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チート勇者ろうらく作戦  作者: 脆い一人
幕間ゴレストとラルスエルフ
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静寂の勇者

 ドネレイム帝国、魔法研究機関ウーグスのカスミ専用の研究室_____。

 カスミ専用の研究室は広い部屋ではあるが、本やら機材やらが色々山積みになっており、人が居られるスペースは少ない。

だが、その部屋の角に階段があり、階段を降りると施錠されたドアがある。

この中の部屋もカスミ専用で、禁術ルームとなっている。

魔法研究のため、世間はもちろん支配階級の者たちにもおいそれとは見せられない禁術を行う部屋だ。

中には何も置いておらず、只々広く、薄暗い。

その部屋の真ん中で、カスミは半径二メートルほどの魔法術式を床に敷いていた。

 そして、その術式の上に一人の老人が立っていた。

 黒いフード付きのローブを身に纏い、しわしわの白髪を肩まで垂らしている。

体格は、骨にたるんだ青白い皮を被せただけで、枯れ枝のようだった。

老人は人間では無い。

眉間の上に目玉が一個あり、三つ目だ。そして、長く垂れ下がりそうな鼻はあるが、口はない。

これが上級悪魔ヴァサーゴだ。

 ヴァサーゴは口がないにも拘らず、顔の部分から脳に直接響くような声でカスミに報告する。


「ホノオゾクセイノ、キョダイナマリョクハ、チンモクシマシタ」

「沈黙?・・・それはどういう意味?」

「カイセキフノウ。ゾクセイフメイノマホウノハツドウトトモニ、ジバクマホウノマリョクガナクナリマシタ」

「・・・・魔力で相殺されたとか、術式を解除されたとかではないの?」

「コウテイ。チンモク。ナクナリマシタ」

「どういう力なの・・・その前の複数の高位魔法を使用した人物と同一人物よね?」

「コウテイ。ジバクマホウイガイハ、ドウイツノコタイニヨルモノ」

「・・・・・」


 カスミはさらに頭を悩ませる。

属性が分からない魔法もそうだが、三種の基本属性を使用したなどいう報告もショックだった。

 一人で三種以上の基本属性を扱うなど不可能だと思っていた。

少なくとも、自分がこれまでに研究した限りでは、不可能という結論に至っていた。

ゆえに、同じ人物が三つ以上の基本属性の魔法を使用したなどとは信じ難い。

強力な魔法を使用した者が複数居たと報告されても、それはそれで信じ難いのだが・・・。


「・・・・とにかく。タルトゥニドゥに居た人物を、バグスに特定してもらいましょう・・・それと過去の文献をもう一度・・・・」


カスミは探知した人物の力に動揺しながらも、召喚術式を解除しヴァサーゴを還す。

そして、ブツブツと独り言を言いながら、部屋を後にした_____。






 その数日後、カスミはクラースの政務室を訪れていた。


「・・・“静寂の勇者”?」

「はい、恐らくは・・・サレンの能力は静寂の勇者と同じものかと」


 先の一件を調べた結果を、カスミがクラースに報告する。

クラースは、カスミから出た“静寂の勇者”というキーワードで、記憶を掘り返す。


「静寂の勇者・・・・確か、勇者の伝承に記された人物で、相手の魔力そのものを封じることができる勇者とかいう・・・」

「その通りです」




 静寂の勇者伝説_____。

 ある古い戦乱の時代に、魔王の憑代となったのは一人の少女の“願い”だった。

 その少女は一国の姫だった。

だが、少女の国は戦争によって敗戦国となり、国の民は虐殺、冷遇、暴行、隷属と、強欲な戦勝国の者達によってあらん限りの残酷な仕打ちを受けていた。

 少女もまた、敵国の兵士の慰み者として、華やかな王宮生活から一転、カビ臭く蒸した牢獄の中で、下劣な男達から暴行される日々を過ごす羽目になってしまった。


 少女は思った_____


“何故、こんな仕打ちを受けなければならないのだろう?私達は何か罪でも犯したのであろうか?”


____犯していない。少女の国は平和的で、王、つまり少女の父親も人格者だった。

この戦争は、完全に相手側の野心と欲によるものだった。


 少女は思った_____


“何故、この者達はこんな仕打ちができるのだろう・・・どうして、親の仇でもない者にここまで残酷な人間になれるのだろう・・・どうしたら、こんなことをしない人間になるのだろう・・・”


 ____少女は結論を出した。


“そうだ・・・きっと知らないからだ。苦しみや悲しみを知らないから、人の苦しみを理解できないのだろう。だから、ここまで非情になれるに違いない!”


 少女は願った______


“全ての人々が同じ苦しみを味わえばいい!全ての人々が、苦しみと絶望を共有できれば、世界は平和になるに違いない!”


 この少女の願いそのものに世界中の負の力が宿り、魔王が誕生した。

 そうして誕生した魔王は、大きく深い霧だったという。

実体もなく、生命も無い。かといって、ゴーストのような霊体でもない。

純粋な魔力。言ってみれば、少女の願いで発動した魔法そのものだった。


 霧の魔法である魔王が人々の暮らしを覆う。


 霧に覆われた人々は、少女の願い通り、“今までの全ての人間の苦しみ”を味わうことになった。

苦しみや絶望の果て、自殺した者達。

暴行と拷問の果て、殺された者達。

そんな者たち全ての苦しみを、その身に味わえば、どうなるだろうか?

 当然、耐えられるはずもない。

霧に覆われた人々は皆、もがき苦しみながら必死に自殺を始めて、滅んでいった。

 止める術は無かった。

実体がないのだから、剣も槍も虚しく空を切るばかり。

霊体でもないので、神の祝福による浄化も不可能。

同じ魔法なら通用するが、魔王の魔力を上回る者など居るはずもない_____万事休すかと思われた。

 だがここに歴代の勇者の中でも、類まれなる勇者が登場した。

この勇者は歴代の中でも信仰魔法のスペシャリストとして異才を放っており、信仰魔法の極みに達し、魔法の“根源”ともいうべき属性の力を得た。

この『源属性』ともいうべき属性魔法で、魔力そのものを封じ、この勇者は魔王である霧を晴らしたという。

魔力の大小に限らず、魔力そのものを沈黙させ、静寂を呼ぶことから、この勇者を“静寂の勇者”と呼んだ_____。




 「そのダークエルフのサレンなる少女が使用した魔法が、静寂の勇者が使った魔法と同じだと?」

「はい。静寂の勇者に関する文献全てを調べましたが、かの勇者も、四大神の全ての魔法を扱えたという記述があります。また、分析に長けた悪魔ダンタリオン、古代の知識を持つ悪魔バルバルスを召喚して分かったことですが、四大神の全ての技を持てる者は、いずれ魔の根源を知るのだそうです」

「では、源属性とは基本の四属性を極めたものだけが扱える、四属性からの派生属性とも呼べるものか?」

「そうとも言えます。一応、特殊RANKの派生属性という形で記録しておきますが・・・これは___」

「もちろん非公開だ。サレンが帝国に加わっているならばともかく、そうでない今、わざわざ自分達の知らない未知の力を公表し、無知を晒すわけにはいかん」


 クラースがやや苛立たしい様子で、吐き捨てるように言った。カスミは少しだけ眉を上げて驚いた。

数十年共にいて、クラースが感情的になるのは珍しいことだった。


「源属性による魔力封じの魔法・・・信仰魔法だけか?潜在魔法もか?」

「分かりません。“魔力を封じる”という仕組みを解明しなければならないでしょう」

「・・・その源属性魔法の効果範囲は?」

「分かりません。観測した時は魔獣一体に対しての効果でしたが、伝承にある静寂の勇者は都市を飲み込むほどの霧の魔王をこの魔法で消し去っていますから、かなりの広範囲、戦場一帯を埋めて魔法を封じることが可能かもしれません。敵も味方関係なく封じるのか、敵だけを封じるのかも分かりません」

「・・・もし仮に、敵軍の魔法だけを封じて、味方だけ一方的に魔法を使用できたら無敵だな」

「はい・・・それができたら、サレンほど集団の戦いにおいて無類の力を持つ者はいないでしょう」

「チッ・・・ラルス地方の攻略を根本から見直さねばならん」


 今度はクラースから舌打ちが出る。

仕方のないことだろう。軍事大国である帝国が、戦略を一から練り直す羽目になるのだから。

大国が軍事戦略を一からやり直すのは、予算も時間も膨大に掛かる。

たった一人の少女のせいで、一大国がそんな風に振り回されるのだから、為政者にとっては堪ったものではないのだろう。


「お察しします。クラース様」

「む・・・ふぅ、すまん。少々感情的になっているようだ。・・・まあ、そうだな。ゴレストと直接ことを構える前に分かったのが救いだな。迫害を受けたダークエルフなら、ゴレストと間に遺恨ができれば、懐柔や籠絡は難しくなるからな。・・・よくやってくれた。カスミ」

「とんでもございません。お役に立てて光栄です」

「ちなみに、それに関して相談があるのだが・・・」

「何でしょう?」

「今、西ではポーラ王国が我らに対抗するため、同盟国に呼びかけ、連合を作る動きがある。これにオンデールのダークエルフ達は参加すると思うか?」

「参加しないでしょう。ゴレストとならともかく、ポーラ含む西方の幾つかの国は、ダークエルフを迫害していた国です。そんな連中と肩を並べることはありません」

「そうか・・・なら、やはり西方への援軍は北方の第三師団・・・・オーマの事もあるし・・・いや、だからこそ逆に・・・・」


 クラースは目の前にカスミが居るにも拘らず、顎に手を当てブツブツと考え始めた。

ほったらかしになったカスミも、いつもの事なので、頭の中で別の事を考えながら待った。


「君とアマノニダイは?同じエルフ族と戦争になったら、どんな反応をする?反発するか?」


 アマノニダイが帝国に与えている恩恵は大きい。

そのため、さしものクラースも、アマノニダイのエルフの意向には気を遣うようだった。


「私は気にしませんが、やはりアマノニダイは難色を示すでしょう。ダークエルフといっても、同じエルフですから」

「そうか・・・」

「もう一人の勇者候補の“あの子”は特に嫌がるでしょう。益々嫌われるでしょうね」

「ヤトリ・ミクネか・・・・帝国に不信感を抱いているのか?」

「不信感・・・そうですね。どちらかといえば、嫌悪感でしょうか?」

「どちらでもいいが・・・まさか、敵対する可能性は無いだろう?」

「今のところは大丈夫ですが、オンデールと戦争になれば分かりません。本当にあの子一人でダークエルフ側に付いて、帝国に牙を剥くかもしれません」


 ヤトリ・ミクネもまた少女で、サレンより年下だ。

さらにサレンと違い、お転婆で感情のまま行動を起こす。

帝国を嫌っているため、帝国とアマノニダイとの関係を無視する可能性はゼロではなかった。


「チッ・・・」


 再び舌を鳴らして、またブツブツと考え始める。どうやら、再度戦略を練り直しているようだった。

カスミは、帝国を牛耳るクラースが少女二人に振り回されているのが面白くて、笑いをこらえていた___。

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