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チート勇者ろうらく作戦  作者: 脆い一人
第二章:閃光の勇者ろうらく作戦
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プロトス対マサノリ

 帝国の使節団を迎えて一週間。軍事交流三日目。

今日は、午前中に共同軍事演習が行われ、昼食に調理兵の料理コンテストを開催、午後は親善試合という兵士同士の交流がメインだ。

 そして今は、時刻は午後に入り、これから両国の高官たちの前で親善試合が行われる。

レインの授業でも利用したベルヘラ陸軍の演習場には、両国の陣営が少し距離を置いて設置され、その間に木造客席と塀が建てられ、親善試合の簡易闘技場が設置されている。


 そして試合前、プロトスはレインの様子を見に来ていた。


「レイン。調子はどうだ?」

「問題ありません。お義父様。必ずや帝国に勝利して見せます」

「そうか・・・・・頼む」


 プロトスは今、父親としてではなく、領主としてレインと向き合っている。

親として敵と戦う娘を心配しているのではなく、領主として国の威信をかけた戦いに領内一の騎士に必勝を求めるために声を掛けていた。

 そのレインの瞳には闘志の光が宿っている。

声も静かながらも力強く、冷静でありながら気合が入っているというのが分かる。

レインが一番調子良いときのコンディションだと分かり、プロトスは勝利を確信し、胸を撫で下ろす。


 この親善試合は五対五で行われるが、正直なところセンテージ側に勝つ見込みはない。

帝国のスパイであるオーマから話には聞いていたが、プロトスは実際に帝国軍の実力を見て、ドネレイムの精鋭相手にセンテージの者が正面から戦って勝つのは厳しいと実感した。

 前日まで、センテージの一部の高官達の中には、それでも勝てると考える節穴の目を持つ者も居たが、その者達も今日の午前に行われた共同軍事演習で考えを改めていた。


 共同軍事演習に勝敗など無いのだが、もし勝敗をつけるとしたらセンテージの大敗という内容だった。

魔法技術や装備はもちろんのこと、部隊の練度から兵個人の強さまで、何もかも帝国が数段上だった。

それを見て、それまで勝てると思っていたセンテージの指揮官たちも、今はずいぶん大人しい。

実際に演習で刃を交えた兵士達に至っては、完全に萎縮してしまっており、試合前から敗北ムードが漂っている。

 だが、それでも何のアピールもできないまま終わるわけにはいかない。


 軍事交流といってはいるが、これは帝国がセンテージに実力を見せつける前哨戦、あるいは脅しの類だ。

この軍事交流を含む外交戦の結果は、今後の帝国とセンテージに大きな影響を及ぼすだろう。

センテージの虎の子のベルヘラ海軍同様、この親善試合でも自分達の強さを少しでも見せつけなければ、この外交戦は一方的なものになる。

試合に負けるとしても、せめて一勝。帝国に一矢報いたいところだ。

 帝国の精鋭相手に勝つ可能性が有るのはレインくらいだろう。

いや、レインならば帝国相手にも確実に勝利するだろうと、プロトスは思っている。

 プロトスはレインのコンディションを見て希望を持ち、願うような気持で両国の高官達が集う席に戻って行った____。






 「如何でしたかな?レイン嬢の調子は?」


 席に戻って来たプロトスを迎えたのはマサノリだった。

 今日は、軍事演習で良いところを見せられていない。

そんな状況では謙遜は弱気に映る・・・プロトスは咄嗟にそう判断し、言葉を選んだ。


「帝国の方と刃を交えて学べる機会に、気力を充実させております。あの調子ならば、帝国の皆様に良い試合をお見せすることができるでしょう」

「そうですか・・・レイン嬢の勇士は演習で見ましたが、かなりのもの。こちらも勉強させていただくことになるでしょう」

「マサノリ様からそのようなお言葉をいただけるとは光栄です。娘も喜ぶでしょう」

「“娘も”、というと、プロトス卿もですかな?」

「はい。父として嬉しく思います」

「なるほど・・・養子とはいえ、あれほどの人材ならば、“娘”と呼ぶほど気に入る気持ちも分かります」

「・・・・は?」


 プロトスは一瞬マサノリが何を言ったか分からず、思考が停止した。

マサノリは気にもせず、会話を進める。


「我が国でも良い人材を発掘するべく、孤児院を運営しておりますが、あれほどの人材は見つかっておりません。羨ましいかぎりです」

「・・・別に優秀だから、娘と呼んでいるわけではありません。本当の娘として愛情を注いて育てました」

「養子の子を実の娘のように思っていると?」

「・・・その通りです」


 帝国がどういう目的で孤児院を運営し、マサノリがどう扱いどう思うかなど知ったことではないが、自分とレインの関係がそれと同レベルと思われるのは不快でしかない。


「ふむ、なるほど。奥方様との死別はよほど辛いものだったのですね。血のつながりが無い子に“依存”するほどに・・・お察しします」


 言われて、プロトスの心臓がドクンッ!と血を鳴らし、その血が頭にカッと昇ってくる。

先程からのマサノリの人を物扱いするような発言もだが、レインに対する思いを否定されたことが我慢ならない。

 だが、何よりプロトスが怒りを覚えたのは“依存”という言葉だった。

何故なら、これは図星だからだ。


 正直、最初レインを養子に迎えたのは、妻シェリーの死によってできた心の穴を埋めようとしたからだ。

事実、プロトスとレインはお互いに、最初は“親子関係”ではなく、“依存関係”だったと、本人達も認めている。

それでも、赤の他人にそれを指摘されるのは我慢ならないことだ。

安易に他人に足を踏み入れられたくない領域の話だ。

プロトスは、この図星を指してきたマサノリに、目眩がするほどの殺意を覚えた。


 だが、頭の片隅で冷静さも残っていた。


(何の挑発だ!?ここで私を不快にさせて何の意味がある!?多くの人前で恥をかかす?何かの火種が欲しい?私から失言を引き出す?・・・・フンッ!!)


 外交の場での挑発などにプロトスは乗らない。

頭に血と怒りを溜めながらも、プロトスは、“そんな挑発はくだらないよ”と言わんばかりの余裕の態度でマサノリに言い返す・・・・言い返さずにはいられなかった。


「確かに、最初は妻の悲しみからあの子に“依存”していたかもしれません。ですがそれは昔の話し、今では固い絆で結ばれた家族です。私にとって、あの娘の幸せが一番です!」


“レインこそ一番大事な家族です!”と念を押すように、最後は静かながらにも強い口調で、己の意思を示した。


 それに、マサノリは一瞬驚いた表情を見せた。


 ___自分の啖呵に気圧されたか?

プロトスは一瞬そう思ったが、その後のマサノリの態度で、己が間違いだったと気付く。

そして、間違いだけではなく、ミスも犯していたことに気付くのだった。


「そうですか。それは大変失礼な思い違いをしていたようですね。プロトス卿にとってレイン嬢は“一番”なのですね」


 フッと笑みを浮かべた態度のマサノリを見て、プロトスは自分のミスに気付き、しまったという表情を浮かべる。

そのプロトスの表情を見て、マサノリは更に笑みを深くし、勝ち誇った表情を見せた。


 プロトスは、レインの事を“一番”と本心で断言してしまった。

国よりも大切な存在があることをマサノリに教えてしまったのだ。

この外交の場において、それは自分の急所を教えたに等しい。

 マサノリはプロトスを怒らせたりして、トラブルを起こしたかったのではない。

センテージの併合と、プロトスの懐柔のために、プロトスに対して何が一番の交渉カードになるかを知りたかったのだ。

 帝国の立場ならセンテージに対して、籠絡、脅迫といった個人への圧力から、風評被害、経済制裁などの国や都市単位のアプローチが可能だ。

ならば、交渉相手が何に対して、重きを置いているかが分かれば、もはや勝ったも同然だろう。

 外交戦は要人の一言の発言で、勝敗が決まる。

プロトスはセンテージ王を除けば、センテージで一番のキーマンだ。

そのプロトスの弱点をマサノリが知った以上、ここからはマサノリの独壇場、この外交戦は敗北する。

ここからプロトスが盛り返すなど、帝国の国力とマサノリの外交手腕が相手では不可能だろう。

そして、この外交戦の敗北はセンテージの敗北を意味する。


 大げさでも何でもなく、この瞬間にセンテージの敗北が決まったのだった。


 プロトスは自身の浅はかさを呪いつつも、マサノリに憎悪と恐怖を抱いていた。

憎悪はもちろん、マサノリの挑発ともとれる発言からの一連の流れに対してだ。

そして恐怖は、こうも簡単に自分から弱点を引き出した、その手腕に対してだ。

言い訳に聞こえるかもしれないが、そんな事はない。

普段のプロトスならば、こんなボロは出さない。


 キーワードは“依存”。


 マサノリは事前にプロトスを調べつくして、亡き妻のシェリーやレインの養子の事について知ったのだろう。

それ自体は、ベルヘラでは有名な話なので、大した事ではない。

 特筆すべきは、マサノリが、そこからプロトスとレインの親子関係が依存関係であると看破した事だ。

当時、誰にも知られず、当の本人でさえ、“これは親子関係とは少し違うな?”、“この感情は家族に対する愛情とは呼べないのでは?”と疑問に思う程度だった。

プロトスとレインが、はっきりとお互いを依存関係と意識して理解したのは、家族となって暫くしてから、お互いの気持ちを打ち明けた時だ。

 それをマサノリは、人から聞いた報告だけで二人が依存関係と看破し、プロトスの喉元に突き付けた。

 何十年も共に過ごした執事などから言われるならまだしも、お互いを全く知らない他国の人間にコンプレックスを指摘されてしまったのだ、動揺するのも無理はなかった。


(挑発と分かっていながら、怒りを抑えられなかった・・・・不覚ぅ!!)


 実際は、プロトスが怒りを抑えられない言葉をマサノリがプロトスの心を看破して使ってきたからなのだが、プロトスは悔やんでも悔やみきれない。

自身の失態に、プロトスは怒りと後悔をにじませた表情でマサノリを睨む。

 マサノリの方は、先程まで浮かべていた笑みはもうどこにもなく、プロトスの表情を無表情で受け止めた後、そのまま表情を変えることなく視線を試合に戻した。


(コイツ・・・マジか!?)


 ここでプロトスは、ようやく気付いた。

トウジン・ミタツ・マサノリという男の恐ろしさ・・・いや、ヤバさに・・・。


 マサノリのヤバさは、クラースとはまた違う。

マサノリのヤバさは一言で言うと“無関心”だ。これが、プロトスがマサノリに対して感じていた、違和感の正体だった。

 最初に会った時からの快活で懐の深さを感じた人間性から、そして今プロトスとのやり取りにいたるまで、マサノリの心は、プロトスに対して全くの“無関心”だったのだ。

先ほど見たマサノリの勝ち誇った笑みも、プロトスが敗北感で勝ち誇っていると勘違いしただけで、実はただ“一仕事終えた”という笑みだったのだ。

強者や勝者が、弱者や敗者などに対してよく抱く、蔑み、嘲笑、優越感、加虐心といった感情も無い。

表面に出ていた人間性だけでなく、その内面にも他者に対して思う感情が無いのだ。

プロトスと楽しく会話している時はもちろん、さっき依存というキーワードでプロトスの動揺を誘った時も、そして今も、内にも外にも感情が無かったのである。


(私にあんな言葉を浴びせておいて、その内心には悪意すらないとは・・・・・)


あまりに冷たく、あまりに無機質。

未だかつてプロトスは、このマサノリほど人間性の無い人物に出会った事はなかった。


(コイツだけ?それとも帝国の第一貴族という奴らは皆こうか?あのオーマという男は、宰相のクラースはコイツ以上だと言っていたが本当か?・・・・だとしたら・・・・)


 だとしたら、とてもじゃないが手をとれる相手ではない。

マサノリの本性を見て、プロトスはオーマが正しかったのを認めた。

同時に、徹底して帝国と対立することを心に誓った_____。

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