ダマハラダ砂漠の戦い(44)
「・・・・・・・」
イワナミが魔法術式を展開するのを見て、コレルも作戦を変更しようというのか、接近戦を仕掛けるのを止め、雪上を旋回しながらイワナミを観察していた・・・。
「・・・・・・」
だがイワナミには、そのコレルの様子は、魔法を発動するタイミングを計っている様にも見えた。
(カウンターを狙っている?大技を出した後のスキを狙っているな・・・・)
今のコレルは、イワナミにとって危険を察知した獣にも、獲物を狙う獣にも見えていた。
イワナミがスキを見せれば即座に飛び掛かって来るだろうし、魔法を発動しようとすれば脱兎のごとく逃げ出すだろう。
つまりは、イワナミは大技を出す前に、コレルが逃げられない様に、且つコレルが襲い掛かって来れない様に、工夫する必要が有るということだ。
本来は速攻の信仰魔法による牽制が望ましいが、最大火力のフレイム・アーマーを維持しながら風属性の上級魔法攻撃魔法を使おうとしている今の状態では、さすがに牽制にまで魔法は使えない。
そんな事は勇者候補でもないと不可能で、イワナミには無理な話だった。
「ふっ!」
イワナミは代わりに、手持ちのバトルアックスをぐるん!と廻し、地面に向かって振り下ろし_____
______ザッパァアアアアア!!
「_____!?」
そして、コレルに向かって足下の雪を斧で跳ね飛ばした_____。
イワナミの潜在魔法をフルに使ったバトルアックスで飛ばされた雪は、数メートル離れているコレルのところまで簡単に届いた。
だが、威力はたいしてモノではない。
それでも構わない。ただコレルのリズムを少しだけ崩せれば、それでよかった。
_____ザパァアアア!!_____ザパァアアア!!_____ザパァアアア!!
何故なら、足下の雪を使う事で、イワナミの足場も安定してくるからだ。
「_____チッ!」
それに気が付いたコレルは、観念したかのように左右に動きながら、イワナミとの距離を詰め始めた____。
(来たな!?_____勝負!!)
イワナミは、コレルのその動きを冷静に見据えながら、攻撃を繰り出すタイミングを計る。
そして、コレルがイワナミのバトルアックスの射程ギリギリ外から、一気に懐に入ろうかというタイミングで、イワナミはそのバトルアックスをコレルに向かって投げ放った_____
「_____ぬぅ!?」
絶妙なタイミングで投げ放たれたバトルアックス。
だがコレルは、咄嗟に地面に伏せることで、これを回避した。
そしてそのまま、四足獣が獲物に襲い掛かるかの様に、一気にイワナミに飛び掛かる_____イワナミはこれを予想しており、カウンターのタイミングを完璧に掴んでいた______
「_____サイクロン!!」
イワナミが持つ風属性魔法の中で、最大最強の攻撃魔法。
相手を鎧ごとひしゃぐ豪風に、コレルは自ら飛び込む形で被弾してしまった_____。
だが______
「はぁあーーーーーー!!」
「何ぃ!?」
コレルはそれでも構わずに魔力を上げて突撃_____いや、特攻した。
身体は確かに切り刻まれている。軽傷ではない。だがコレルは、軽やかに、且つ鋭く、イワナミの懐へと切れ込んで見せた。ダメージも痛みも感じていないかの様に_____。
いや、ひょっとしたら、実際にコレルは痛みを感じていないのかもしれない・・・。
(フレイス様_____!!)
コレルの肉体は、フレイスに対する忠誠と、今、自分が背負っている役目を痛感している闘志によって、その痛みを凌駕していた_____。
イワナミは持久戦を想定したり、牽制を入れたりして戦術を考えていた。
それは当然のことで、決して悪い事ではない。
悪かったのは相手だ。
コレルは一秒でも早くフレイスの下へと行くために、持久戦をするつもりは無かったし、カウンターをキレイに入れる事も、イワナミの攻撃を避けるつもりもなかった。
コレルは最初から被弾覚悟だったのだ。
最初から、“被弾してでも、一秒でも早くこいつを倒す_____!!”と、コレルは決意していた。
コレルは相手を軽んじる様な発言をする事が多々ある。
サンダーラッツに対しては特にそうだ。
だが、相手を舐めてそうしているわけではない。ただ強がっているだけだ。
コレルも、サンダーラッツの強さを内心では認めている。
もし、自分がサンダーラッツの幹部と戦う事になったなら、無傷で済むなんて思っていなかった。
だから止まらなかった。止まれなかった。止まるわけにはいかなかった。
それが勝敗を分けた______
「はぁあああああああ!!」
______ズガガガガガガガガガガガーーーーー!!
「がぁあああああああ!!」
イワナミはコレルの連打を浴びてしまう・・・もう、それで決着だった。
コレルはフレイスの戦法を会得している。
水属性と氷属性の連続魔法でデバフ効果を与えて、敵の身体能力を奪いながらの連続攻撃______。
始まってしまえば止まらない。イワナミでも止められない。
周囲も、氷演武隊が固め、視暗弓隊が潜み、水突弾隊が援護している。
サンダーラッツの兵士達の中で、イワナミのヘルプに入れる者はいない・・・。
「し、しまっ・・・だん・・ちょ__________」
イワナミはコレルに押しきられる形で、この戦線を維持できなかった後悔を最後に地面に沈んだ_____。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
コレルは息を切らしながら、地面に倒れているイワナミを眺めている・・・する事はそれだけだった。
(急がなくては______)
トドメを指している間も惜しい______。
コレルは息を整えながら、イワナミの魔法で受けた傷を氷結魔法で止血。
それが終わると、直ぐにフレイスの下へと駆け出した_____
「_____お待ちなさい」
_____数歩駆け出したところで声が掛かり、コレルは足を止めた。
無視してフレイスの下へと行けばよかっただろうに、コレルはそうしなかった。
出来なかったのだ。
コレルを呼び止めた人物の気配がそれをさせてくれなかった_____。
「幻惑使いの勇者候補・・・・ベルジィ・ジュジュ」
「はい、そうです。・・・すごかったですね。イワナミさんの防御を突破した、砲撃手とは思えぬ猛攻も、イワナミさんの攻撃に耐え抜いたそのタフネス・・・闘志?いえ、忠誠心?もね・・・」
「・・・・・・」
「・・・でも、何より感心したのは、イワナミさんと戦っている間、全く幻惑を掛けるスキがなかったこと」
「ふん・・・当然ですわ。この交戦地帯で、アーグレイ様は貴方の術中に落ちたのですから」
ならば当然、ここに足を踏み入れたなら、自分もベルジィに狙われることになるのは、簡単に予想できるというものだ。
「なるほど。それで気力も魔力も張りっぱなしだったという事ですか。本当に大した人です」
「・・・・それで?一体何の御用ですの?」
「何の用って・・・何を言っているのですか?もちろん、貴方を止めに来たに決まっているでしょ?」
「・・・ふん!貴方の幻惑は通用しませんわよ」
「そのようですね。でも、それが?」
「・・・・・」
「・・・・・」
コレルの背中が冷たくなっていく・・・・・緊張と恐怖だ。
さすがのコレルでも、勇者候補が相手とならば、そうならざるを得なかった。
(周りは・・・・いえ、止めておきましょう)
コレルは、頭に一瞬だけ、周囲の手助けを考えたが、直ぐに外へと追いやった。
(死人が増えるだけですわ・・・)
相手が強過ぎる。
いくら精鋭のラヴィーネ・リッターオルデンでも、ベルジィ相手では足手まといにしかならないだろう。
周囲との連携は諦める。
では、逃げてしまおうか?
(有り得ませんわ!!)
それだけは断固拒否だ。フレイスを見捨てて逃げるくらいなら、死んだ方がマシだった。
ならば、選択肢は一つ_____
「_____参りますわ!!」
「へぇ・・・受けて立ちましょう」
コレルは魔力を最大まで上げつつ、ベルジィに向かって突進した______。




