マサノリの目論見(2)
オーマとマサノリが会った日から三日後_____。
ベルヘラで行われている帝国とセンテージの親善会合は、使節団が到着した初日が挨拶と会食、次の日から数日掛けて関係各所への訪問と観光、夜は舞踏会などが開かれた。
それも済んで、今日から軍事演習や合同訓練、親善試合などの軍事交流が始まる。
軍事交流となれば、センテージ側はたとえ相手が帝国でも・・いや、相手が帝国だからこそ下手には出られない。
向こうは軍事力を背景に、こちらを併合しようとしているのだ。
センテージにとっては、それにできる限りの抵抗をするための会合と言っていい。
センテージ軍の軍事演習を披露するこの日、少しでも自分達の価値をアピールしたいプロトスは、この日に備えて準備してきた海軍演習を帝国の来賓に披露していた。
「これは、素晴らしい!さすがは大陸一と言われるベルヘラ海軍ですなぁ!」
雲一ない快晴。太陽光が真上から降り注ぐ昼にマサノリの快活な声が響く。
「ええ、この海軍は我らセンテージの至宝です。過去にはワンウォール諸島と連携し、ココチア連邦にも勝利を収めた実績も有る艦隊です」
マサノリの言葉に手応えを感じたプロトスの舌は滑らかだった。
「もちろん!見掛け倒しなどと思ってはおりません。私は帝国でも東方の出身です。エリスト海に近い地域の人間ですから、多少は船と海の知識が有ります」
「エリスト海ですか・・・前魔王が支配していたスカーマリスに面していて、今でも大戦の傷が残っているとか」
前魔王は東のエリスト地方に出現し、魔族を従え大陸中央と、東南のエリストエルフの国アマノニダイが在る『アマズルの森』に進軍してきた。
この魔王軍の進撃を大陸東と中央の4か国がドネレイム帝国を建国し、アマノニダイと協力して迎え撃った。
そして、魔王軍の進軍を止める事には成功した。
だが、進軍を防げただけで、魔王の治める地になど攻められるワケもなく、東の地は長く魔族に支配された。
そのため、魔王が居なくなった今でも、東のスカーマリスとエリスト海は人が住めぬ不毛の地となっている。
「残念ですが、東のエリスト海とそれに面したスカーマリスは、今もなお悪魔や魔獣が蔓延っており、帝国はアマノニダイと共に掃討作戦を今もなお続けております」
「なるほど・・・魔王大戦の傷は深いのですね」
「ええ、まあ・・・それだけに魔族の動向には敏感なのです。特に東方出身の私はね。昨日の件もそういった理由でして・・・」
マサノリの口にした“昨日の件”という言葉で、プロトスに内心で緊張が走る。
「ご安心ください。マサノリ様が憂う事などございません。現在、娘のレインに任せ、調査中です」
「いやいや、憂いてなどおりません・・プロトス卿の実力を疑うつもりもありません。・・・ただ、“街に魔獣が出た”とあっては、よからぬ噂が立ちかねないので、老婆心ながら助言したまでのこと・・・」
「こちらこそとんでもございません。マサノリ様のご配慮をやっかむ気など、少しもございません。感謝しております」
(チッ!何が、“噂が立ちかねない”だ!!)
噂が立たないようにも何も、その噂を立てるつもりの本人が言っているのだから質が悪い。
プロトスは内心で毒づくのを抑えられなかった___。
事の発端は昨日のこと、マサノリから“港に魔獣が出た”という話がでたのが始まりだった。
プロトスは、最初はそんなバカなと疑っていたが、確認してみると、確かに使節団が到着する数日前の深夜に魔獣の唸り声を聞いたという報告が上がり、その現場には魔族と人間の血痕なども見つかったという。
元々、交易都市として治安には十分に配慮していたし、使節団が来ると決まってからは、更に力を入れて準備したはずだった。
それだけにマサノリの話しが本当だと分かった時には、プロトスは動揺を隠せなかった。
こういう事態に成らぬよう、兵士のスケジュールさえ詰めて治安を強化していたのだから。
それがよりにもよって、魔獣の目撃情報だ。
もし、この親善会合で魔獣が現れたらどうなるか・・・想像しただけでプロトスの顔から血の気が失せる。
いや、現れなくても、魔獣がベルヘラに現れたというのが事実である以上、帝国側は難癖の付け放題だ。
この外交戦は更に、不利になったといえる。
胸が締め付けられながらも、プロトスは毅然とした態度で、この事態に対応する。
帝国に対する弁明としてもそうだが、身内を鎮めるという意味でも、一刻も早く事件を解明しなければならない。
というのも、センテージ側に、この魔獣騒動は帝国の差し金と思っている者達がいるのだ。
正直に言えばプロトスも一瞬そう思い、帝国側がセンテージに侵攻する大義名分を得るための工作とも疑ったが、帝国の立場ならそんな難癖を付ける必要はなく、その武力だけで圧力になる。
それに、帝国の使節団が来ると決まった時期にこんな騒動が起これば、帝国の仕業と思う者が出るに決まっている。やるなら、こんな怪しまれるタイミングではやらないだろう。
とにかく、お互いが相手の国の差し金と主張できる以上、この魔獣騒動はセンテージ側の責任にしても、帝国側の責任にしても、二か国の仲がこじれる質が悪い事件だ。
(・・・・頼むぞ、レイン)
そんな背景がある以上、プロトスは表沙汰にもできず、帝国を怪しんでいる部下にも、軍事演習を行う軍人達にも任せられず、レイン一人にこの事件の調査を任せた。
単騎ではあるが・・・いや、レインなら単騎の方が戦い易い。
レインが本気で戦えるなら、魔獣相手でも後れはとらないだろう。
ある意味一番適任といえる。
(それにしても、このマサノリという男は・・・)
レインの事件解明を願う一方で、プロトスは心の中でマサノリに対して言い表せない不快感を抱いていた。
明るく快活で懐の深さを見せてくる一方で、何とも言えない引っ掛かりを覚えていた。
最初は、互いの立場の違いがその理由とも感じていたが____
(それだけでは無い気がする・・・・・)
この魔獣騒動もそうだ。
人良くこちらの立場を心配だと言ってはいるが、もしそうなら黙っているのが一番だ。
この外交の場で、魔獣などの騒動や、その風評が何をもたらすかを帝国の外交のトップが知らないわけがない。
もっともらしい事を言っているが、これは明らかにこちらを不利にする攻撃だ。
だが、攻撃なら攻撃で中途半端なのだ。
風評被害などを考えれば、帝国側は騒げば騒ぐほど有利になる。
だが、マサノリはそれをしない。
この一件で、“利”を得ようとはしておらず、本心が何処にあるのか分からないのだ。
プロトスはオーマからの忠告を思い出し、最大限に目の前の外交相手を警戒するのだった_____。
ベルヘラ港の船着き場____。
レインは一人、魔獣騒動の現場で戦闘跡を調べていた。
「この爪のサイズ・・・かなり大型の四足獣だ・・・だがおかしい。襲われた痕跡は有るのに、死体が無い・・・・生き延びた?魔獣相手に?・・・・・血痕も少ないし、襲われた側も相当の使い手だな。足跡も無いから隠密行動に長けている。多人数ではなく、少人数で大型の魔獣相手に渡り合っている?それとも魔獣が手加減した?野生の魔獣がこんな所に現れるワケないから召喚によるもののはず。ならば、その可能性はゼロではないが、だがどういうことだ?」
魔獣の報告が本当だというのは分かったが、現場を見ている限りだと他の事は分からない事だらけだった。
「襲った側も、襲われた側も尋常ではない奴らだ。このベルヘラにこんな強者が居るなど、伝承ですら聞いたことが無い。・・・やはり帝国か?」
襲った側か、襲われた側、どちらかに帝国が関わっているとレインは推測している。
「安易に帝国を疑うなとお義父様には言われているが・・・・」
現場を調べれば、疑わない方が無理だろう。
このベルヘラに魔獣を召喚できるほどの魔導士も魔獣と渡り合える隠密も心当たりがないのだから。
「・・・だが、それならマサノリは何故この事をお義父様に話した?・・・帝国にとって、やましい事のはず・・・」
もし、どちらかが帝国勢力なら、どちら側だったとしても、かなりやましい事をしていたはず。
本命はベルヘラ、センテージへの工作だろうが、その存在を帝国自ら明かす意味が分からない。
「本当に帝国は関係無いのだとしたら・・・・・」
ここで行われた争いのレベルは帝国以外にないとは思うのだが、もし違うのであれば、レインが思い当たるのは二つだ。
一つはココチア連邦だ。
以前からエルス海の覇権を狙っていて、何度か争ってもいる。
さらに対帝国のために、領土拡大を目論んでいるという噂もある。
帝国ほどではないが、ココチア連邦の国力なら、このレベルの人材が居てもおかしくはないし、ベルヘラで暗躍する理由もある。
もう一つはオルス(オーマ)たち雷鳴の戦慄団だ。
理由は思い当たらないが、実力的には魔獣と渡り合えるだろう。
「オルスさんを尋ねてみるか・・・」
もちろんオルス(オーマ)が関与しているとは疑ってはいない。
だが、この件は国の沽券に関わる案件だ。少々心苦しいが、可能性が有るなら確認する必要がある。
何より、自分より広く世界を見て来たオルス(オーマ)たちなら、魔獣を召喚できるレベルの魔導士を知っているかもしれない。
「確か・・この近くで商人から船を借りて、アジトにしていると言っていたな・・・」
現場での調査を一通り済ませたレインは、オルス(オーマ)を訪ねるべく、商船が並ぶ船着き場へと足を向けた。
だが雷鳴の戦慄団のアジトへと向かい始めて直ぐに、前からこちらに向かって三人の人が歩いてくるのが見えた。
遠目だがレインには直ぐに誰だか分かった。
レインはその最近よく知った人物に、手を振りながら駆け寄って声を掛けた。
「オルスさん!ネリスさん!ミスティさん!」
「レイン!?どうしたんだ?こんな所で?」
「あなた今、帝国の来賓を相手にしているんじゃなかったの?」
「どうしてここに?」
「それなのですが、実は____」
レインが港にいる事に驚く三人に、レインはこれまでの経緯を話した。
驚きと戸惑いだった三人の顔は、レインの話を聞いているうちに真剣な表情になっていった。
それがレインには嬉しかった。
この騒動の意味と、その事で置かれたレイン達の立場について理解してくれているのだと感じたからだ。
話しをしていてレインの心が軽くなった頃、説明は終わり、最初に感想を口にしたのはジェネリーだった。
「・・・・それは辛いですね」
ジェネリーがレインに悲痛な表情を見せて、そう呟いた。
反乱計画も知らず、立場の上でも帝国側だが、元々第一貴族には思うところがある。
さらに、自分の故郷のシルバーシュとセンテージが置かれている状況が似ているため、ジェネリーは気持ちの上ではレイン達の味方だった。
悲痛なジェネリーの感想に対して、オーマからは冷静な反応が返ってくる。
「それはかなり難しい状況だな・・・帝国が怪しいのはよく分かるが、迂闊には相手を疑えないだろう。正直なところ、ドネレイムとセンテージの外交は向こうが有利だ。話しがこじれ、外交が失敗して戦争になった場合、困るのはセンテージだしな」
「はい。お義父様も同じ事を言っていました。できれば、表沙汰にはしたくないと・・・」
「だから、あなた一人で調査していたのね」
「それにしても、何故帝国は自らこの騒動の話しを持ち出したのでしょう?・・・いえ、もちろん帝国が関与している証拠は無いのですが・・・」
「それは恐らく、風評被害を回避するためだな。何も言わずにこの騒動でセンテージに詰められたら、帝国は完全に悪者だ。だが帝国側から先に言い出せば、自分達からやましい事をしたなんて告白するわけない、と言えるし、センテージ側が帝国の所為にしようとしている、とも言える。そしたら、完全な証拠が出ない限り水掛け論にしかならないだろ?恐らく、帝国側はこの件で証拠は出さない。もしくは出ないと踏んでいるのだろう。だから、自ら先に言って、事件を有耶無耶にできるようにしたんだ」
「なるほど!確かにそれなら、マサノリの行動にも納得ができます!」
___と、オーマはこう言ってみたものの、納得しているレインを他所に、マサノリだったら別の意図が有るように思っていた。
だがそれは、レインの前で言えることではなかった。
「なら、証拠はいくら探しても出ず、証拠も無く表沙汰にして帝国を批判しても、水掛け論になってしまうだけ・・・そして」
「こじれれば、こじれるほど、立場の弱いこちらが不利・・・・クソッ!」
「でも、そういう事なら先に落としどころを決めちゃえば?証拠は出ないんでしょ?なら考えようによっては、適当な理由で解決したことにできるでしょ?ああ、もちろん表向きには、よ?」
「それは俺達が立ち入る話じゃないな・・・」
「お義父様に相談してみます」
「よし、じゃー、表向きの外交問題はプロトス卿に任せるとして、この魔獣騒動について、できる限り調べよう。帝国が関与していて、証拠が出ないとしても、帝国と争った別勢力について何か分かるかもしれない」
「手伝ってくださるのですか!?」
「レインが良いなら___な?」
「元々私達がここに来たのも、魔獣の噂を聞いたからだしね」
「外交の問題も絡むなら、傭兵の方が動きやすい場合も有るだろう?」
「ありがとうございます!オルスさん達が力を貸してくださるなら心強いです!!」
レインは歓喜で瞳を潤ませながら、頭を勢い良く下げた。
その姿に、オーマ達は照れくさく、苦笑いするのだった_____。