クラースが苛立つ理由(前半)
ナナリーの報告を受けたその日の夜、オーマはドミネクレイム城に入って、クラースの政務室を訪れる。
さすがに、ここを訪れるのも何回目かになるため、もうオーマに緊張といったものは無い・・・・はずだったが、
(カスミ・・・)
クラースの政務室を訪れたオーマを迎えたのは、クラースとカスミの二人だった。
「よく来た。早速始めよう。近くに来たまえ」
「ハッ・・・」
いつもの冷たい口調より、さらに冷たいものを感じながら、オーマはクラースの机の前の定位置まで足を運ぶ。
「以前、君に頼まれていた手配が整った」
「私目の提案にクラース様自ら骨を折ってくださり、感謝いたします」
「ああ・・・」
「・・・・・?」
クラースの態度にオーマは違和感を抱いた。
機械的なのはいつも通りだが、いつもなら淡々としながらも、もう少し労いなどの前口上があったはずだが、さっさと本題に入ろうとしている。
オーマもお偉方に美辞麗句を並べるのは苦手なので、さっさと本題に入るのは望むところではあるが、カスミが居ることもそうだが、クラースの様子がいつもと違うことに緊張が走る。
「こちらのカスミが帝国の大使を務める。君達はそのお供として、ゴレストとオンデールに行ってくれ」
「カスミ所長が?」
オーマは、視線をクラースの横に立っているカスミに移した。
その視線を受けて、カスミはいつもと変わらぬ調子で話す。
「そうです。今回、ゴレストやオンデールに我々を大使として迎えてもらえるようになったのは、アマノニダイの働きかけのおかげなのです」
「____!」
「!?」
ほんの一瞬、クラースの眉が動いて、気配が変わったのをオーマは見逃さなかった。
「カスミの言う通りだ。今まで、帝国は何度もゴレストに交流を図る打診をしてきたが、全て断られていた」
「て、帝国の誘いを断るとは・・・」
___何と頼もしい!・・・そう言いそうになるのを、オーマはグッと堪えた。
(プロトス卿の言う通り。さすが宗教国家だ)
帝国の暴力を背景にした誘いを断るのは、生半可な気概では無理だろう。オーマは素直に感心する。
「そこで我々は、アマノニダイに仲介を頼んだ。アマノニダイからオンデールに働きかけてもらい、オンデールを通してゴレストに働きかけた。そうやって、帝国の使者を迎え入れてもらえるようにしたわけだ。・・・つまり今回の外交は、帝国、アマノニダイ、オンデール、ゴレストの四か国が関わる外交となる」
言われてオーマは納得する。
それなら今回の外交使節団の長はカスミが適任だろう。
マサノリでも務まるだろうが、人間に迫害された歴史を持つダークエルフには、同じエルフ族のカスミの方が心を開きやすいだろう。
さらに、カスミは帝国でもアマノニダイでも要職に就いている人物だ。
そして、クラースの様子がおかしいことにも、何となく察しがついた。
アマノニダイに仲介を頼んだということは、帝国はアマノニダイに借りができたということだ。
国営を担うクラースにとっては面白くないだろう。
オーマは内心で、“いい気味だ!”と思いながら、それを確かめるために嫌味を一発放つ。
「では今回は、アマノニダイが主催の外交という事で、顔を立てる必要がありますね?」
「・・・・・そうだ。いちいち言わなければ分からんか?」
クラースの言葉には珍しく怒気があった____どうやら図星の様だった。
今回、帝国はアマノニダイに借りを作り、面子を潰された形なのだ。
だからといって、友好国であり、帝国の魔法技術の発展を手助けしている、最重要国でもあるアマノニダイには文句も言えず、不満を溜めているのだろう。
自分なんかの嫌味一つで、怒りをあらわにしたクラースを見て、オーマは内心でほくそ笑んだ。
「申し訳ございません。サレンに籠絡を仕掛ける上で、自分達が外交の場でどんな立ち位置になるのかを確認しておきたかったのです。どうかお許しください」
そう言って、オーマは丁寧に頭を下げた。
クラースは何も言わず、手を振ってオーマを許した。
不機嫌な様子が良く分かり、なんだか楽しくなるオーマだった。
だが、それに水を差すようにカスミがオーマに忠告を始めた。
「そうですね。オーマ殿、今回は慎重にお願いします」
「心得ました。ダークエルフの迫害の歴史。オンデールとゴレストの関係。そして、帝国とアマノニダイの関係。全てに配慮し、慎重に事を進めます」
カスミに言われるまでもない。
ラルスエルフにも、エリストエルフにも勇者候補がいるのだから、今回の四勢力が交わる外交には慎重にならざるをえない。
だがカスミは、そのオーマの発言に首を横に振った。
「そうではありません。無論、四か国が親交を深める外交なのですから、できる限り配慮はしていただきます。ですが、言いたい事はそういう事ではありません。貴方に慎重に成ってほしいのはただ一人、サレン・キャビル・レジョンに対してです」
カスミの言い様に、先程とは違う真剣さを感じ、オーマは少し身を竦めた。
「は、はい・・・それはもちろんですが・・・彼女に何かあるのですか?」
「私・・いえ、ウーグスの公式見解として、サレン・キャビル・レジョンが真の勇者である可能性が高いです」
「!?」
カスミの発言にオーマの心臓がドクンッと跳ね上がる____。
先のクラースに対する優越感は、あっという間に消え失せた。
「現段階において・・ですが。もちろん、リストの他の候補者の可能性も有りますし、リスト以外の可能性も残ってはいます。ですが、現段階においてなら、サレン・キャビル・レジョンか、フレイス・フリューゲル・ゴリアンテのどちらかといえます。我々が調べた限りでは、この二人の才は、他の候補者より頭一つ抜けています」
「・・・・・・」
オーマの背筋が凍る____。
実を言うと、オーマは内心、フレイスこそ真の勇者だと思っていた。
ジェネリーとレインも凄まじい力だった。
だが、それでもフライスが勇者だろうと思わせるほど、フレイスの魔術と武勇は衝撃的だったのだ。
サレンという少女が、その彼女と比肩するほどの存在だというのが、オーマには信じられなかった。
「そして・・・サレンは現時点で、既に我々の手には負えない可能性があります」
「え!?」
「“手に負えない”というのは、サンダーラッツが、ではなく、帝国が、です。サレンが戦場に立ってゴレストとオンデールを率いた場合、帝国の全勢力を投入しても勝てる保証がありません」
「はあ!?」
オーマは驚愕の表情を見せる。そして、その表情のままクラースに確認するような視線を向ける。
クラースの返答は、無言の肯定だった____。
クラースが肯定したことで、カスミの言っている事が事実だと分かり、オーマは言葉を失う。
だが同時に、まだ疑惑を拭えずにいる。
今、オーマの所には二人の勇者候補が居る。この二人の力を知っているオーマとしては、本当にサレンが手に負えない人物か疑わしかった。
カスミとクラースがこの件に関して、ウソをついているとは思わないが、フレイスと比肩するという事も、勇者候補が二人いても手に負えないという事も、信じがたいことだった。
「ですので、レインと戦闘になった時のような失敗は許されません。サレンと対立した場合、勇者候補が二人いても勝てるかどうか・・・いえ、私の見解では敗北する可能性が高いですから、くれぐれもサレンと対立することの無いようにお願いします。」
「分かりました。ですが・・あの、疑うわけではないのですが、本当にサレンは手に負えない相手なのでしょうか?勇者候補が二人いる現状でも、対応は不可能だという事でしょうか?」
思い切って、胸の中にある疑問を二人にぶつけてみる。
カスミとクラースは二人共、無言で無表情だったが、少しの間を置いてカスミが思い立ったように口を開いた。
「サレンの能力は歴代の勇者の一人、“静寂の勇者”と同じ能力だと分かりました。“静寂の勇者”はご存じですか?」
言われて、オーマはすぐに頭の中から情報を引っ張り出した。
「静寂の勇者・・・確か、四大神の四属性全てをマスターして、魔法の根源となる力を得て、魔法そのものを無に還すことができたという・・・」
「そうです。源属性ともいうべき、魔法を無に還す能力です。我々が彼女の力を観測した際、その力で上級魔獣の信仰魔法を封じてしまいました」
「上級魔獣の・・・・・封じることができるのは信仰魔法だけですか?潜在魔法もですか?」
「分かりません。彼女の使った魔法は、実在していたのか、それすら分からなかった未知の力。潜在魔法も封じることができる可能性はあります。ですが、できなかったとしても____」
____破格の能力だろう。
片方が一方的に信仰魔法を使用できたら、現代戦争での信仰魔法の重要性を鑑みれば、勝敗は火を見るよりも明らかだ。
(最低でも信仰魔法が使えないという状況では、勇者候補が何人居ても変らない・・・もし潜在魔法は封じることができないのであれば、ジェネリーが一対一でなら対抗できるだろうが、集団戦では勝てないだろう・・・・まったく、なんてチートな能力してんだ・・・・ああ、だからサレンが本命なのか・・・)
カスミがオーマに忠告したのも、クラースがアマノニダイに借りを作ってでも友好外交に徹する理由も、今ハッキリと理解できた。
クラースの苛立ちは、サレンという存在に対してでもあるのだろう。
「・・・・分かりました。対立する可能性は全て排除して、慎重に対応します」
「お願いします。私が申し上げたかったのはそれだけです。後の詳しい事は、ゴレストに向かう道中で打ち合わせましょう。出発は三日後です。では、私は研究の引継ぎを急がないといけませんので、これで失礼します」
「カスミ、ご苦労だった」
「お疲れ様です・・・」
そう言って、カスミは静かに退室して行った____。




