そして虎穴に入る(1)
デネファーへの借りを返した後、二人は本格的に動き出す。
先ずはサンダーラッツ、ラヴィーネ・リッターオルデン、勇者候補と主要なメンバーを集めて、二人で決めた自分達の意向と計画内容について話す。
これは、民間人を巻き込む可能性について一部の者達から憤る意見が出るも、計画自体には全員が賛同し、フェンダーの申し出を受ける事で意見はまとまった。
そしてその後は、ヴァリネス主導で準備が始まる_______。
オーマに代わってヴァリネスが全体の指揮を執るのは、オーマはフェンダーと会うために、当日の指揮はヴァリネスが執ることになるからだ。
更に、今回の作戦内容を把握する人物はヴァリネス一人になるからというのもある。
これは、フェンダーの申し出が罠だった際、万が一オーマを通じて作戦内容を第一貴族に知られる可能性が有るため、オーマ自身も今回の作戦の全貌は把握しない方が良いだろうと判断した事に加え、相手が第一貴族であるがゆえ、情報漏れのリスクを軽減するため、作戦の全貌を知る者は少ない方が良いだろうという判断だ。
よって、オーマに限らず、他の主要メンバーも作戦内容は知らされない。
ヴァリネスだけが全貌を把握し、指揮を執ることになる。
重要な作戦の全貌を知る人物は、オーマにとって最も信頼できる人物でなければならない。
そういった意味で、今回の作戦指揮はヴァリネスにしか任せられないものだった。
オーマに代わって全体の作戦指揮を執ることになったヴァリネスは、先ず予定通り、オーマの護衛隊の編成、逃走経路の選定を実施。それからそれに伴う軍事訓練を各幹部達に指示する。
指示を受けた各隊長達は、逃走経路からゴレストに辿り着くまでの時間を計算、逃走の際の隊列、追っ手が来た場合の対応、逃走に必要な物資の用意をし、作戦を想定した軍事訓練を行って準備を進めて行く。
またヴァリネスは、レインとサレンの二人を一時的にゴレストとセンテージに向かわせ、プロトスとデティット達に今回の件の事情を説明させ、万が一には反乱軍として連携できるように手配を要請する。
プロトスとデティットは、既に自国で反乱軍の勢力拡大を行っており、ある程度の戦力を確保していたため、これを了承した。
そうして作戦準備が進む中、途中でヴァリネスは逃走の際、帝国兵の足止めが必要になると提案。
サンダーラッツの隊長達で、少数精鋭の囮部隊を編成した。
逃走の際のサンダーラッツの指揮は、ラヴィーネ・リッターオルデン幹部達に任せるよう作戦変更の指示を出す。
逆にしなかったのは幾つか理由があり、一つは、逆にした場合、ラヴィーネ・リッターオルデンの兵士達が不信がって士気に影響する可能性が有ると考えたからだ。
そしてもう一つは、帝国の諜報機関バグスの筆頭、カラス兄弟こと似非鴉と死屍鴉対策だ。
特に対象の体格、体臭、顔、声、性別の全てをマネるという変身能力を持つ似非鴉の対策は、レイン攻略のために港湾都市ベルヘラに行く前にマサノリと打ち合わせをした際、似非鴉はサンダーラッツ幹部に成りすませるようになった可能性が有る。
そのため、最悪の可能性を想定して、サンダーラッツ幹部達を隔離しようというわけだった。
軍団指揮やオーマの救出で似非鴉に紛れ込まれたら、最悪の事態が起こるが、囮部隊ならそのまま放置できる。
そんな采配をしつつヴァリネスは、ヴァリネスだけが隊長達本人と判別できるようにもするため、サンダーラッツの各隊長達と一対一で独自の打ち合わせを行う事も忘れずにしておいた。
そうして、一部作戦を変更したりするも、おおむね問題無く準備は進んで行った_____。
一方のオーマは、フェンダーと会うための準備を進めていた。
帝都の中央通りから、遠征軍の宿舎(平民用)に行く通りのレムザン通り、その反対側の通りはライザン通りという。
通称“東方区画”と言われており、この区間は民間の住居から寺院に至るまで、エリスト地方の文化が色濃く出ているのが特徴だ。
そしてその東方区画には、ドネル神社という神社があり、この神社がフェンダーからコンタクトを取るために指定された場所だった。
オーマはフェンダーとコンタクトを取るために、ここにクシナを向かわせた。
オーマは普段ここを使わない。というより、ライザン通り事態にあまり足を運ばない。
おまけにオーマはそれなりに有名人なので、顔が世間に知られている。
よってオーマは、自分がライザン通りに居ると目立つと考え、普段からよくここに来て神社にお参りするクシナを頼ったのだ。
「___ふぅ。これでいいのかしら?」
ドネル神社に来たクシナは、指示通りに絵馬を購入。フェンダーから指定された文章を書いて奉納した。
そしてクシナが後日神社を訪れると、その返事となる絵馬が奉納されていた。
こうしてオーマは、ヴァリネスから準備の進行具合を聞きながら、それに合わせて神社の絵馬を通じてフェンダーとコンタクトを取り、申し出を受ける日程を調節して行く。
そうして準備を進めて行くこと一か月、全ての準備を終えたオーマ達は、フェンダーの申し出を受ける日を迎えるのだった_____。
フェンダーと会う約束をしたその日の深夜______。
「・・・ここか」
オーマはフェンダーとの打ち合わせ場所に到着する。
場所は帝都の外、帝都を囲う様に広がっている農業区画の北東にあたる一か所、貴族たちの屋敷が建つ貴族区画と商業区画の間くらいの外壁のそばだ。
(こんなところに第一区画からの脱出ルートが在るとは思わなかった・・・)
何処の国にも万が一、城が落とされたときに皇族を逃がすために、城からの脱出路は在るだろう。
なので、当然この帝都にもあるだろうとは思っていたが、その場所はこの帝都に長年住んでいるオーマでも全く分からなかった。まあ、いざというときの脱出用隠し通路なので、当たり前と言えば当たり前だが・・・・。
ここでオーマは一人、明かりも灯さずにフェンダーが現れるのを待つ。
罠かもしれない誘いを受けて、暗闇の中で一人・・・そこに緊張はややあるも恐怖や不安は無い。
オーマが勇敢だから?_____違う。
心に余裕があるう?_____違う。
フェンダーを信じている?_____違う。
(ヴァリネスの話じゃ、この周囲1キロメートル以内にクシナ達が居るらしいが・・・なら、襲われたときは____)
オーマにあるのは“備え”と“警戒”だった。
万が一に備えて、逃走と仲間との合流を頭の中でシミュレーション。
神経をすり減らしながら周囲を警戒していた。
(中に入ったときは、ジェネリーが______)
ヴァリネスから聞かされた現在の反乱軍の配置は、待ち合わせ場所周辺にサンダーラッツ幹部達で構成された囮部隊。オーマの護衛を務める勇者候補達は、怪しまれない様に貴族区画のジェネリーの屋敷で待機中。
そしてラヴィーネ・リッターオルデンの幹部達が指揮するサンダーラッツとラヴィーネ・リッターオルデンは、軍の野営訓練と称して農業区画の外れに待機中だ。
オーマはこの事を頭に入れつつ、万が一を想定しながらフェンダーを持つ。
そして十数分後______。
「_____ッ!?」
突如として人の気配が漂う・・・・・
(魔道具で気配を消していた!?)
オーマは少し動揺するも、想定していた事態でもあったため、不用意に騒ぐことも魔法を使うこともせずに済む。ただ念の為、いつでも飛び出せるように構える・・・。
オーマがいつでも飛び出せるよう備えつつ、気配のした方に意識を集中していると、そこにあった岩が、まるでハリボテで出来ているのかと思う程の重量感の無さで、スーッと動いた。
「待たせてしまったようだな」
そうして動いた岩の在った場所には、人一人が通れるほどの通路があった。
「お待ちしておりました。お久しぶりです。フェンダー様」
そして、通路入り口の階段には、待ち人のフェンダーが立っていた______。




