伸るか反るか(1)
オーマにとって、最早帝都に居る事は何の益も無い。
だが、クラースからは新たな命令が下りず、帝都を離れる口実が無くなり、オーマは内心で焦る。
それを知ってか知らずか、クラースはオーマの逃げ場を奪う様に話を続けた。
「仮に、真の勇者が今いる勇者候補の中に居なくても、この大陸に敵対勢力が居なくなった今なら、おいそれと我らと敵対できないはずだ。貴君にろうらく作戦を任せていた頃とは状況が違う_____フッ」
「!?」
そう言って、クラースが一瞬だけ薄く笑ったのをオーマは見逃さなかった。
(そうなるように調整していたってわけか?)
真の勇者がカスミの見つけた勇者候補の中から現れない可能性は、最初から分かっていた事だ。
そのためにクラース達は、真の勇者が帝国傘下以外から現れても対処できるように、この大陸から敵対勢力を無くすつもりで、オーマと勇者候補達を大陸中に行かせて準備していたのかもしれない。
敵対勢力がいなくなった帝国には、大義がなければたとえ真の勇者であっても、大衆から理解が得られないと手が出せない。
大義名分を得ずに大陸を制した帝国と戦えば、例え真の勇者でも“横暴に世間を混乱させた”_____というシナリオにしかならない。
ならば少なくとも、これから新たに勇者や勇者候補が自分達の支配圏以外から見つかっても、その存在とは敵対しないで済むのだ。
表立って勇者と争わなくて済むのならば、人間相手ならクラース達帝国の知略と組織力がモノをいうだろう。
そうして、勇者自身は不本意であっても帝国の傘下に入れられて、利用される結果になる_____。
「そうなると、残りの難題は魔王になるわけだが、だからと言って、有力な情報も無くリスクの高い魔王捜索に、わざわざ貴君や勇者候補を使う必要は無いだろう。必要性が出て来るまでは、君達を使うのはリスクでしかなく、無駄遣いだ」
クラースがはっきりとそう言い切った事で、覆せそうにないとオーマは感じた。
「そうですか、では我々の今後は・・・・?」
「今のところ任せたい仕事は無い。しばらくは勇者候補の者達との関係強化に努めてくれ。もちろん関係強化の名目なら費用はこちらが出す。まあ、長い休みだと思って楽しんでくれたまえ、必要が出たらまた追って指示を出す。話は終わりだ」
「ハッ!畏まりました!では、失礼します」
ここで話は終わり、オーマはクラースの政務室を退出する。
(くそ・・・どうすれば・・・)
そして、帝都を離れる口実を見つけられなかったオーマは、焦りと悔しさを抱えながら足早に城を出る羽目になるのだった・・・。
「フフッ・・・逃げたかったか?オーマ・ロブレム。残念だったな」
クラースの方はと言えば、オーマの心情をすべて把握しているかの様に余裕と冷笑を浮かべていた。
「これから自分の処刑が始まる_____そう思っているのか?だとしたら、とんだ大マヌケだ」
そして “もう始まっているぞ”と、ぼそりと呟くのだった______。
「はぁ~~い♪オーマさん♪店に寄ってかない?」
「・・・・・・・」
「・・・・?」
「どうもオーマさん。お世話になっております。また店に寄って頂ければ______」
「・・・・・・・」
「_______と」
いつものレムザン通り。
酒場の常連客であるオーマが通ると、店の呼び子たちがいつもの調子でオーマに声を掛ける。
だが、オーマにはいつもの様に声を掛けて来る者達を相手にする余裕は無く、そのまま素通りだった。
頭の中は先のクラースの態度、自分の処刑が迫っている事への危機感、フェンダーの反乱軍参加の申し出の事で一杯だった。
そしてオーマは、この件を相談するためにヴァリネスに会うべく、待ち合わせ場所のデネファーの店へと足を急がせるのだった_____。
デネファーの店、酒場レッドベア____。
_____カラン
「お邪魔します。デネファーさん、副長はもう来て_____な!?」
「_____なによ?」
「い、いや・・・これはなんだ?」
「・・・・・・」
オーマがデネファーの店に入ると、迎えてくれたのは暴動でも起きた様に散らかった店と、給仕の姿のヴァリネスだった。
待ち合わせをしていたのだから、ヴァリネスが店に居ても何も不思議な事は無いのだが、散らかった店のありさまと、ヴァリネスの給仕姿は異様でしかなかった。
「・・・・何をしているんだ?」
「・・・何って、働いているだけよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・なんで?」
「働かなきゃいけないの」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・なんで?」
「なんでも!」
「はあ?」
「とにかく邪魔しないで!」
ヴァリネスはそう言って、黙々と散らかった店の中を片付けている・・・・。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・何してんだ副長?」
「だから働いているって言ってるでしょーが!!」
「だから何でなんだよ!?」
「_____羽目を外し過ぎたんだよ」
「デネファーさん?」
オーマがこの状況を理解できないでいると、ヴァリネスの代わりにデネファーが割って入ってくれた。
「先の飲み会で、はしゃぎ過ぎたんだよ」
「え?じゃあ、もしかして、店を散らかしたのって・・・・?」
「おお、ヴァリネスだよ」
「くっ・・・」
「なん・・・だって?」
「つまりな_____」
デネファーが言うには、こういう事だった。
オーマが城に行っている間、ラヴィーネ・リッターオルデンを兵舎に案内したヴァリネス達は、それを済ませると、オーマと会うまで時間が有ったので、ヴァリネスはこの店でいつもの様に飲んでいたそうだ。
そしてそこで、いつも以上に羽目を外して飲んで暴れた結果、店に結構な損害を出してしまい、さすがにデネファーでも見過ごせなくなって片付けと弁償をさせているとのことだった。
「あほか・・・・」
先程までの緊張感と緊迫感はどこへやら、それを聞いたオーマは心底げんなりしていた。
「うるさいわね。ちょっといつもより飲み過ぎちゃっただけよ」
「本当か?」
「本当よ!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「デネファーさん」
ヴァリネスの言う事が信じられないオーマはチラリとデネファーを見る・・・。
「ッ____コホン」
デネファーは仕方が無いと言った様子で、一度咳払いしてから口を開いた。
「ラヴィーネ・リッターオルデンの連中も連れて来たんだよ」
「ああ、彼らも連れて来たんですね」
「それで、酔った勢いで・・・ミューラー?だったか?ほら、一人顔の可愛い男がいただろ?そいつに襲い掛かったんだよ」
「は!?」
「ちょ!?人聞き悪い!デネファーさん!良いムードだったから、仲を進展させようとしただけよ!」
「俺にはセクハラに見えたがな?」
「酷い!デネファーさん!」
「でもラヴィーネ・リッターオルデンの連中もそう思って止めたから、店がこうなったんだろ?」
「くっ・・・サスゴットもコレルもなによ。ちょっとミューラーくんとスキンシップとったくらいで、“変態”だの“痴女”だの言いおって!」
「・・・・・」
再度まとめると、兵を兵舎に入れた後、ラヴィーネ・リッターオルデンの幹部達とここに飲みに来て、酔った勢いでミューラーにセクハラしたらサスゴットとコレルに止められて、店で暴れて、デネファーでも看過できないほど店に損害を与えて、弁償と片付けをする羽目になっているというわけだった・・・・。
「アホか・・・」
「ひどっ!?ってか、その“くだらないモノを見る目”で私を見るな!!」
「くだらないだろう。いい年してんだから、欲望があっても抑えろよ」
「無理よ!だって、ミューラーくん超絶かわいいんだもん!!」
「はぁ・・・・」
もう、オーマにはなんて言っていいか分からなかった・・・。
「と、とにかく、サスゴットとコレルには後で俺からも謝って置くとして、デネファーさん」
「何だ?」
「あの、申し訳ないのですが、ちょっとコイツと大事な話が・・・」
「ふぅ・・・お前が来る事は聞いているよ。しょうがねぇなぁ。だが、後で片付けもしてもらうし、明日はヴァリネスのおごりで買い出しも手伝ってもらうぞ?」
「ああ、はい。それはもう、好きにこき使ってください」
「なによそれ!?団長も手伝うんでしょ!?」
「断る。今の俺にそんな余裕は無い。自分でどうにかしろ」
「ムッキー―――!!あ、そう!?じゃあ、私もアンタの相談に乗らない!乗ってあげない!」
「こ、こいつ・・・」
何故に自分が____?と、オーマは憤るが、こうなるとヴァリネスは手が付けられないので、オーマはしぶしぶ了承した。
「はぁ・・・分かった分かった。じゃあ、店の片付けくらいは手伝ってやる」
「本当!?さっすが団長♪部下想いね!」
「くそったれ・・・いいですか?デネファーさん?」
「一秒でも早く店が元に戻るんだったら、なんでもいいぜ」
「ありがとうございます。では、片付け中に申し訳ないですが、後で手伝いますので、地下をお借りします」
「おう、今は酒もつまみも期待するなよー」
「はい。分かってます」
「えー・・・お酒も飲めないのー?」
「飲めるわけねーだろ!!いいから来い!俺に手伝わせるんだ、しっかり知恵を借りるぞ!」
「あ!ちょ!耳を引っ張らないで!分かったわよ!」
こうしてオーマは、ヴァリネスと今後の事について話し合うべく地下へと降りて行った_____。




