ダマハラダ砂漠の戦い(24)
ここまで続いてきたサンダーラッツ対ラヴィーネ・リッターオルデンの戦い。
ここで一旦、その状況を整理しよう。
先ずは両サイド。サンダーラッツから見て右翼側はサンダーラッツ遊撃隊とラヴィーネ・リッターオルデンの疾風槍隊が衝突する。
戦いは疾風槍隊が優位に戦いを進めていたが、隊長同士の一騎打ちで、フランがサスゴット挑発に成功して相手の指揮を乱して時間稼ぎに成功する。
それに対して左翼側では、シマズ達通信兵の三人を加えたサンダーラッツ工兵隊とラヴィーネ・リッターオルデンの聖炎刃隊との戦いが行われた。
形勢は終始ウェイフィー達工兵隊が不利な状況だったが、ウェイフィーが新たな派生属性を手に入れたのを切っ掛けに敵指揮官のロルグを撃破。
その後、ウェイフィー自身も戦場から離脱することになり、両陣営が指揮官を失った事で戦況は膠着状態が続くこととなる。
そして中央、互いに砲撃隊の援護も受けつつ、サンダーラッツの突撃隊と重装歩兵隊、ラヴィーネ・リッターオルデンの砂壁盾隊が戦いの最初に衝突した。
敵の先陣を務めていた砂壁盾隊の隊長アデリナは、勇者候補のジェネリーの一撃を受け重傷。部隊指揮は取れているものの動けなくなっている。
対して砂壁盾隊と衝突したサンダーラッツの突撃隊と重装歩兵隊の隊長であるロジとイワナミはどちらも健在だ。
そして肝心のフレイスは今、ベルジィのドーピングを受けたジェネリーが抑え込んでいて、両陣営とも決定打を出せないため乱戦が続いている。
この乱戦に、オーマとヴァリネスがサンダーラッツ本隊を連れて加わり、ラヴィーネ・リッターオルデン側もアーグレイが氷演武隊を連れて、ミューラーが視暗弓隊を小隊ごとに拡散させて加わった。
この戦況を見て、オーマは今の状況は自分達に有利であると考えていた。
両翼はどちらも指揮官が動けないので、この戦況を変えるような動きは出来ないだろう。
両陣営の砲撃隊は力が拮抗している事に加え、乱戦状態では味方を巻き込む恐れもあるので、戦況を変えるほどの攻撃は出来ない。
そして乱戦の中央、アデリナは部隊の指揮を取れてはいるものの動けなくなっている。
部隊の自力はイワナミ達重装歩兵隊より、アデリナの砂壁盾隊の方が上だが、今はロジと突撃隊もいる。
そこに来て、敵の要であるフレイスがジェネリーに抑えられているのならば、この戦況は少しずつサンダーラッツに傾いて行くだろうとオーマは推測していた。
だからこそ、この戦況を変えてしまう不安要素にオーマは目を向ける必要が有る。
敵側で、この戦況を変えてしまう不安要素は二つ・・・いや、二人だ。
出し惜しむものではないのでズバリ言ってしまうと、それはフレイスとミューラーの二人だ。
フレイスに関しては今更解説は必要無いだろう。
フレイスは勇者候補が居なければ、サンダーラッツでは最早どうにもならないレベルの危険人物だ。
だが今はジェネリーが抑えてくれている。それに、仮にジェネリーが抑えられなくなっても、ジェネリーは対フレイスの本命では無い。別の本命が準備されている。
だからフレイスについては問題ない。と、言うより、フレイスに対してオーマが出来る事はもう無い。
となればオーマが対処すべきは、もう一つの不安要素だ。
視暗弓隊とその隊長であるミューラー。
索敵、斥候から暗殺まで、ラヴィーネ・リッターオルデンの隠密を一手に引き受けている者達。
彼らは、正面での戦いではサンダーラッツにとって脅威にはならないだろう。
そこまで殴り合いが得意な部隊ではない。
その代わりと言っては何だが、隠術に関しては群を抜いている。
オーマの中では、カラス兄弟を除けば、帝国の諜報機関バグスといい勝負になると評価している。
そんな彼らは暗殺もお手の物だ。
人が大勢いる戦場でも、彼らは簡単に敵指揮官を暗殺して見せる。
しかも今この状況は乱戦。さらに場所は開けているが砂漠地帯なので視界が悪い。アデリナの砂壁盾隊が魔法で砂を錬成しているので余計にだ。
ミューラー達が暗躍するお膳立てが出来てしまっている。
一人、たった一人____もし、ミューラーがこの乱戦でこちらの指揮官を一人でも暗殺できれば、形勢は途端に変わってしまうだろう。そうなれば、オーマではもう勝敗が見えなくなる。
絶対に阻止しなくてはならない。仲間を護るという意味でもだ。
最初はミクネの結界の中なので、ダメもとでミクネに探してもらったが、流石にこの状況の中で高度な隠密魔法を使うミューラー達を探し出すのは難しいらしく、幾つかの小隊を見付け出すのが精一杯だった。
オーマからすれば、幾つかの小隊を見つけ出すことが出来ただけでも、ドン引きなのだが____。
とはいえ、肝心のミューラーはやはり隠密魔法が頭一つ抜けていてミクネでも探し出せなかったので、オーマとヴァリネスで探し出そうとしていたワケなのだが、その二人の前にラヴィーネ・リッターオルデンの副団長アーグレイが立ちはだかった______。
「団長!」
「レールガン!!」
______バリバリバリィイイ!!
「・・・・・」
______バシュ・・・・・
「チッ・・・こいつもか・・・そうなっているだろうとは思っていたが・・・」
ヴァリネスに牽制してもらって、オーマが上級電撃魔法を放った。
光速で伸びる高圧電流だったが、アーグレイが目の前に作った薄い水の盾に吸い込まれる様に消されてしまった。
それを見たオーマは、アールグレイもまた“予想通りに”、水属性の性質変化で純水を錬成できるようになって、雷属性対策が出来ていると知る。
「はぁ・・・ったく、相変わらず嫌なおっさんね_______ハァッ!」
それならば仕方なしと、ヴァリネスは金属性魔法で自身お得意の鎖鉄球を造り、内心で通用しない事を承知で追撃する______。
「・・・・・」
アーグレイは無言のまま素早く魔法を発動。再び足下から、今度は一本の太い植物の蔓を錬成する。
_____つるん_____ドゴォオン
「やっぱり・・・」
ヴァリネスの鎖鉄球は、アーグレイの錬成したその蔓一本で簡単に受け流され、明後日の方へ飛んで地面にめり込んでしまった。
こうなってしまったのは、決してヴァリネスの攻撃が安いからではない。
ヴァリネスの鎖鉄球や鞭の扱いは控えめに言っても一流だ。そう簡単に受け流せるものではない。
では、それほどヴァリネスとアーグレイとの間に実力の差があるのかと言えば、それも違う。
アーグレイとヴァリネス、それにオーマも加え、この三人の実力にそこまでの決定的な差は無い。
ヴァリネスの攻撃が簡単に受け流されてしまった理由は、アーグレイの錬成した植物にちょっとした仕掛けが有ったからだ。
先程のアーグレイが錬成した植物の蔓には、その表面に水属性魔法の性質変化で錬成された潤滑性のある液体を塗ってあったのだ。
アーグレイはウェイフィーと同じ樹属性魔法の使い手だが、土属性から派生したウェイフィーと違い、アーグレイの樹属性は水属性から派生したものだ。
そのため、アーグレイは水属性と樹属性のコンビネーションが得意で、この二つの属性を修練したアーグレイは、この様な方法でヴァリネスの攻撃を防げてしまうのだ。
これまでヴァリネスは、ラヴィーネ・リッターオルデンとの戦いで、アーグレイにこの方法で殆どの自身の金属性魔法を封じられて来ていた。
だから追撃する際も、“どうせ通用しないんだろうなぁ・・・”があったのだ。
ヴァリネスはアーグレイに対して有効な攻撃手段を持っていない・・・ヴァリネスがアーグレイを嫌がる理由の一つだ。
有効な攻撃手段が無いと言うが、では例えば、ヴァリネスは炎属性も扱えるので、燃やせばいいのでは?という発想が出ると思うが、これはNGなのだ。
アーグレイが錬成した潤滑性のある液体の正体は油だ。
こちらが炎魔法を使うと、油を使った水属性魔法で倍返しのカウンターに会うのだ・・・・オーマもヴァリネスも経験済みだ。
アーグレイは炎属性の対策も出来ている。
いや、それだけではない。アーグレイは他の属性に対しても対策を用意できている。
水属性の攻撃を仕掛けられたなら、水分の吸収率の良い植物の根で吸い上げる____といった方法が有るし、風属性に対しては樹属性魔法で防風林なんかを作れば、よほどの魔力差が無い限りアーグレイが傷を負うことは無い。
土属性魔法に対しても、水で押し流すこともできるし、相手の錬成した土から直接植物を生やしてカウンターを入れるといった芸当も可能だ。
そして、炎属性に対しては前述したように油で倍返し、もしくは水で消化する____と言った具合で、アーグレイは基本の四属性全部に対して有効な対抗策を持っていた_____
_____どころでもない。アーグレイという魔導士の手腕はここで納まらない。
更にもう一つ上の属性、RANK2の信仰魔法の属性に対しても有効な対抗策を持っている。
氷属性に対しも、気温の低い環境でも育つ植物の錬成が可能だし、金属性魔法に対しては先程の通りだ。
樹属性魔法は、アーグレイ自身が樹属性魔導士なので相性は無い。だが、アーグレイは40歳でオーマ達以上の戦闘キャリアがあり、その分魔法の修練も行っている。
戦闘技術と魔力量が勝敗を分ける同属性同士の戦いで、そんなアーグレイを倒すのは普通では不可能に近い。勇者候補レベルの才能を持つ者でないとこの差は埋まらないだろう。
樹属性魔法に対しては、アーグレイのキャリアそのものが対抗策と言える。
そして、唯一対抗策の無かった雷属性に対しても、対抗策が出来上がってしまった。
つまりアーグレイは、RANK2までの全ての属性に対して、有効な対抗策を持つ魔導士なのだ____。




