魔王大戦(37)「レイン、センテ・ジニル潜入」
現在のファーディー大陸にある国は、どこも騒々しいはずだ。
魔法大戦が開かれて、戦闘が行われている地域はもちろん、戦闘が行われていない地域でも、物資の準備に兵士の徴兵にと慌ただしく、さらにはそこで一儲けしようと行商人たちも激しく出入りしていて各国のどの地域も活気づいているからだ。
だがそんな中でファーディー大陸の西方、ラルス地方にあるセンテージ王国の首都センテ・ジニルは冷然として活気がなく、さらには緊張感と緊迫感に包まれていた______。
太陽が真上に来ている昼の時間帯、センテ・ジニルの中央市場では盛大に市が開かれている。
多くの露店が並び、農家から出荷されてきた作物に、漁師に猟師たちが取って来た魚や獣が売られる。
ここで、いつもならば露天商たちの盛大な売り込みの声が響くのだが、今日は殆ど響いていなかった。
どの商人たちも店の前を通る人に軽く声を掛けるだけで、いつものようにうるさいくらい声を張る商人はいない。
人通りもたくさんあるのに市場は静かで、人が歩く音が聞こえる程だ。
この光景に全く似つかわしくない喧噪のBGMで、非常に違和感があり、緊張感すら感じる様相だった。
他の国の都市も、いつ魔族が襲撃に来るか分からないので警備は厳重で、特に街を警備する兵士達には緊迫感も緊張感もあるのだが、センテ・ジニルを包み込んでいる緊迫感のそれとは違っている。
他の都市は緊張感と緊迫感がありつつも、国中が・・・いや、人類が一丸となって魔族と戦おうという意識と共に、熱意や希望と言った感情も渦巻いていて一体感もある。
だが、センテ・ジニルにはそんなものはない。
センテ・ジニルにある空気は、もっと沈んだ様な、無機質で無気力で閉鎖的で、街を歩く人間同士もどこかよそよそしい・・・。
もちろん普段はそんなことはない。
センテ・ジニルは、海運事業や観光が盛んな港湾都市ベルヘラほどの人通りと活気はないものの、都市に住んでいる住民の数はセンテージで一番。
普段の市場は、隣に立っている人にも大きな声を出さないと会話できないほどの賑わいだ。
帝国の首都ドネステレイア以外なら活気、人の数、街並みの綺麗さともに、各地の都市と比較しても見劣りするものではないはずだ。
センテージは魔王大戦の参加を拒否したのだから、そういった一体感や活気がないのは仕方がないことなのだが、それでもここまで暗いムードになるのは何故なのか?
それはやっぱり、ドネレイム帝国の影響によるものだった______。
「おい・・・」
「ああ・・・・」
普段、センテ・ジニルの市場で会話するときは咽喉を痛める程の声で会話する住民達なのに、今はヒソヒソと静かに会話している。
理由は先程述べた通りで、大きな声を出さなくても街が静かだから普通に相手に聞かせることができるからだ。
そしてもう一つ、街中に本当に会話を聞かれたくない相手が居るからだ。
住民たちがヒソヒソと話している相手・・・それは帝国兵だ。
今、このセンテ・ジニルには帝国軍の一騎士団が駐留している。
ドネレイム帝国の第一貴族のトップである三大貴族、トウジン・ミタツ・マサノリ直属の騎士団である軍統騎士団通称アマテラスという。
何故、魔王大戦に参加していないセンテージの首都にマサノリのアマテラスがいるのか_____?
理由はそのままで、センテージが魔王大戦に参加していないからだった。
センテージが魔王大戦に不参加を表明したことを表向きは受け入れた帝国だったが、もちろん中身・・・本音は違う。
人類が一丸となるべき場面で、その戦列に加わらない等・・・と、いうよりは、自分達の意に従わないことなどクラース達が良しとするわけがないのだ。
そして帝国とセンテージの立場を考えれば、それに対して報復する手段などいくらでもある。
その数ある手段の中で、帝国が・・マサノリが取った手段が、“帝国は友好国であるセンテージを指導する立場である”というカードだ。以前のベルヘラで行った外交の成果だ。
マサノリは、その成果で手に入れたカードを使って____
“例え魔王大戦に参加していなくても、センテージの者達も同じ人類、センテージを指導する立場として守らなければならない。ワンウォール諸島の住民に気を使って不参加とするなら尚更だ”
_____と言ってセンテージの防衛に無理矢理介入したのだ。
センテージ王国とドネレイム帝国の力関係に加え、一度魔王大戦不参加の要求を受け入れてもらって借りを作ってしまった以上、センテージはこの要請まで拒否することは出来なかった。
そういうわけで、保護を名目にマサノリはアマテラスをセンテ・ジニルは連れて来て駐留させ、保護を名目にセンテ・ジニル内での活動許可をもらい、無理矢理実行支配しているというわけだ。
もちろんセンテ・ジニルの住民達はそんな事情を知る由もないのだが、帝国兵士と並んで一緒に見回り警備をする自国の兵士の気まずい表情と、帝国兵士に対するよそよそしく低姿勢な態度で、その関係性がまる分かりで、気まずい空気が伝染しているのだ。
少なくとも、“自分達が良くない立場にある”ということは察してしまっていた・・・・。
その空気が日を重ねるごとに重くなり、今はもう、街は死んだような・・帝国に隷属している空気となっていたのだった______。
「あのセンテ・ジニルがこんなだなんて・・・」
なんとかセンテ・ジニルへの潜入に成功したレインは、宿泊している宿の窓から見える街の様子に悲痛な表情を浮かべていた。
センテ・ジニルには父親のプロトスと共に何度も訪れている。
そんなレインから見ても、今のセンテ・ジニルの街の様相は悲惨なものだった・・・・。
「ですが・・・まだ我慢です・・・・」
さすがに潜入中の真っ昼間から動き出すわけにもいかない。
レインは苦々しい思いを溜めながら、それでも無理矢理ベッドに潜って体を休め始める。
センテージ王や父親のプロトスだけでなく、センテージという国そのものを救うことを決意して_____。
日が沈んで更に時間が経ち、もう日付が変わろうかという頃______。
「確か・・・“待ち合わせ場所”は、ここだったはずですが・・・・」
深夜に動き出したレインは、街はずれの墓地に着いていた。
センテージに向かう道中でオーマから連絡があったのだ。“役に立つ援軍を送る______”と。
人が来ないかを警戒しつつ、レインはキョロキョロと辺りを見回して、明かりのない墓地の暗闇を観察する。
すると、木の上に留まっている一匹の蝙蝠と目が合った。
「・・・・・」
「あ・・・・・」
「・・・・・」
「・・・もしかして?」
レインはその蝙蝠から何かを察し、近づいて行く・・・すると蝙蝠の方も何かを察したのか、ゆっくりと飛び立ち、まるでレインを誘導するようにレインの方を確認しながら飛んで行く・・・。
「やっぱり・・・」
案内役を見つけたレインは、周囲を警戒しながらその蝙蝠に付いて行った______。
「お待ちしておりました、レイン様」
蝙蝠の案内に従い数分歩いた先でレインを迎えたのは、灰色と黒を基調にした貴族服を着た人型の存在だった。
人ではない。“人型の存在”だ。
人の様に見えるが、口には人並み以上に犬歯が生えており、目は夜行性動物のように金色に光っている。
顔や襟から見える首筋の肌の色は、“色白”などと言う表現では生温いほど病的に白い。
だが当然、この存在は人間ではないので病気ではない。
吸血鬼______。
そう呼ばれる種族の魔族で、レインの前に立つ男は“ヴァンパイア・オリンズ”という吸血鬼族の中でも最上位に位置する吸血鬼族の王族で、最上級魔族に分類される。
オーマがレインの援護役として、あの緊急の状況でセンテ・ジニルに行ける機動力を持ち、レインのサポートができる能力を持つと判断して、急遽送り込んだ魔族だ______。




