マサノリの目論見(1)
「「ウッソだぁ~~~~!!」」
レインとのデートの後、アジトの船に戻り、デートでの朗報を伝えたオーマに返ってきた皆の反応は、疑いの眼差しだった。
「団長が一人で、若い女の子をぉ?」
「・・・・ウソですよね?」
「お前らどんだけ疑うんだよ・・・」
「だって、団長がサポートもなく、若い女性を口説いたって言われたらねぇ?」
「第一貴族がやましい気持ちも無く慈善事業はじめました、って言うぐらい信用無いです」
「いや、本当だって・・・てか、フラン、ウェイフィー、お前達は見てただろ」
「ハハハ、すまねぇ団長、ついノリで・・・」
「実際に見ても信じられなかったから・・・」
「ひでーな。気持ちは分かるが・・・」
だが、自分でも正直なところ、信じられないといった感情が残っていた。
オーマが異性に対して自信が持てる日が来るのは、まだ先なのだろう____。
「という事は、団長はお一人で成し遂げたという事ですね!すごいです!」
「ありがとう、ロジ」
「はぁ~~、あの団長がねぇ・・・」
「お前達、さすがに団長を疑いすぎでは?」
「そうです。疑いすぎです」
「ロジとイワナミは意外に感じてないのですか?」
「ああ。いっても、まだ“仲間”だろ?恋仲になった、というなら信じてなかったが」
「ロジくんも?」
「そうですね。レインさんと団長は最初から、馬が合うなと感じていましたから、仲良くはなりそうだなと・・・」
「ふ~ん。じゃあ、そうなのかもね」
「ロジが言ったら納得するんだな。副長」
「フフン♪まーね」
「いや、褒めてねーよ」
何故だか得意気なヴァリネスに、毎度の事ながらと思いつつイラッとした。
「まあまあ・・・とにかく、レインの攻略はほぼ完遂ってことね」
「後は、父親のプロトスの方か・・・」
「そっちも割と良い感じなんだろ?」
「まあ・・・ある程度の信頼を得た手応えは有る」
「では、それにレインさんが加われば、行けそうですね」
「・・・順調ってことかしら?」
「そのようだな。帝国外での限られた状況での作戦だったが、割と上手く行っている」
「おし!こりゃー、今日は前祝いだな!」
「お?いいわねぇ、団長もさすがに、今日は飲むでしょ?」
「そうだな。今日くらいはイイかもな」
ベルヘラに来てからは、あまり羽目を外すことは無く、慎重に行動してきた。
そんなオーマも今日は気分が良く、羽目を外したかったのだろう、副長やフランと同じくテンションを上げ、酒盛りの準備を始める。
だがそこにクシナが、バツの悪そうな顔でオーマに話し掛けてきた。
「申し訳ないのですが、団長。そうもいかないのです」
「ん?何だ?クシナ?」
「実はマサノリ総督の部下の者が来まして、今日の夜に参上するように、と」
「うげっ!」
「マジかよ・・・・これから行かなきゃならないのか・・・」
「こんな時間に・・・」
「団長、お気の毒・・・」
隊長達から同情の視線が、オーマに集まる。
オーマは観念したように、溜息をついた。
「ハァ・・・まあ、マサノリは外交特使として来ているのだから、俺を呼び出すとしたらこんな時間だろう」
「行くの?」
「行かなくて済むの?」
「そうよね~~」
メンバーのテンションが一気に下がってしまった。
「はぁ~、タイミング悪りぃなぁ、もう」
「案外、団長が上手くやったのを知って、邪魔する気じゃない?」
「いや、副長。団長にこれをやらせているのは彼らですから、さすがにそれは・・・」
「分かっているわよ。真面目ね、クシナ。楽しい気分に水を差されて、嫌味になっただけよ」
「用件は何なんでしょうね」
「普通に考えれば、現状報告だろうが・・・」
「チッ・・・それは、定期的にユイラにさせているだろ」
「じゃー、別の用件ってこと?」
「それはそれで嫌だな・・・」
「内容が分かりませんものね」
「色々覚悟して行った方がいい」
「でも、それっていつもの事よね。第一貴族に呼ばれた時は」
「まあな・・・はぁ・・とにかく行ってくる。副長、後よろしく」
「任せて。団長の分まで騒いどいてあげる」
「・・・・・」
「・・・・・?どうしたの?」
「いや・・・飲みはするんだなって・・・」
「もちろん♪」
「・・・・・俺が帰ってくるまで待つとか、日を改めるとかは?」
「奴らに呼び出されたら、いつ帰れるかなんて分からないし。これから、騒げる時間が取れるかも分からないじゃない」
「そうだ。許せ、団長」
「一足お先です。団長」
「わ、私は別に・・・待っても」
「待たない。団長はまたの機会」
「いってらっしゃい!頑張ってください!」
「チッ!行ってくる!」
いつものノリではあるが、オーマは少し不貞腐れて、マサノリに会うため指定された場所へと向かうのだった____。
街の大通りを途中で外れて、オーマは人気の無い飲食店に入った。
帝国のスパイが経営している店だ。
「お待ちしておりました。奥へどうぞ。マサノリ総督がお待ちです」
店に入って直ぐに、店員にそう告げられる。
(名前すら、名乗っていないのに・・・こっちの顔と名前、すべて把握しているって事か・・・恐らく行動も大体把握されているな)
サンダーラッツのベルヘラ内での行動全てをチェックしている事が何気ない一言でも分かる。
無論、オーマもそうだろうと思っていたので、疑問は抱かないし、メンバーにはジェネリー以外全員に、“街では見られているつもりでやれ!”と言ってある。
オーマ自身もプロトスと会う時も、レインと居る時も、気配はかなり気を付けていた。
「ありがとうございます」
短く礼を言って、奥へと進む。
奥の廊下を進むと、いつか左右にドアがあり、正面奥にもドアがある。
その正面のドアの前に、フード付きのマントを着た男達が数人立っていた。
見た目もそうだが、正面に立っているのに、見失いそうなほど気配が薄い。
そして、立ち姿に隙が無い。
(・・・かなり腕が立つ)
外交の最高責任者にして軍の総督の近衛なのだから当然と言えば当然だが、ここまで厳重にする必要があるのか疑問を抱くほど過剰戦力に思えた。
(そういえば、指定された場所も、思い当たるスパイのアジトで一番遠い場所だったような・・・・ベルヘラの実力者は調査済みだろうに、何故ここまでの戦力を?何か別に秘密作戦があるのか?)
頭の中で色々考えたが、とにもかくにもやる事は変わらない。
オーマは気持ちを切り替えて、正面のドアの前まで来ると、臆することなくドアをノックした。
「入れ」
「失礼します。・・・お待たせしました、マサノリ様」
「いや、よく来てくれた。座りたまえ」
「は、失礼します」
以前と同じようにマサノリは、オーマを気さくに迎え入れる。
オーマも特別緊張することなく、自然な態度で席に着いた。
「こんな街の外れですまないな。もう少し近場も考えたのだが、念の為にな」
「警戒するに越したことはないかと。私は気にしておりません」
「理解があって助かる。・・・それで、遠くに呼んだ私が言うのもなんだが、誰かに付けられるといったことは無かったか?」
「はい。ここベルヘラで、ある程度信頼を得て足場を築きましたが、慎重さは忘れておりません。十分に警戒してここまで来ましたが、センテージの者達に監視されていることはございません」
「そうか・・・」
「・・・?」
マサノリの反応にオーマは少し違和感を抱く。
何というか、誰かが付けてきて当然、あるいは、誰かに付けてきて欲しかったような反応に感じた。
(誰かに付けられると考えて、あえて遠くの拠点を指定した?・・・近衛の戦力もそれを想定して?)
少々考え過ぎかもしれないが、第一貴族相手には慎重に成らざるを得ない。
「まあ、気にしないでくれ。さて、すでに報告は上がっているが、君のプロトスやレインの印象を含め、もう一度詳しく聞きたいと思っていたのだ。聞かせてもらえるか?」
「畏まりました」
オーマはプロトスに会った時以上に警戒レベルを上げる。
そして、既にマサノリがプロトスとレインと面識がある以上、変な着色はせず、余計なことも言わず、一から報告を上げた____。
「ふむ・・・二人の印象は私も同意見だ・・・」
オーマの報告が終わると、マサノリはそう呟いて考え込む。
少し考えてから顔を上げて、オーマに質問してきた。
その質問は、オーマにとって不快な質問だった。
「レインの攻略は順調で何よりだ。この後も上手く行きそうかね?我々に手を貸してほしい事はあるか?」
マサノリは、“部下の面倒見が良い上司”といった風に、困っているなら親身に相談に乗るといった感じだった。
(ッ!?・・・めんどくせぇ!!)
上司からのこの、“部下の相談に乗ろうとする”というスタンスは下の者にとって悩みの種だ。
問題なく仕事ができるならいいのだが、そうでない場合、“問題は有りません”とウソでも自信を持って言った方が良いのか、気になることは正直に相談した方が良いのか、上司によって変るからだ。
相手がオルド師団長なら、悩みなどしない。その時の正直な気持ちで良い。
そして、クラースもある意味簡単だ。“YES”と“やります”“できます”以外の答えが無いからだ。
____マサノリはどっちだろうか?
また、別の悩みもある、
それは、マサノリがどんなに気さくで寛大な態度でも、信用ならないということだ。
信用ならない相手からの親身に相談に乗る態度など、面倒なだけだ。
結局、オーマの選択は、“匂わせる”、“うかがう”、“様子を見る”だった。
「はい。レインもこれから帝国との外交に参加する場面も増えるそうですので、会う機会は減るでしょうが、結果は変らないでしょう。お任せください」
「ほう!それは頼もしい。やはりこの作戦を君に任せて正解だったな。とはいえ、なるべくなら早い方が良い。私の方でもレインが君と会い易くなるよう協力しよう」
「よろしいのですか?マサノリ様自ら」
「もちろんだ。今回は連携してセンテージを吸収するために、このベルヘラに来たのだからな。それに私も彼女がいない方がやり易い」
「ありがとうございます。一刻も早くレインを陥落して見せます!」
「よろしく頼む。だが、直ぐには彼女を外交の席から外せん。ならせっかくだ、ここ数日は羽を伸ばすと良い」
「ありがたいお言葉ですが、マサノリ様や使節団の方々が働いている中で、自分達だけ休むなど・・・」
「出番がないのだから、仕方なかろう?私や他の者は気にしなくてよい」
オーマは表の表情は崩さず、裏の顔で苦い顔をしていた。
(なんというか・・・やっぱりコイツは違う意味でめんどくせぇ)
上官、しかも第一貴族という、階級の差がある人間が同じ作戦中に、平民の身分の者が何もしないというのはどうなのだろう?
本当に休んでい良いのか?そうはいきませんと断って、働いた方が良いのか?またもオーマは迷ってしまう。
気心知れた親しい上官ならともかく、ここまで立場が離れた人間なら、むしろ何か命令してくれた方が楽だ。
よって、再びオーマの選択は、“匂わせる”、“うかがう”、“様子を見る”だった。
「ありがとうございます。では、作戦を上手く運ぶ事を念頭に置きつつ、少し羽を休めようと思います」
「・・・そうか。まあ、好きにしろ」
(・・・もう少し、素直に厚意に甘えた方が良かったか?)
少し素っ気なく言われ、不機嫌にさせてしまったかと思い、背中に冷たい汗が流れた。
「ではオーマ、今日はご苦労だった。もう行って良いぞ」
「は、はい・・・失礼します・・・」
帰れるのはありがたいが、気分を害してそうなったのなら、正直怖い。
(コイツ苦手だ・・・)
上下関係を出さない、ざっくばらんな上司は普通なら人気が有るだろう。オーマもどちらかと言えば、好きだ。
だが、立場が違い過ぎる人間からのざっくばらんな態度など、恐ろしくてやりづらいだけだった。
それに____
(___なんか信用できないんだよな・・・マサノリは)
オーマは言葉にできない気持ち悪さをマサノリから感じていた____。
オーマが退室した後、マサノリはあれからずっと席に座ったまま考え込んでいた。
「やはりオーマが魔族に襲われるという事は無かったか・・・まあ、魔族がオーマを襲うとしたら、もっと早くにやっていただろう・・・・・それにしてもオーマのあの態度・・・・恐らく、魔族の事は知らないのだろう・・関係している可能性が一番高いと思っていたが・・・・ではセンテージ、ベルヘラの人間か?・・・いや、そんな人間はこのベルヘラには居ない。レベル的にはレインが該当するが、レインの能力は魔獣を召喚できる類ではない・・・勇者候補に上がる以上、そういう能力を持っている可能性も否定はできないが・・・・・」
オーマの言動を思い返しながら、マサノリは推理していく。
「犯人は魔族だから、勇者か魔王絡みだろう。オーマ達を監視していたカラス兄弟を奇襲したのだ、我々が勇者を探していて、オーマ達を使っている事も知っていそうだが・・・・知っていて、サンダーラッツは攻撃せず、我々だけを攻撃した・・・」
推理していくと、どうしても魔族とサンダーラッツが組んでいるという結論になる。
「・・・・だが、オーマは魔族を知らない様子・・・私が見落とした?・・・いや、そんなはずは・・・・まるで、魔族が勝手にサンダーラッツを援護しているようではないか・・・・何故?」
推理していて、魔族がサンダーラッツには危害を加えず、自分達だけに危害を加えている節が有るのが、マサノリの中で一番引っかかる点だった。
「やはり、魔族とサンダーラッツの関係を探る必要があるな。ここ数日で羽目を外している時に、魔族に襲われてくれれば・・・・いや、むしろ襲われない方が確信できるか?・・・とはいえ、結局あの様子では休まないだろう。まあ、サンダーラッツが休まなくても、幸いオーマ自身が探るのに良い大義名分を用意してくれたしな・・・・」
考えがまとまるとマサノリはスクッと立ち上がり、部屋を出て部下たちの労をねぎらい、足早と思えるほどの歩く速度で帰って行った。
その行動はオーマと一緒に居た時と違い、非常に機械的だった____。