親善試合(後半)
ジノスは自分の周囲を回っているレインの軌道上に鋭く踏み込むと、自分の必殺の間合いにレインを入れる。
レインはその間合いから逃れようと素早く後方に飛ぶが、ジノスが突きをくり出すと、槍がそのレインを追いかけ顔まで伸びてきた。
魔法など使わずとも、岩盤を貫くであろう鋭くキレのある突き___。
レインは頭を横にたたんで突きを躱し、再び距離をとることに成功する。
(体勢を崩した?)
だがジノスは自身の突きをレインが交わす際、レインの重心がわずかにズレたのを見逃さなかった。
(いける!)
武芸では自分に分があると確信したジノスは、更に鋭く踏み込み、突きを連打する。
「クッ!」
レインは態勢を崩されながらも、これをすべて躱す。
だが、試合の主導権はジノスに奪われてしまった。
流れを掴んだジノスは、焦らず、冷静に試合を組み立てにいく。
レインを逃がさず、足で距離を詰めながらも、しっかりと槍で牽制して懐には入れさせない。
自分の槍だけが届く距離を杭で止めたように固定する。
さらに____
(このままではマズイ!)
主導権を取り返そうと、レインが魔力を込め始めた瞬間____
_____ビュォオオオオオ!!
強風が吹き荒れ、風の刃がレインを襲った。
「ッ!?」
その風の刃でレインは態勢を崩され、更にジノスの追撃が飛んでくる。
レインは大きく後方に転がって難を逃れるが、術式を展開できず魔法発動を阻害される。
ジノスの風魔法による仕業_____。
威力は弱く、ダメージも殆ど無い。
だが、レインより速く術式を展開し、魔法を発動できる。
相手の態勢を崩して、魔法発動を邪魔するには十分だった。
(しまった!?そうだった!!)
レインは西方連合の戦いでの報告で、帝国兵は全員、最低二種類の基本属性を扱える事を思い出した。
(という事はジノス殿は、派生属性の雷以外に風と後、水か炎が扱えるということ!)
レインに緊張が走る____。
レインの基本属性は風しかなく、技も磨いていないので実用性が無い。
他の基本属性の練度を上げているジノスとでは、魔法の戦術幅に差が有るのだ。
「・・・・・」
ジノスはレインの慌て方を見て、そのことを感じ取る。
(・・・雷属性以外は大した事ないのか?)
ジノスは己の予感を確かめるため、先程の風魔法を、少しずつ威力を上げながら連打する。
レインはダメージこそ先程と同じく無いが、フットワークが遅くなり、ついには身動きができずガードを上げ防御態勢になって、釘付けにされる。
そこにジノスは先程とは違う、水色の光の魔法術式を展開する。
「ウォーターボール!」
術式から大の大人の胸板位の大きさと厚さの水弾が飛ぶ。
速度はないものの、風魔法で足を止められていては躱すこともできず、レインは直撃を受ける。
だがこれもダメージは無い。
ただずぶ濡れになっただけである。
だが_____
(____しまった!)
レインはこの攻撃の意味を悟り、慌てるが、既に遅かった。
水弾を飛ばした後、ジノスはすぐさま雷魔法の術式を展開していた。
「おお!!」
気合の入った声と共に、全身から雷が錬成される。
ただ、体の周囲に雷を錬成しただけ。STAGE1の初歩の技だ。
だがジノスにとっては、それだけで十分だし、レインも理解していた。
ジノスから発生した電気は、水魔法でできた水溜まりを伝う。
雷属性が扱える魔導士とはいえ、魔法を使わなければ、雷は防げない。
ずぶ濡れのレインは、魔法で防ぐ暇もなく感電し、「ガァ」という鈍い声を出した。
(やっぱり!オルスさんがやった技!!)
海賊との戦いで、オーマとロジがやった連携技。
範囲も小さく、威力も弱いが、タメの必要が無い初歩の魔法だけで相手の動きを止められる。
風、水、雷の三種類を扱えるジノスの得意のコンボだった。
感電して動けないレインに、ジノスは今度こそ最大魔力を込めた槍の一撃を放つ。
試合とはいえ、回復魔法を扱える救護班がいるため、容赦はない。
「サンダーストーム!!」
雷を纏った槍がスパークしながらレインに伸びる。
間合い、タイミング、攻撃力、すべて必殺。
ジノスは自身の勝利を確信しながらも、最後まで気を抜くことなく、レインの体に槍をねじ込むつもりで打ちぬいた_____しかし
_____ズガーーーン!!!
爆発にも似た雷鳴が轟く。
試合開始直後に見せた魔力とは桁の違う魔力がレインの体から溢れる。
「「ッ!?」」
ジノス・・・いや、レインの本気を知らない帝国兵士全員が、その魔力に、それこそ雷に打たれたようにショックを受ける。
「ジノス!!」
マサノリの怒号が飛び、それを受けたジノスはショックから立ち直る。
(なぜ感電して動ける!?潜在魔法のRANKとSTAGEも高い!?RANK4!?)
ジノスの槍はレインの体に刺さっているように見えるが、黄金に輝き雷そのものになったレインにはダメージが見られない。
(何が起きている!?ま、まさか雷と融合しているのか!?STAGE8?バカな!?)
帝国の基準に当てはめた場合のレインの能力はジノスの言う通り、信仰魔法RANK2(雷)STAGE8(融合)、潜在魔法RANK4(神経)STAGE3(回復)である。
物理法則を無視ているレインの状態の答えをジノスは言い当てる。だが、解明できたワケではない。
今、目の前で起きている現象に対して、それしか思い当たらないから出た答えだ。
それしか思い当たらないが、非常識過ぎて、それを事実と受け入れられない。
レインが勇者候補と知らないのでは、それも無理はなかった。
マサノリの怒号のおかげで、何とか理性は保てているが、レインの状態と桁外れの魔力に完全に怯んでいる。
だが、試合前に言われたマサノリの言葉を思い出し、勝敗は一旦隅に置いて、レインの分析をするため、槍から手を離し、思い切り後方へ飛ぶ。
レインはジノスに追撃を仕掛けるため、魔法術式を展開した。
「!?・・・オ、オーマ・ロブレム?」
「?」
初めてレインの術式展開を見てジノスは目を見開いて、そう呟いた。
レインは一瞬、“誰だ?”という訝しげな表情を浮かべたが、ジノスも術式を展開したため、我に返って魔法を発動した。
カッ!とより一層レインの体が光を放った瞬間には、もうレインの拳はジノスの腹部にめり込んでいた。
「「!?」」
目で捉えられぬ速度でレインのボディーブローが直撃したことに、ジノスは苦痛と驚きで顔をゆがめる。
だが、攻撃したレインも驚きの表情を見せていた。
理由はジノスが感電していないからだ。
雷を纏った拳のはずなのに、ジノスに雷のダメージがない。
スピードこそ乗っているが、普通のボディーブローになっていた。
ドカーーーン!!という雷音がむなしく響き渡る。
レインの頭が状況を理解できずにいると、拳の感触が答えを教えてくれた。
「濡れている?・・・・純水か!?」
水は電気を放電するが、それは水中に含まれる化合物によるもの。
化合物の無い高純度の水は電気を通さない。
高純度の純水など、自然界ではそう簡単に手に入るものではないが、魔法ならば簡単だ。
特殊STAGEの性質変化で錬成できる。
もっとも、水魔法の性質変化で、わざわざ純水を錬成するために鍛錬する者など、普通は居ない。
大抵の魔導士はもっと汎用性の高い性質変化、例えば癒しの水などを修得する。
だが、ジノスは内心でオーマの事をライバル視しており、自分より雷属性の扱いに長けているオーマに、いずれ勝つための対策として、電気を通さない純水を錬成できるように鍛錬していたのである。
(クッ!時間が無い!)
暴走しないように魔力の全力を出せる時間は短い。レインに焦りの色が出る。
レインは、たたみかけるように雷の乗った拳を連打し、押し切ろうとする。
スパークした拳が荒ぶる様は、豪快で迫力が有るが、純水を纏っているジノスには大したダメージにはならない。
ジノスは腹部のダメージに顔を歪めながらも、雷魔法は純水で防ぎ、レインの拳をガードで防ぐ。
「チッ!」
あっという間に限界がきて、レインは術式を解除する。
レインは再びタメを作るため距離を置こうと、ジノスの右腕を掴み投げ飛ばした。
(!・・・そうだよな。長くは使えないだろうな!チャンス!)
チャンスと見たジノスは、この投げ技にあえて身をまかせ、投げ飛ばされる。
本当はレインが術式の解除をした時、直ぐに反撃に出たかったが、腹部のダメージが大きく決定打は打てないと判断した。
その代わり投げ飛ばされた先には、手放した自分の槍があり、これを手に取った。
お互いに距離が欲しくて、仕切り直す形になった____。
(暴走せずに全力で魔法が打てるのは後もう一回・・・次で決める!)
(あんな攻撃は何度も使えまい・・・持久戦に持ち込めば勝てる!)
お互いに作戦が決まり、それが構えと術式に反映される。
レインは動の構えで、雷魔法の術式。ジノスは静の構えで水魔法の術式。
レインには次で決めるという決意が、ジノスには何としても持ちこたえるという覚悟が表情に表れる。
双方の気迫を感じ取った観覧者達も、緊張した面持ちで決着を見守っている。
ピンッ!と張り詰めた静寂。それを破ったのはレインだ。
最速最強の一撃を繰り出すため、暴走手前ギリギリまで魔力を練り上げる。
その圧倒的な魔力量に周囲の兵士達には驚愕の色が出ているが、ジノスは怯まない。
レインの魔力に恐怖しているが、それが限界を迎える者の最後のあがきだと理解しているからだ。
(この攻撃をしのげば勝ちだ!)
ジノスは恐怖を振り払い、気合と共に魔力をふり絞る。
レインの魔力には到底及ばないが、先程レインの猛攻を防いだ時以上の魔力だ。
周囲の兵士達には、魔力が圧倒的なレインが勝つと思う者もいれば、純水という相性の差でジノスが勝つと思う者もいた。
一触即発____。
両者、そして周囲の緊張が最高潮に達する中、マサノリだけが冷静なまま、ボソッと呟いた。
「・・・こちらの負けだ」
マサノリの声は誰にも聞こえなかったが、それが偶然合図となり、レインが閃光となって走った_____。
常人、いや、達人でさえ反応できぬ稲妻の速度。気付くことすら許さずに相手を屠る雷の矢。
だが、その閃光の速度にジノスはカウンターを合せる。
(一度見た技だ!目で追えずとも、タイミングは合せられる!)
ジノスは魔法を三つ同時発動____。
先程と同じ純水のアクアアーマー。
雷の威力と速度を殺すためのアクアウォール。
最後に、攻撃用のアクアランスを槍に纏わせる。
そして、先程得た情報からレインの呼吸を読んで、完璧なタイミングでカウンターを放つ____が
_____ブォン!!・・ドガ―――ン!!
ジノスの放ったカウンターは、レインの落雷音と共に虚しく空を切った____。
レインが光と共に表れた場所は、ジノスのアクアランスとアクアウォールの間合いの外だった。
ジノスがきょとんとして、脳裏に“何故?”という疑問を浮かべた瞬間、ジノスの体に電流が流れた。
「ガッ!?」
体が感電して麻痺しているため、声は出ない。
だが、その苦痛の表情からは、驚きと困惑の色もハッキリと読み取れた。
ジノスだけではなく周囲の誰もが驚く中、答えを知っているマサノリは、また誰にも聞こえない声で呟いた。
「STAGE6・・・」
ジノスの右腕の手甲に、雷術式の印が埋め込まれていた。
レインは先程、ジノスを投げ飛ばす際にSTAGE6(付与)でジノスの右腕の手甲に雷の魔法術式を埋め込み、手甲を雷が流れる魔道具にしたのだ。
暴走する可能性が有るとはいえ、レインの信仰魔法は本気を出せばSTAGE8。
当然STAGE6の技も使用できる。
オーマの授業で知識だけ教えてもらっただけで、帝国に居る魔導職人のような洗練された技ではないが、効果は十分だった。
如何に電気を通さない純水を錬成しているからといって、身に付けている防具から直接電気を流されては防ぎようが無かった。
感電したジノスから術式が消え、魔法が解除される。
その瞬間を狙って、レインは飛び込み、雷を纏った拳を唸らせた。
もう全力は出せないので、先程の魔力より遥かに劣る、暴走しないリミッターを付けた魔法の一撃。
だが、魔道具から受けたダメージと、無防備な状態でもらうこの一撃で十分だった。
ズガーン!と、小さい爆発音。
だが、その音が止むころには、ジノスは地面で大の字になって空を見ていた___。
「勝負あり!勝者、レイン・ライフィード!」
ワッ!と周囲から歓声が上がる。
センテージ側は、帝国に一矢報いたレインを称える。
帝国側も、内心は分からないがレインに称賛の拍手を送った。
レインはその称賛を受けるとともに、自身が成長していることを実感し、目を閉じて満足げな表情を浮かべた。
(オルスさん、ありがとうございます・・・・)
レインは心の中で師であるオルス(オーマ)に感謝した_____。