るためだ。
エルフや勇者候補も危険だが、現状で一番危険なのは魔族だとクラースは思っている。
魔族の暗躍を許して、勇者が覚醒する前に暗殺されたり、魔王の誕生を早められたりしては困るからだ。
だが、この関係を明らかにするのは難しい。
オーマが魔族と組んでいるなら、身内にも黙っている可能性が高い。
理由は勇者候補の存在だ。
歴代、勇者となった者は皆、善良で正義感が強い。
実際に、クラースがジェネリーとレインに会った時、その勇者の人格を持っていると感じた。
そして、この二人なら、魔族にも魔族と手を組む者にも、協力はしないだろうと判断した。
ならば、もしオーマが魔族と組んでいた場合、相当懐深く入り込まないと尻尾を掴めないだろう。
カスミとアマノニダイは、その懐に閉まってある胸襟を開くのに、十分なエサになると思って、クラースはオーマの前に釣り糸を垂らしたわけだが____
「食いつく可能性は五分五分か・・・・だが、まあ、どちらでもいい」
食いつけばカスミに二重スパイになってもらい、利用する。
食いつかなければ、こちらの意図に気付いていないという事で予定通りに進めるだけだ。
クラースの計略に狂いはない。
オーマ、勇者、エルフ、魔族と、誰が相手でもクラースが揺らぐことなど有りはしないのだった____。




