表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート勇者ろうらく作戦  作者: 脆い一人
第三章:静寂の勇者ろうらく作戦
66/318

アイデンティティ

 ベルヘラでプロトスと帝国反乱軍を結成したオーマ達は、プロトスの娘であり、帝国攻略の要であるレインを連れて、帝都に帰還した。

そして、クラースに結果報告をすると共に、次のターゲットをサレンにする旨を伝え、使者としてゴレストへ行く許可をもらおうとした。

 クラースはこのオーマの提案を飲み、オーマ達がゴレストで門前払いをされないよう、大使として迎えてもらえるように取り計らうと言って、協力を約束した。

 それからしばらく間、クラースが準備を整えるまで待つことになる。

 待っている間、特にすることが無かったオーマ達は、レインの歓迎会をしたり、軍事演習でジェネリーとレインを兵士たちと交流させたりして、時間を潰す。

 約一ヵ月経ち、ファーディー歴920年(FD.920)七月。

ベルヘラから帰ってきて迎えた梅雨が終わり、季節はカラッと爽やかな風が吹く初夏を迎えていた____。




 帝都の、軍事演習なども行う農業区画のとある森。

 オーマはレインと二人で、その森の川が流れている場所に来ている。

レインが正式に加わったので、弱点である防護魔法を特訓するためだ。

帝都に帰ってきてからも、オーマは講師となって定期的に授業を行っていた。

 今日もこの森で、熱い日差しと人を避けて、レインはオーマと防護魔法の特訓を行っていた____。


「プラズマ・バリケード!」


レインが魔法を発動すると、レインの半径一メートル周囲に、稲妻がとぐろを巻いて発生した。

バチバチと、触れたものは全て感電させて、消し炭してしまいそうな凶悪な電流が流れる。


「・・・・・」


 それを見るオーマの表情は死んでいる。

レインが使った魔法は、ただ稲妻の壁を作るのでは無く、竜巻のようにとぐろを巻き続ける事で弾く力を強める、“オーマもまだ修得していない”上級魔法だった。


「どうでしたか!?ご主人様!?」


 声を掛けられたオーマの表情は死んでいる。

レインは、“オーマもまだ修得していない”上級魔法を、約一ヵ月で修得してしまった。


「どうでしたか!?ご主人様!?」


オーマの表情は_____以下略。


「ねぇ!!ご主人様ってば!」

「うおっ!?・・あ、ああ・・・すまん、レイン。ちょっと絶望・・い、いや希望か?・・・うん、まあ、その、ちょっと声が耳に入ってなかった・・・」

「もー・・・講師なのですから、しっかりしてください。ご主人様」

「すまんすまん。だがレイン、“ご主人様”は止めろ。兄様でもむずがゆいんだ。ご主人様はジェネリーに言ってくれ」

「えーー!兄様もですか?もう・・・ジェネリーも嫌がるんですよね。公の場ならガマンしてくれるのですが、私的な場だと怒るんですよ?せっかくメイドになったのに・・・」


 そう、レインはメイドになっていた。

服装も、ベルヘラに居た時に着ていたものではなく、帝国で売られている市販のメイド服だ。

ただし、魔法が付与されていて、物理防御も魔法防御も上げてある特注だ。

更に特注の魔法が付与された装飾品をいくつか身に着けており、以前の装備より、攻撃防御ともにレベルアップしている。

 レインがメイドになったのは、反乱軍を結成した時にも話に出た、レインがどういう立場で雷鼠戦士団と行動を共にするか?という問題を解決するためだ。

帝都に返ってきた後、クラースにレインの立場についてと、それに対するセンテージの意向を伝えた。

そして、それに対してクラースが取った措置が、“ジェネリーの使用人にする”というものだった。

 レインの身分は明かせない。かといって軍事学校を卒業していない一般人を軍隊には入れられない。軍属じゃないのに軍と行動するのは不自然。なので、雷鼠戦士団で唯一の貴族である、ジェネリーの使用人という形で、オーマ達と行動を共にすることになったのだ。

 反乱軍の事をまだ知らないジェネリーは最初こそ渋るも、帝国とセンテージ両国の政治的意向があると伝えられ、オーマにも頼まれたため、最終的には受け入れた。

 レイン本人は、プロトスが再婚して子供ができた時にその子の教育係やお世話係をするつもりだったので、その練習ができるとノリノリだった____。


 「まあ、メイドの事はとにかく、魔導士としては目覚ましい成長だ。すごいぞ、レイン」

「えへへへへへ♪」


レインが無邪気に喜んでいる姿はとても愛らしいが、オーマの心中は複雑だ。


(どうなってんだ・・・一ヵ月で、もう新しい上級魔法を修得するとか、意味分からん。しかも、俺でも使えないレベルの魔法を・・・)


 “俺でも”、という言い方に、上から目線を感じるが、軍の中でオーマは実際“上”の方だ。

こと雷属性に関しては、自他ともに認める帝国一の使い手だ。

そんなオーマでも、今さっきレインが発動した魔法は、一年以上練習していてもまだ修得できていない。

帝国一の雷属性魔導士という肩書が完全に虚仮にされる。

その事に、内心で自信を持っていたオーマの精神的ダメージは大きかった。

もちろん、いつかは追い抜かれるだろうとは、レインと戦った時に十分理解していたつもりだった。

だが、あまりにも早すぎて表情が死んでしまう。


(ジェネリーもだが、勇者候補はちゃんと教育すれば、数か月で帝国でもトップクラスの魔導士になりやがる。一ヵ月・・いや、ベルヘラでの特訓を含めて二ヵ月か?どちらにしろ、そんな短期間で抜かれちまった・・・。今なら、イワナミの気持ちが痛いほど分かる・・・)


それは十日ほど前の出来事だった_______。




 ジェネリーとレインが、まだ遠征経験が無いという事で、サンダーラッツで模擬遠征を実施することになった。

内容は帝都の外をグルッと数日掛けて一周するというもの。当然その間に実戦演習も行う。

 そして、模擬遠征を始めて五日目の夜に、ちょっとした騒ぎが起きた。

それは、オーマとヴァリネスが司令部の天幕で、次の演習内容を話し合っている時のこと____


「うおおおおおお~~~!!」


 イワナミが二人の天幕にドドドドドッ!と断わりも無く、号泣しながら押しかけてきた。


「うおっ!?何だイワナミ!?」

「え?何?どうしたの!?・・・壊れちゃったの!?イワ!?」


イワナミの号泣する姿を見たことが無い二人は困惑した。


「団長!副長!自分はもう無理であります!軍を辞めます!」

「・・・はあ?」

「どうしたんだ?急に・・・・」


 二人の前で、イワナミが土下座の態勢で、泣きながら訴えていると、後からジェネリーとロジ、そしてレインの三人が天幕に入って来た。


「イ、イワナミ隊長!大丈夫ですか!?辞めるなんて言わないでください!」

「そうですよ、イワナミさん。考え直してください」

「あーびっくりした・・・突然泣きながら、走り去るんですもん。あ、兄様、姉様、おじゃましまーす♪」

「なになになに!どうゆうこと!?これ?」

「三人とも、事情が分からん。説明してくれ」

「あー・・・実はイワナミさんは先程、休憩中にジェネリーさんと腕相撲して負けちゃったんです・・・」


「「腕相撲?」」


ロジの言葉に、二人は益々理解が追い付かず、眉をひそめてしまった。


「魔法や魔力ならまだしも、純粋な腕力でジェネリーさんに負たことで、イワナミさんのプライドが傷ついてしまったらしくて・・・」

「ご主人様が完全にイワナミさんの上位互換になってしまって、イワナミさんは自分の存在意義を奪われてしまったわけです」

「う、奪ったなどと人聞きの悪い!それとレイン!“ご主人様”は止めろ!」

「なるほどなぁ・・・自身のキャラが壊れ・・いや、違う。自身のアイデンティティを失くしてしまったという事か・・・」

「うおおおおおおおん!」

「ああ!うるさい!・・にしてもジェネリーって、いつの間にそんなに強くなっていたの?何があったの?」

「え?・・・特にこれといって、特別な事はしていませんけど・・・」


キョトンとした表情でそう答えたジェネリーに、イワナミが驚愕の表情を見せて絶望する。


「特別な事をしたわけでもないのに、数か月で負けた・・・・うおお~~~!!」

「ぁあ!もう!うっさイワ!そりゃ、入隊したての18才の子に負けて落ち込むのは分かるけど・・・」

「う、うう・・・団長、自分はもう必要のない人間です。ジェネリー嬢を新しい重歩兵隊隊長にしてください・・・自分は・・・引退します」


イワナミの隊長辞退宣言に、全員が戸惑いを露にする。


「ちょ・・おいおい」

「そ、そんなこと仰らないでください、イワナミ隊長。私が隊長など務まるわけ無いじゃないですか」

「そうよ、イワ。さすがに一度も戦場に出ていない子をいきなり隊長にはできないわよ」

「うう・・なら、せめて、ジェネリー嬢を本隊に異動してください・・・勝るモノが一つも無い自分が、ジェネリー嬢に命令する資格はありません」

「いや・・・あるわよ。隊長なんだから」

「隊で一番強くないと命令する資格が無いと考えていたのか?」

「指揮官の仕事って、そういうものじゃないですよ?イワナミさん」

「分かっています・・・ですが、自分にとっては大事な事なのです。何か一つでも勝るモノが無いと、自信をもって命令できません」

「・・・アイデンティティの問題ですね」

「まあ・・・確かに?軍隊だと、“舐められたら負け”みたいな雰囲気あるしねぇ・・・」


 確かに、指揮官やリーダーの資質は、皆をまとめる力で、一番強くある必要はない。

だが、ヴァリネスも言うように、実際上の者が脆弱だと、下の者に舐められて上手く統率できなかったりもするのも現実だ。特に軍隊などではそうだろう。

やはり強い者の方が尊敬されるし、尊敬されている方が上手くまとまる。

 とはいえ、それは今更だろう。

サンダーラッツの者で、イワナミの実力を認めていない者などいない。

なので、気にする必要は無いのだが、本人にとっては、気にする事だったようだ。

普段そういう雰囲気を出さず、人も能力も適材適所で判断していたイワナミなので、その意外な一面を見てオーマは少し驚いていた。


「意外と気にしていたんだな・・・そういう力の上下関係。ジェネリーが来るまで、タフネスとパワーでイワナミに勝てる奴がいなかったから気が付かなかった・・・」

「ジェネリーさん、本当に強くなりましたね。でも何で、腕力で勝てるようになったのでしょう?こんなに短い期間で筋力って付かないじゃないですか?」

「いや、付くぞ。ロジ」

「え?」

「ジェネリーに限りな。筋肉は、運動して傷ついた筋繊維が回復することによって大きくなる。つまり、回復力によって強くなる」

「あ・・・」


回復力とジェネリーが結びついて、ロジはピンと来た。


「ジェネリーはその回復力で、常人ではオーバーワークになる運動でも、直ぐに回復して運動を続けることができる。そして回復する度に筋力が付く。だから、筋肉が付くスピードが常人より早い・・・異常なほどな」


ジェネリーと初めて会った日、数時間にも及ぶ訓練でも筋肉疲労が無かったのは、今でも鮮明に憶えている驚きの出来事だ。


「・・・じゃあ、ジェネリーさんは・・・」

「身体を酷使すれば、するほど強くなる。軍学校の頃は、一般の生徒と同じカリキュラムだったから、あまり差が出なかったのだろうが____」

「私達と出会ってからは、激戦続きだったものね。ザイールにレインに・・・訓練でも、私達にしごかれて」

「それで、あっという間に強くなっちゃったんですね」

「ベルヘラの港で、レインに圧倒されてたから忘れていたけど、やっぱりこの子もチートよね・・・てか、成長速度でいったら、レインよりジェネリーの方が優れているのかしら?」

「むっ!?ひどい!ヴァリ姉様!私だってやれますよ!ご主人様には負けません!」

「なんだと!?そんなの、やってみないと分からないじゃないか!あと、私をご主人様と呼ぶな!」

「やってみないとも何も、やったじゃないですか!そんで私、勝ったじゃないですか!」

「話を聞いていなかったのか?“今”と“先”の話だ!」

「今もこの先も負けませんけど!?ついでに言えば、“恋”だって負けません!」

「な!?なななな!?」

「ご主人様は、まだ兄様とデートしてないですよね?私はデートだけじゃなく告白もしました!」

「いや、あれ告白じゃなくて、殺害予告だから」


オーマが冷静にツッコミを入れても、二人は止まらない。


「貴っっっ様ーーーーー!!勝負だ!!今すぐ私と決闘だ!!」

「望むところです!!」

「コラーー!!んなもん望むな!副長も止めてくれ!」

「嫌よ!!この二人の喧嘩なんて、止められないわよ!!」


「「___!!_____!?」」


といった具合で、イワナミのアイデンティティ喪失騒動が起きたのだった_____。




(・・・あの時のイワナミもこんな気分だったのかな。俺も自分のアイデンティティを失くす日が来るのだろうか?まあ、命を失くすよりはマシだとは思うが・・・)


 なんとなく無力感を抱いてしまう。

 魔王や帝国に対して、自分達が無力だと思ったから、勇者候補の子達の力を借りようというのだから、ジェネリーやレインの実力と才能が自分達をはるかに凌駕しているのは当然だし、頼もしいはずなのだが・・・


(イワナミが言ったように、自分が全くの無力に成るというのもなー・・・)


今まで、戦場の第一線で戦ってきたプライドがあるせいで、自分が役に立たなくなるのは、流石に“くる”ものがある・・・。

レインに指導しながら、そんなジレンマを抱えるオーマだった____。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ