ダマハラダ砂漠の戦い(40)
アーグレイはヴァリネスに両肩を抉られた。
だが、それでもアーグレイの闘志は萎えていない。どころか、自分に手加減したヴァリネスが許せず、怒りで闘志を沸かせてさえいた。
(私を手加減できる相手だと?その程度の実力だと?この程度で大人しくなる闘志しかないと?)
_____有り得ない。
フレイスはまだ本気で戦っているのだ。
ならば、仮にこの戦いの後に仲間になるからと言って、アーグレイが大人しくなるわけがない。
フレイスが戦っているのなら、こんな事で闘争心が萎えるアーグレイでは無い、両腕が使えなくたって魔法成り足で・・・それが無理なら、首一つでも敵の喉元に食らいついて戦う。
こんなことで戦う事を止める終わるアーグレイではない_______!!
「さあ、貴方との戦いはこれまでよ、アーグレイ。兵を連れて下がりなさい」
「_____分かった。お前達!!退避するぞ!!」
「「ええ!?」」
ヴァリネスに言われて、アーグレイは素直にそれを受け入れて魔法術式を解除、二人に背負向けて歩き出した。
「ふ、副団長殿!?」
「ど、どういう・・・」
「どうしたのですか!?」
アーグレイからの突然の命令に、氷演武隊の兵士達は“ありえない!”と困惑した様子を見せた。
「どうした?お前達?」
「い、いえ、どうしたと言いますか・・・」
「副団長殿こそ、どうしたのですか!?」
「本当に下がるのですか!?本気ですか!?」
「もちろんだ。もう大勢は決したのだ。後はフレイス様の決着を待つだけなのだ。これ以上は無駄死にだ」
「「・・・・・・」」
言っている事自体は正しい・・・だが、納得いかない。“らしくない”と、兵士達は困惑を隠せない・・・。
だがアーグレイは、その兵士達の様子を気にする事もなく命令を下す。
「行くぞ!!小隊長達は指示を出せ!兵をまとめろ!後退だ!!」
「「りょ・・・了解・・・・・」」
全く納得の様子を見せてはいない氷演武隊と視暗弓隊の兵士達だったが、アーグレイにああも迷いなく命令を出されては従う他に選択肢は無かった。
そうして、氷演武隊と視暗弓隊の兵士達は、アーグレイに連れられて後退していった_____。
「_____ふぅ・・・上手く行ったわね」
「ああ、本当にな・・・」
「ええ、本当にスゴイわね_____ベルジィ」
「ありがとうございます」
オーマもヴァリネスも少し呆れ顔で近づいてくるベルジィを眺めている。
それはそうだろう。先程までギリギリのところで命を削り合っていた相手が、ベルジィの力で簡単に決着が付いてしまったのだから_____。
ベルジィの方は、“なんてことは無い”と言った様子で、二人のところまで来るとヴァリネスに回復魔法を掛け始める。
「幻惑魔法・・・決まれば、集団戦最強の力だな・・・」
「本当ね。“相手を倒す力”じゃなくて、“倒す必要すら無くなる力”だもんね。とんだチート魔法だわ」
ベルジィはこの力を使ってスラルバン王国とボンジア公国の戦争を止めていたので、こういうモノだとオーマもヴァリネスも分かってはいたが、実際に実戦で目の当たりにすると“さっきまで苦労して戦っていたのは何だったんだ?”なんて思うほどに呆気なく、圧倒的な力だった。
だが、何はともあれオーマ達は、ベルジィが幻惑魔法で援護してくれるまで時間を稼ぐことで、この戦いの難関の一つであるアーグレイと氷演武隊を退ける事に成功した______。
「ふぅ・・・それで、ベルジィ_____」
「はい?」
できれば、もうしばらくの間アーグレイ達を退けられた安心感と、ベルジィの幻惑魔法の頼もしさを味わっていたかったが、状況が状況なだけにオーマは直ぐに次の話に移った。
「_____イワナミとジェネリーの方は?」
「はい。イワナミさんは回復して戦線に復帰しました。今は重装歩兵隊と突撃隊をまとめ上げて、砂壁盾隊の掃討にあたっています。ですが、ジェネリーさんは・・・」
「ま、まさか_____」
「し、死んだの!?」
「い、いえ、命に別状は有りません。ですがフレイスとの一騎打ちで大分魔力を削られていたところにフレイスの渾身の一撃を受けてしまって、信仰魔法も潜在魔法も使えないほど疲弊しています。戦線復帰は無理です」
「そうか・・・・・」
アーグレイ達を退けた今、ジェネリーが戦線復帰してくれれば、フレイスに勝利するのは難しくなかったのだが_____
(____仕方が無いな。俺の采配ミスで戦線離脱させてしまったレインの代わりも務めてフレイスを抑えてくれいていたんだ。それだけでも、十分な功績だ)
オーマが言う様に、それが無ければ、ベルジィかミクネ、或いは二人共がフレイスに落とされていた可能性が有り、もしそれを防ぐためにフェンダーとサレンを早期投入していたら勝負の行方はどうなるか分からなかった。
フレイスとの決着をつける切り札は、また更に別で用意しているが、それが決められるまでフェンダーとサレンがフレイスを削れる保証はなかっただろう。
オーマは心の中でジェネリーに敢闘賞を送って感謝した_____。
「____はい。これで大丈夫ですよ、ヴァリネス」
「ありがと、ベルジィ。それで団長?次は?」
「ああ、俺はフレイスのところに行く。二人は両翼に行ってくれ。中央は氷演武隊が居なくなった今、イワナミに任せておけば大丈夫だろう。ヴァリネスは小隊を幾つか連れて、左翼に行きシマズと合流しろ。一緒に兵をまとめて盛り返せ」
「分かったわ」
「ベルジィは右翼でアーグレイ同様に、敵指揮官のサスゴットに幻惑魔法を使って疾風槍隊を後退させてくれ」
「畏まりました」
「ミクネ、そういう事だ。イワナミに今のを伝えてくれ」
「おう_____」
「_____了解です。突撃隊、本隊の指揮もあずかって、中央を制圧します」
「____よし。じゃあ、各自行動に移ってくれ」
「「了解」」
こうしてオーマ達は、この戦いの最終局面に向けて動き出した______。
ラヴィーネ・リッターオルデンの陣、中央後方_____。
「・・・・何ですの?」
部隊中央で援護射撃を行っていたコレルは、前衛の異様な変化に眉をひそめていた。
「後退?・・・・いえ、撤退?」
前衛の氷演武隊の動きが、コレルには“あえて下がった”ではなく、“戦うのを止めて戻って来た”様に見えていた。
「ッ・・・・どういう事ですの?」
それをする氷演武隊に対しても、それに追撃を行わないサンダーラッツに対しても、どう考えても違和感が拭えず、コレルのシワは益々深くなっていく・・・・。
「確認しなくてはなりませんわね。第一、第二、第三小隊!私に付いて来なさい!前に出ますわ!」
「「了解!」」
「ビンズ!ここを任せます!残りをまとめて、引き続き味方の援護を行いなさい!」
「かしこまりました、コレル様。お気を付けて」
水突弾隊の副隊長に部隊を任せ、コレルは十数人の兵を連れて走り出した。
コレルにとって、これは理解の及ばない事態だったが、何処に向かうべきかは分かっている。アーグレイのところだ。
コレルは、後退してくる氷演武隊の先頭に居るアーグレイにところへと、真っすぐに・・・かつ戦闘準備もして向かった_____。
「アーグレイ様!」
「おお、コレルか。何故、上がって来た?」
「アーグレイ様が下がって来たからですわ。何故、後退したのです?」
コレルは息を切らしながらも、努めて冷静にアーグレイに問いただした。
「もう大勢は決したからだ」
「な・・・・・・・」
アーグレイの第一声は、コレルにとって信じ難いものだった________。
アーグレイはフレイスの腹心中の腹心。それはコレルでさえ認めざるを得ない事実だ。
フレイスのためなら戦闘や戦術は勿論、政治や商売の交渉から、果ては家事やペットの世話までこなす人物だ。
そして、フレイスが戦っている状況で、アーグレイが戦場を放棄した事など、一度として無い。
アーグレイは、普段は気怠そうな態度を見せる男だが、戦場ではそれとは裏腹にフレイスが撤退を宣言するまで最後の一人となっても戦う人物だ。
コレルは目の前に居る人物が、本当にコレルのよく知る尊敬すべきラヴィーネ・リッターオルデンの副団長なのかを、本気で疑ってしまった______。




