タルトゥニドゥの探検(3)
タルトゥニドゥの探索六日目_____。
太陽が顔を覗かせたばかりのまだ薄暗い時間に、見張りをしていた兵士が全員を起す。
ゴレスト兵は、見張りをしながら天幕の片付けと、出発の準備。
ラルスエルフは朝食の支度をする。
森で生活するエルフは野営での料理が得意だ。
動物の骨で出汁をとった湯に、キノコや細かく切った野菜を入れる。
エルフはあまり肉を食べないが、人間のゴレスト兵に配慮して豚の腸詰も加える。
そして、仕上げに少し辛味のある香り豊かな香辛料を入れて、シチューの完成だ。
さらに、栄養満点の森で採れた木の実や果実のデザートが用意される。
昼は行軍中ゆえ、干し肉などの簡易的な食事になり、夜は魔族が活発に動くので時間は掛けられない。
しっかりした食事は朝食だけだった。
六日目の朝も、探検隊はこの探索で唯一の楽しみである、朝の食事を和やかに過ごすことができた。
そして食事が済み、全ての支度が整うと、探検隊一行は予定通り山越えを始めるのだった____。
山越えを始めて三時間ほど過ぎた頃、変化が起こる。
それは、本隊が道なき道を歩いているところに戻ってきた斥候の報告によってもたらされた。
「___道が在る?」
「はい。ここから西に逸れた所では、地面が踏み均されており、そこを進むと、明らかに整備された道が在りました」
「・・・こんな所に人が道の整備をしに来たなど、有り得ないです。ならば____」
「ドワーフでしょう。ならば、その道の先にドワーフの遺跡が在るかもしれません」
「よし・・・行ってみよう」
決断は早かった。ようやく手掛かりらしい手掛かりを見つけたのだから当然だろう。
昨日まではもの言いたげだった兵士達も、実際にドワーフの宝を見つけられそうになると、好奇心を躍らせて表情が明るくなった。
その兵士たちの変化によって、サレンがホッとするような表情を見せる。
周りの期待が、ドワーフの秘宝に逸れて、肩の荷が下りたのだろう。
デティットは、そんな様子のサレンを見て、やる気をみなぎらせる。
(主神マガツマよ・・・どうか、サレン様の負担を少しでも減らせる物がありますように・・・・)
自身が信仰する神にも祈り、デティットは部隊の舵を西へときった_____。
部隊を進ませて一時間ほどで、報告通り地面が踏み均された場所にたどり着く。
歩き易くなって、更に部隊を進ませると、石材が敷き詰められた地面と、柵のような物が見えてくる。
報告にあった、整備された道だ。
そこから更に一時間ほど歩き、昼を少し過ぎた頃、一行は大きなドワーフの遺跡にたどり着いたのだった。
高い技術を持っていたという伝承があるように、遺跡の石像や石柱は繊細な造りで、二百年近く放置され崩れかけてなお、厳かで神秘的な雰囲気を醸し出している。
更に伝承では、ドワーフは山をくり貫いて、地中に都市を建造していたという。
その伝承の通り、探検隊の正面には、山の岩壁を綺麗にくり貫いた四角形の大きな入口が在った。
一行は、その遺跡の雰囲気と、宝と死を予感させる入口に緊張するが、同時に興奮も覚えていた。
それはデティットも同じで、直ぐに中に入って探索したかったが、その気持ちを抑えて指揮官として冷静になる。
「全体警戒態勢!次の指示があるまで、周囲の警戒を怠るな!」
「「了解!」」
ここ数日で一番元気のある返事が返ってくる。兵士達も中の様子が気になるのだろう。
デティットは、兵士達に急かされていると分かりつつも、気にすることはなく、副将のロスト、サレン、そしてラルスエルフの部隊長のアラドという弓を背負った、エルフの男と、作戦会議を開く。
「さて・・・この後の予定だが、当然遺跡の探索に入るわけだが、その前に天幕を張って、昼食を兼ねた大休憩をとる。それから探索チームを編制し、遺跡内部の調査をするわけだが、私は内部の構造は分からない。アラド様、ラルスエルフの言い伝えなどで、ドワーフ都市の構造について何か知ってはおりませんか?」
「申し訳ありません。分かりません。ドワーフと何回か交渉をした記録はあるのですが、都市に入ったという話は無いです。そもそもドワーフも我らエルフ同様に、あまり多種族と交流していなかったそうです。必要な物資を得るために、商売をするくらいだったそうです」
「では、中の構造も分からず、何が居るかも分からず調査することになりますね。ドワーフの都市が滅んでいるのですから、滅ぼした魔族が居る可能性が有ります。無策となると・・・・・」
副将ロストの言葉が尻すぼみになる。デティットもアラドも、そうなる理由は分かっていた。
無策で魔獣と戦うなど、自殺行為に等しい。
もちろん、魔族の強さもピンキリだが、ドワーフ都市を滅ぼした魔族なら弱いわけがない。
ケルベロスなどの上級魔獣であれば、全滅する可能性すらある。
そういった存在に対抗する切り札は一応あるが・・・・・。
だが、サレンを探索チームに加える場合、中の構造が分からないのが気がかりだ。
もし万が一、侵入者用のトラップなどで、サレンが戦えなくなれば、万事休すだろう。
デティット、ロスト、アラドの指揮官の三人はこれを分かっている。
探検隊を任された時から分かっていた。タルトゥニドゥの山を歩きながら、こういった遺跡を見つけた場合、取るべき作戦は一つしかないと・・・。
それはズバリ、“先に数人の部隊を先行させる”、だ。
つまり囮だ、この作戦会議は簡単に言ってしまえば、誰に最初に死んでもらうか?という会議だった。
だからロストが言葉に詰まるのも仕方なかった。
誰だって、手塩にかけて育てた部下に死ねとは命令したくないものだ。
少しの間、重い空気が流れる______。
それを壊したのはデティットだった。
「先ずは、この周囲を探索しよう。遺跡の仕掛けや、中に潜む魔物の足跡などの痕跡が見つかるかもしれない」
デティットはそう提案する。本心で言っているかは分からない。
囮になって死ぬ者を選びたくない。
暗いムードを少しでも明るくしたかった。
慎重になって、先ずはできることから始めたかった。
様々な理由が挙げられるが、どれが本心かはデティット本人でも分からなかった。
だが、それはそれとして、この提案に他の三人も乗った。
「それでしたら、四人一組の小隊を編成して、周囲五百メートルまで調べさせましょう。他にも入口が在るかもしれない」
「ロスト副将。その小隊に、我らエルフも数名加えましょう。その方が効率的だし、敵と遭遇した場合、生存率が上がります」
「ありがとうございます。アラド様」
「あ、あの・・なら、私が、地中に生物が居ないか調べます」
「その様な事ができるのですか?サレン様?」
「はい。最近、新たに修得した土属性魔法を使用します」
「なんと・・・一月ほどで、もう新たな魔法を会得されるとは・・・」
「まさに、“神の子”ですね!」
「はははは・・・大げさです。ロスト副将」
ロストの言い様は多少大げさではあったが、それがこの場を元気づけるための発言だと気付き、サレンとデティットは笑って見せる。
だが、アラドだけが、心配そうな表情をサレンに向けていた。
「サレン様・・・その魔法は・・その、使用しても大丈夫ですか?」
「高レベルな魔法なので何とも言えないのですが・・・・多分平気です」
「アラド様。何か問題でも?」
「いえ、私も詳しくは知らないのですが、長老たちからは森の結界の外ではあまり高位の魔法は使うなと言われておりまして・・・」
「何故そのようなことを言われたのです?」
「はい・・・何でも“見られる”可能性が有るとか・・・」
「見られる?」
「はい・・・」
アラドが言うには、こういう事らしい。
遥か昔、ラルスエルフが迫害を受ける切っ掛けを作ったのは、一人の優秀なラルスエルフの魔導士らしい。
その魔導士自身は何も悪くは無いのだが、その魔導士が様々な現場で高位の魔法を使用していたら、その力を捕捉されてしまったらしい。
そして、それ以降、その力を奪いに来る者が後を絶たなくなったという。
最初は、旅人や狩人などの個人、少数だったが、次第に商人に雇われた傭兵団、強盗団などの集団となり、遂には国家に目を付けられ、軍隊まで差し向けられてしまった。
その魔導士は、決して自身の技を見せびらかしてなどいなかった。
むしろ、エルフのしきたりを守り、目立たぬよう行動していたくらいだ。
だが何でも、この世には遠方からでも魔法や魔力を探知する『千里眼』なる魔法が存在するらしく、それによってラルスエルフの力が明るみになり、迫害へと繋がっていったのだという。
そのため、ラルスエルフはこの魔法から身を守るため、オンデンラルの森に結界を張るようになったそうだ。
だから、結界の外では目を付けられないよう、高位の魔法は使うなというのだが・・・・・
「・・・無茶を言ってくれる」
「そんなことを言っていたら、外では何もできません。この探検自体するべきではなかったという話になります」
「ええ・・・まあ、私もそうは思ったのですが・・・」
上級の魔族が居るといわれている、このタルトゥニドゥでそんなことを言われても、現場は困る。
もし、魔族と出くわしたら、一番の頼りはサレンの高位魔法だ。
そもそも、そういう魔族が居ると分かっているから、サレンにこの探検に参加するよう求めたのは長老たちだ。
“いざという時のためにサレンを連れて行け。でも力は使うな”、というのは矛盾している。
「何処にいるとも、存在しているかも分からないものの警戒など不可能だ」
「はい。でも、ただあくまで、注意しろということで、使うなというわけではないのです。魔族の中にもヴァサーゴという悪魔が、その千里眼を使えるそうです。ほぼ出会うとこはない、稀な悪魔だそうですが___」
「魔王の住処だった、このタルトゥニドゥには居るかもしれないと?」
「はい・・・だから、注意するよう言われました」
「そうか・・・・なら、いつも通りだな」
「“できる限り善処する”、ですね」
「そうだ」
こういった、無茶は今更だった。
ゴレストとオンデールの国政は良くも悪くも保守的だし、宗教などの教えや昔からのしきたりなども大切にしている。
そのため、行動を起こす際には色々な縛りがあり、融通が効かず現場が無理難題を押し付けられる事が時々ある。
無理難題を押し付けられた時は、“できる限り頑張る”しかないので、慣れているデティットとロストは、“できる限り頑張った”という言い訳で良いと考えている。
上からの無理難題で部下を危険に曝す気も無いで、そう言って怒られればいいと思っていた。
そんなわけで、アラドには申し訳ないと思いつつも、二人はサレンに魔法の使用をお願いした。
二人が、長老たちの注意を無視するのも仕方のないことだ、この現場でそんな事を言われてもしょうがない。
それに_____
“実はそのヴァサーゴという悪魔を召喚して使役できる、カスミ・ゲツレイという存在が帝国に居る”なんて事は知らないのだからしょうがなかった_____。




